人類の意識進化を促進。脳への直接刺激技術にブレークスルー、10年以内の実用化目指す=TransTech2019から

AI新聞

今年は人類の意識の進化にとってブレークスルーの年だった、とTransTech Conferenceを主宰する心理学者Jeffery A. Martin博士は語る。まだ技術的に不安定で政府の認可プロセスなどに時間がかかるが、経会陰超音波による脳への直接刺激が人類の意識進化に有効であることが分かったという。同博士によると、瞑想などの長期にわたる修行をしなくても、この技術で「恐れ」「欠乏の心」から「満たされた心」に簡単に移行できるようになるほか、てんかんやアルツハイマー病などの神経疾患の治療にも役立つとしている。5年から10年以内の実用化を目指すという。

今年の同カンファレンスに登壇したMartin博士は「昨年までのカンファレンスで『自己超越が可能なテクノロジーが今現在、地球上に存在するのだろうか』とたずねられると、『ノー』と答えていた。今年は同じ質問に『イエス』と答えることができる。自己超越を追求する研究者にとって、非常に大きな1年だった」と言う。

「自己超越」とは、心理学者アブラハム・マズローが提唱した欲求5段階説の一番上の段階である「自己実現」の、さらにその上に存在する段階で、「恐れ」や「欠乏感」を超越した意識状態のこと。マズロー自身晩年になり、その意識状態の存在に気付いたという。(関連記事: マズローの欲求5段階説にはさらに上があった。人類が目指す自己超越とは TransTech Conferenceから

とは言うものの、大自然の中で身を守るためには「恐れ」の感覚は不可欠だし、ゴールに向かって進むための推進力として「欠乏感」は有効だ。ただ現代社会においてライオンに襲われる可能性はまずないし、ゴールを追い続けないとならない人生ではなかなか幸せになれない。

進化の過程では有効だった「恐れ」や「欠乏感」が、現代社会はそれほど有効ではないどころか、鬱などの精神的疾患の原因になってきているわけだ。

Martin博士によると、「恐れ」「欠乏感」への対処方法は3つある。1つは、「恐れ」「欠乏感」に駆り立てられるままに生きること。「この仕事につけば幸せになれる」「この人と結婚できれば幸せになれる」「この車を買うことができれば幸せになれる」「貯金がこれだけ貯まれば幸せになれる」などなど、ゴールに向かって進もうとする生き方だ。同博士によると、現代人のほとんどがこの生き方をしているという。

ただ問題は、1つのゴールに到達しても「満たされた心」の状態でいられるのは一時的。脳の中に「恐れ」「欠乏感」への回路がある限り、すぐに別のゴールを見つけては、それに突き進まなければならない。いつまでたっても恒常的な「満たされた心」にはたどり着けないのだという。

そうした生き方で満足できるのならいいが、もしそうした生き方に苦しさを感じるのであれば、そういう人には2つ目、3つ目の対処方法があるという。2つ目の対処方法は、「恐れ」「欠乏感」の存在を認め、それらとうまく付き合うという方法だ。Martin博士によると、うまく付き合う方法を研究するのがポジティブ心理学と呼ばれる比較的新しい心理学の研究領域。1990年代以降、この領域の研究は飛躍的に進み、既にいろいろな手法が編み出されているという。「(うまく付き合う手法に関する)情報が既に無数にある。この問題は既に解決済みと言ってもいいだろう」と言う。

ただ、ポジティブ心理学の手法を実行する人があまりいないという。なぜなら「感謝すべきことを毎朝5つ書き出す」、「過去の出来事を思い出し、ボジティブにとらえなおす」などといったポジティブ心理学のエクササイズで幸せになるには、毎日かなりの時間と努力が必要。「どうせ努力をするのなら、『車を買うために仕事をがんばる』というような1つ目の対処方法を選ぶ人が多い」とMartin教授は解説する。

3つ目の対処方法は、余計な「恐れ」「欠乏感」を超越した意識状態、つまりマズローの言うところの「自己超越」の状態に入るというものだ。心理学の研究領域で言うと、トランスパーソナル心理学と呼ばれる領域になる。「恐れ」「欠乏感」が存在することを許容し、うまく付き合っていくという二番目の手法ではなく、「恐れ」「欠乏感」のない意識状態になるよう脳の回路を組み替えてしまおうというやり方だ。

TransTechは、ポジティブ心理学とトランスパーソナル心理学の両方が目指す意識状態をテクノロジーで実現しようとするテクノロジーの領域だが、特にMartin教授のグループは、トランスパーソナル心理学が目指す「自己超越」をテクノロジーで可能にすべく研究を続けてきた。

Martin博士は4カ月間の瞑想などの訓練で自己超越を目指すプログラムを開発、約7割の受講者が意識の変容に成功したという結果を出している。(関連記事: 瞑想4カ月で7割の人が悟りの領域に!?TransTech Conferenceから

しかしそうした訓練なしに、テクノロジーを使ってより簡単に自己超越できないだろうか。それがここ数年の同博士の研究テーマで、電気や電磁波、近赤外線、超音波などを脳に直接照射する研究を続けていた。昨年のカンファレンスでは、「超音波だけが脳の深部に到達できるので期待が持てる」という発表があったが、今年に入って超音波による脳への直接照射にフォーカスして研究を続けたところ、超音波こそが自己超越の最有望技術であると確信したという。

Martin博士のチームは、今後3つの方向で、この技術の研究と商用化を目指すという。1つは、アカデミズム内での研究の継続だ。当然ながら脳の大きさには個人差がある。脳のどの部分に超音波を照射すべきかは、MRIを使って取得したデータをソフトウェアで解析し、照射ターゲットを特定しなければならない。このプロセスをより簡潔化し、例えばスマートフォンをかざすだけで照射ターゲット部位を特定できるようにするには、どのような技術を使えばいいのだろうか。照射の際に塗るジェル状の液体なしに、照射できないものか。他の分野の研究者と協力しながら、こうした問題をアカデミズム内で解決していきたいとしている。

2つ目は、民間企業の協力を得たデータ収集だ。手始めに北京にあるスポーツジムに超音波のヘッドセットを設置し、興味のある人たちに利用してもらいデータを収集していくという。使うのは妊婦の腹部に照射して胎児の様子を確認することに使われる経会陰超音波と呼ばれるタイプのデバイスで、人体への危害はないと考えられているものだ。

3つ目は、大企業との協力。完成したデバイスを大量生産し価格を引き下げ、大量に流通させるには、大企業と協力体制を組むことが不可欠だと言う。

同博士によれば、5年から10年以内に実用化され、最終的には1000円ぐらいの値段での製品化が可能かもしれないという。完成すれば自己超越はもちろんのこと、てんかんや、パーキンソン病、認知症、心臓発作、アルコール・薬物中毒など、あらゆる神経系、精神系の疾患の予防や治療に、効果があるだろうと語っている。

同博士は「これまでは自己超越したい人、した人への支援が中心だった。これからは一般の人々が根源的幸福に到達できるように注力していく」と語っている。

 

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湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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