OpenAIもイーロンに頭を下げる日が来る? AIインフラ戦争で浮上するマスク氏最有力説

AI新聞

AI業界の勝敗を分けるのは、もはやAIモデルの性能だけではない。むしろ、次の数年でより重要になるのは、巨大な計算資源を誰が、どれだけ速く、どれだけ安く、実際に稼働させられるかだ。

 

著名投資家で、長年のイーロン・マスクウォッチャーとしても知られるGavin Baker氏が、人気ポッドキャスト「All-In」に登壇し、SpaceXとxAIを統合したイーロン陣営のAIインフラ戦略について語った。同氏は、予測可能な未来において本当に重要なのは、モデルそのものよりも、モデルを動かすためのAIインフラであり、クラウド・コンピューティング・サービスだと指摘。その競争で、イーロン・マスク氏は極めて有利な位置にいる、と主張している。



マスク氏が米証券取引委員会に提出した新規株式公開に関する目論見書「Form S-1」によると、マスク氏陣営は最初のデータセンターを122日、2つ目を91日、3つ目を66日で構築したという。データセンターに半導体を搬入したNVIDIAのJensen Haung氏は「超人的スピード。彼以外この速度での構築は無理」とマスク氏のリーダーとしての手腕を高く評価している。

 

これは単なる建設スピードの話ではない。AIインフラでは、GPUを調達するだけでは意味がない。電力を引き、冷却し、ネットワークを組み、巨大なクラスターとして安定稼働させる必要がある。GPUを「持っている」ことと、GPUを「動かせる」ことの間には大きな差がある。「動かせる」状態にまで持っていく時間が圧倒的に短いわけだ。

 

Baker氏がマスク氏有力説を主張するのは、1つには、このデータセンター構築能力が卓越しているからということがある。というのは、Baker氏は、NVIDIAのJensen Huang氏を長年見てきた立場から、GPUの割り当ては「プラグインし、電源を入れ、電子をトークンに変換できる者」に向かうと指摘している。つまり、最先端GPUは、最も早く実運用に持ち込める事業者に優先的に流れる。イーロン陣営が本当にデータセンターを高速に量産できるなら、それはNVIDIAにとっても理想的な受け皿になるわけだ。つまりマスク氏陣営は、業界最先端、最高峰のAIインフラを持つということになる。それがマスク氏の最大の強みだとBaker氏は言うわけだ。(Podcasts – Your Podcast Transcripts)

 

事実、元x.aiエンジニアSulaiman Ghori氏は、「(マスク氏陣営の)最大の強みはハードウェア。その配備という点で、他の誰も全く追いついていないからだ」「(他社なら数週間かかるような)学習プロセスを毎日回すことができる。場合によっては1日に複数回できる」「AmazonやGoogleのクラウドに外注していたら、こうはいかない」と語っている。

 

マスク氏陣営による買収案件が進んでいる人気AIコードエディタCursorの開発元の米Anysphereは、マスク氏陣営の最新鋭のデータセンターColossus 2を使ってコーディングエージェントComposer 2.5をわずか3〜4週間で完成させたという。Composer 2.5は、コスト、速度、性能のバランスのよさで、競合製品を圧倒しており、Baker氏は「わずか3週間でここまでの性能を出せるのは並大抵のことではない」と絶賛している。

 

長年、マスク氏と犬猿関係にあったかのように見えたAnthropicのDario Amodei氏も、マスク氏のAIインフラの前には脱帽するしかないようで、マスク氏のAIインフラの利用契約をこのほど結んだ。IPO関連資料によると契約額は年間150億ドル、3年で450億ドル。Baker氏は「並外れた規模の契約。これによりマスク氏のSpaceXAIのAI事業は実質的に4倍になった」と語っている。(Podcasts – Your Podcast Transcripts)

 

ただどの設備を使わせるのかは、マスク氏の胸先三寸のようで、買収案件が進んでいるCursorには、最新鋭データセンターのColossus 2を使わせているものの、Anthropicには使わせているのは旧世代のColossus 1だという。Cursorは、SpaceXAIと共同で、Colossus 2の「100万H100相当」の計算資源を使い、10倍の総計算量でより大きなモデルをゼロから訓練していると公式ブログで明かにしている。(Cursor)

 

そしてさらにその先にあるのが、宇宙データセンターだ。地上のデータセンターは、電力、土地、冷却、水、規制の制約を受ける。これに対し、軌道上にデータセンターを置く構想は、まだ実証段階に近いとはいえ、AIインフラの次の大きなテーマとして浮上している。The Wall Street Journalは2026年5月、Googleも軌道上データセンターを探る打ち上げ契約についてSpaceXAIと協議していると報じた。Baker氏も、Google、Anthropic、Amazon、NVIDIAといった企業は、宇宙データセンターが現実になると見ていると語っている。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

 

この領域でイーロン氏が有利なのは明らかだ。SpaceXAIはロケット、Starlink、衛星運用、地上局、宇宙インフラを一体で持つ。仮に宇宙データセンターが2、3年以内に技術的・経済的な実用性を示し、2030年前後に本格化するなら、AI企業はモデル開発だけでなく、宇宙へのアクセスを持つ企業との関係を無視できなくなる。

 

そこで気になるのが、マスク氏と法廷論争の真っ只中のOpenAIの動向だ。OpenAIはMicrosoftとのパートナー関係を継続中なので、MicrosoftのAzureという巨大インフラ基盤を利用し続けることは可能だし、独自のデータセンター構築計画も進めている。ただし、AIインフラ競争が地上のデータセンターから宇宙データセンターへ広がるなら、イーロン氏との関係悪化はOpenAIにとって無視できないリスクになる。Anthropicが実利を優先してColossusを借りたように、OpenAIもマスク氏に頭を下げるようになるのだろうか。

 

もちろんAI業界の競争において、インフラが全てではない。Baker氏は今年はじめに、最新鋭のAIインフラを活用したマスク氏の次世代AIモデルGrok5の性能が業界最先端に躍り出ると予測していた。マスク氏自身も4月までにGrok5をリリースすると語っていたが、まだリリースされていない。インフラが整っていても、現時点では最先端モデルを開発する能力ではまだOpenAI、Anthropic、Googleには追いついていないのだろう。

 

ただモデルの優劣は数カ月単位で入れ替わる。しかし、巨大インフラを建設し、半導体を確保し、電力をトークンへ変換する能力は、そう簡単には模倣できない。AI競争の主戦場がソフトウェアの性能比較から、計算資源をめぐる産業戦へと移るほど、マスク氏の存在感は大きくなる。Grokが勝つかどうかだけを見ていては、イーロン・マスク氏の本当の強さを見誤ることになる。

 


All-In Podcast transcript: https://podcasts.happyscribe.com/all-in-with-chamath-jason-sacks-friedberg/spacex-s-2t-case-nvidia-s-shock-selloff-america-turns-on-ai-trump-pulls-ai-order-bond-crisis
The Verge: https://www.theverge.com/science/935229/spacex-anthropic-ipo-ai-capacity-deal-colossus
Axios: https://www.axios.com/2026/05/20/anthropic-spacex-compute
Cursor公式ブログ: https://cursor.com/blog/composer-2-5
Fortune: https://fortune.com/2026/05/07/spacex-anthropic-deal-elon-musk-ai-landlord-evil/
WSJ: https://www.wsj.com/tech/spacex-google-in-talks-to-explore-data-centers-in-orbit-7b7799e2

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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