テクノロジーで瞑想を不要に TransTech Conferenceから

AI新聞

TransTech Conference 2018の最大のポイントは、人類を「欠乏の心」から「満たされた心」に進化させる技術開発が、いまどの辺りを進んでいるのかということだった。研究室ではすばらしい成果が確認され始めている。間もなく商用化が始まるのだろうか。

 

 

心が苦しいのは人間の脳が袋小路に入ってため

「人間の脳は袋小路に入っているのかもしれない」。数理脳科学の権威、甘利俊一東大名誉教授はそう語っている。脳は、機能を継ぎ足し、継ぎ足ししながら進化してきた。その結果、回路が複雑に入り混じり、最適の状態ではないと言われる。多くの現代人が恐れや不安に苦しむのも、脳の進化が袋小路に入っているのが原因なのかもしれない。不必要な機能や部位はいずれ退化していくのだろうが、それには何十万年もの時間が必要。瞑想は、簡単に改良できない脳という「ハードウェア」の代わりに、脳の使い方という「ソフトウエア」で対処しようという人類の知恵なのかもしれない。

ただ社会が複雑化するにつれ、精神的な疾患に悩む人が増えてきている。また衣食住に満たされ社会的な成功を得た人の間でも、満たされない心の状態に悩む人が多くなってきた。マインドフルネスなどの瞑想法が米シリコンバレーなどでブームになっているのはこのためだ。【関連記事、マズローの欲求5段階説にはさらに上があった。人類が目指す自己超越とは TransTech Conferenceから】

一方で瞑想の効果を実感できるようになるには、数カ月から数年の月日が必要。TransTech Conferenceの共同創始者で米ソフィア大学のJeffery Martin教授は、「もっと簡単に効果が得られる方法が必要になってきている。長年瞑想の研究をしてきたが、それがすべて無駄になってもいいので、テクノロジーを使った最適な方法を開発すべきだと思うようになった」と語っている。

研究者だけではない。瞑想の達人でさえも、瞑想を超えるテクノロジーの早期開発を切望している。2004年に開催された神経科学最大の学会Society of Neuroscienceの年次総会で、基調講演を行ったチベット仏教のダライ・ラマ法王は、瞑想に代わるテクノロジーを求めていると語ったという。会場でその講演を実際に聞いていたアリゾナ大学のJay Sanguinetti教授によると、ダライ・ラマ法王は講演中に話が脱線し「私は毎日2,3時間瞑想している。もし神経科学で悟れるものなら、もう瞑想しなくて済むのですが」と語ったという。講演後の質疑応答の中で「もしわれわれが瞑想を不要にするような技術を開発したら、利用していただけるでしょうか」という質問に対しダライ・ラマは「私が一番最初にその技術を試したいです」と答えたという。

脳の活動を計測する技術、刺激を与える技術の進歩には、目を見張るものがある。まずは脳の中で何が起こっているのかを計測するためのfMRI(磁気共鳴機能画像法)、sEEG(定位的深部脳波 )などの技術が開発された。そして次に脳に刺激を与えるTMS(経頭蓋磁気刺激法)などの技術も開発された。

最も早くから研究されていたのは、電気による刺激だ。アリゾナ大学のSanguinetti教授は、学生のときにパーキンソン病患者に電極を埋めて刺激する研究に関与し、すべての患者の人生が劇的に変わるのを目撃した。「科学者なので奇跡という言葉を使いたくないが、まさに奇跡だと感じた。そのときダライ・ラマの言葉を思い出し、この領域の研究を続けたいと思うようになった」と語っている。

しかし電極を埋める手術は大変だし、膨大な費用がかかる。

安く、非侵襲に。これが神経科学の長年の大命題だ。そしてそれがだんだんと解決され始めている。

 

 

迷走神経を刺激するイヤホン型デバイス

サウスカロライナ医科大学のBashar Barden博士が注目しているのが、迷走神経だ。迷走神経は12対ある脳神経の1つ。同博士によると、迷走神経は全身に行き渡っているため「刺激を与えることで、ありとあらゆる健康面での効果が期待できる驚異の神経だ」と言う。

迷走神経を刺激する電極を胸部に埋め込む手術は既に実用化されている。「効果はてきめん。ほかのどんな方法でも効果がなかったてんかん患者のうち、40%の患者のひきつけの症状が約50%緩和されている。またうつ病にも、重症の肥満に対しても、効果がある」と言う。ところが手術費は約5万ドル(約500万円)。デバイスが故障したり、電池の寿命が5年で切れれば、再手術が必要になる。

そこで開発されたのが、イヤホン型のデバイス。耳の中にも迷走神経が走っており、そこに電気を流すことで迷走神経を刺激することが可能というものだ。2013年から研究が進められているが、最新の研究では耳に電流を流すだけで、心拍数を下げたり、心を穏やかにさせたりできることが分かってきた。また脳の中枢神経系にも変化を引き起こすことが可能なことも分かってきている。「各種セラピーと併用することで、いろいろな精神疾患に有効である可能性が高い」と同博士は胸を張る。

同博士がアドバイザーとして関わっているベンチャーのeQuility社では、うつ病患者向けに、耳に当てるデバイスとスマートフォンアプリを組み合わせたセラピーの仕組みを開発、近く発売する予定という。「最新の研究成果をベースにした素晴らしい製品。ヒット商品になると思う」と語っている。

 

 

近赤外線で異なるレベルのPNSEを実現

「要はエネルギーなんです」とTransTech LabSanjay Manchanda博士は言う。電流、電磁波、超音波、近赤外線・・・。すべてはエネルギーであり、周波数だ。単純にエネルギーを照射するだけで、生物は元気になるのだという。有名な実験では1982年に、ごく少量の電流をネズミの皮膚に照射するだけで、エネルギーを蓄えるアデノシン3リン酸(ATP)が500%増加し、たんぱく質合成が70%増加するなどの結果が出ている。

同博士が今最も注目しているのが、近赤外線だ。細胞が近赤外線の照射を受けると、ミトコンドリアに作用し、シトクロムc酸化酵素を増やし、アデノシン3リン酸(ATP)を生成する。ミトコンドリアは有機物からエネルギーを取り出す役割を果たし、シトクロムc酸化酵素は電子伝送を助け、ATPはエネルギーを蓄える。つまり近赤外線の照射を受けることで細胞は、エネルギーがチャージされることになる。

近赤外線を脳に照射すれば、同様の効果が期待できるのだろうか。実は頭蓋骨は少量の光を通過させることができる。脳に近赤外線を照射すれば、酸素を効率よく取り入れ、細胞の修復や能力拡張に効果があることが分かっている。

ネズミで実験したところ、近赤外線の中でも40Hzの近赤外線にだけ効果が見られた。40Hzの光とは、1秒間に40回点滅する光のことだ。「この1秒間に40回という頻度に何らかの意味があるようなんです」と同博士は言う。

そこでベンチャー企業のVieLight社が、NeuroGamma 40Hzというヘッドセットを開発。このヘッドセットを使って、心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者や認知能力が低下している患者の脳に40Hzの近赤外線を照射したところ、初期テストでは、患者の認知能力の改善結果が確認されとという。現在アメリカ食品医薬品局(FDA)の認可を得るための、大規模な臨床実験が計画されているという。「近赤外線による矯正治療は、もうすぐ家庭でも利用できるようになりますよ」と語っている。

さてでは近赤外線は、瞑想にはどう関係してくるのだろうか。

40Hzは脳波でいうとガンマ波に当たる。ガンマ波は最近まで測定が困難で重要性が理解されてこなかったが、最近では瞑想状態に入るとガンマ波が強くなることが分かってきている。では40Hzの近赤外線を照射すると、40Hzの脳波、つまりガンマ波も増加するのだろうか。実験の結果では、ガンマ波のみならず、アルファ波、ベータ波も強化されたという。

そこで同博士はVieLight社に依頼して、200Hzまで周波数を高めることのできるヘッドセットを実験用に開発してもらった。そしてそれを著名瞑想教師Culadasa師に試してもらったところ、80Hz120Hz160Hz200Hzといった40の倍数のところで大きな効果を感じたという。同師は、200Hzになると「PNSE(悟りの段階を示す心理学用語、関連記事「悟りってどんな状態?」悟った50人に心理学的手法で詳しく聞いてみた結果とは TransTech Conferenceから」)のレベル8や9といった最高の段階の悟りの状態に簡単に入ることができると語ったという。

そのほかにも瞑想の熟練者に試してもらったところ、ほとんどの人が同じような感覚を得たという。また周波数によっては効果が異なることも分かった。例えば40Hzでは、集中力、メタ認知能力、平静さが増し、80Hzではポジティブな感情や喜び、体内の振動の流れを感じ、100Hz以上では、自我の拡大、深い静けさ、妄想の減少などの効果があったという。Manchanda博士は「低い周波数は、リラックスに効果があるなど、どちらかというと身体に関する効果がある。周波数が高くなると、潜在意識、集合意識などに効果があるのかもしれない」と語っている。

 

 

小さな部位にフォーカスできる超音波

電気や光は頭蓋骨の外から照射する。それでも効果は確認されているが、瞑想に最も関与していると思われるのは、より深い部分の脳。関与している部分だけにエネルギーを送りたいわけだが、それはこれまでとても難しかった。

ところが超音波を使えば特定の部位にピンポイントでエネルギーを送ることができるようになってきた。超音波変換器の発信部分をパラボラアンテナなような形にカーブさせることで、脳内の非常に小さな部位だけにエネルギーを送ることができるという。アリゾナ大学のSanguinetti博士によると、過去10年間で超音波刺激技術は目覚しい進展を遂げており、脳の特定の部位に刺激を与えることで、ウサギのヒゲを自在に動かせるようになっているという。

どこにエネルギーを送るべきかは、瞑想者にMRIヘッドセットをつけて脳内の血流の流れを計測することで分かる。例えば「私はすぐに怒る」「わたしの未来は明るい」など雑念が起こりやすいフレーズを聞かせ、その後、脳内のどの部分に血流が流れたかを計測することで、ターゲットの場所を特定。そこを目指して超音波を照射することで、雑念のメカニズムに影響を与えることが可能になるという。実験の結果、後帯状皮質と呼ばれる部位が雑念の発生に関与していることが判明。実際に超音波を送ることで、雑念を抑え、目の前のタスクに集中できるようになるという。

ただ超音波を長く照射すると細胞に熱を与えてしまう。脳を熱くするのは危険なので、マイクロ秒単位で超音波を当て、23分間休憩で脳を冷やすという手法なら、「完全に安全だ」とSanguinetti博士は言う。

著名な瞑想教師のShinzen Young師がこの実験に協力したところ、2週間で「劇的な変化」を感じ「今までの人生の中で最も重要な取り組みだと思う」と語ったという。Sanguinetti博士は「Young師は、何十年もの経験を持つ瞑想の達人。その達人がそう言うことは、非常に大きな意味を持つ」と語っている。

Young師以外にも、瞑想上級者数人に試してもらったところ、全員がその効果に驚いたという。ソフィア大学のMartin教授は「ヘッドセットをつけてわずか数分で深い瞑想状態に入れた。しかも今まで到達したことのないレベルにまで達することができた」と語っている。

Sanguinetti博士は「まだ分からないことが多過ぎるので、こうしたテクノロジーを利用するには、今は専門家のガイダンスの下で行われるべき。また刺激の量もできるだけ少なくして効果を見るべきだ」と言うが、いずれ安全性が確立すれば製品化され、瞑想に興味のあるシリコンバレーの技術者の間で広まるのは間違いないだろう。

こうしたテクノロジーで、多くの人が「欠乏の意識」から「満たされた意識」へと移行することができれば、「欠乏の意識」で構築されている今の経済、政治、社会は、まったく別のものに進化することだろう。AIは今後急速に進化していくことは間違いないが、人類の意識もまた、今大きく進化しようとしているのかもしれない。

 

 

 

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湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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