神を信じる人ほどAIを信じる? 宗教と人工知能の意外な接点

AI新聞

米国で興味深いデータが話題になっている。宗教行事への参加頻度が高い人ほど、人工知能に対して「大きな信頼」を持つ割合が高いというのだ。

発端は、米国の宗教系メディアThe Gospel Coalitionに掲載されたMichael Graham氏の論考「My Manifesto on AI and Religion」だ。同氏は、AIモデルが宗教的な問いにどう答えるべきかを論じる中で、宗教とAIへの信頼に関する調査データを紹介した。グラフでは、AIに「大きな信頼」を持つ人の割合は、礼拝に「まったく行かない」層で3%、「まれに行く」層で4%、「年に1回」層で6%にとどまる。一方、「月1回」では11%、「週1回」では10%、「週1回超」では19%に上がる。
出典: The Gospel Coalition, “My Manifesto on AI and Religion”
https://www.thegospelcoalition.org/article/my-manifesto-on-ai-and-religion/ (The Gospel Coalition)

この数字だけを見ると、「神を信じる人ほどAIを信じる」という単純な話に見えるかもしれない。だが、ここで測られているのは「神への信仰」そのものではなく、「宗教行事への参加頻度」と「AIへの強い信頼」の相関である。因果関係が示されたわけではない。しかも、最も高い層でも19%にすぎない。つまり、宗教的な人々が圧倒的にAIを信頼しているという話ではなく、全体としてAIへの強い信頼は低いが、その中では宗教的に活発な層が相対的に高い、という読み方が正確だ。

それでも、この相関は示唆的だ。なぜ、宗教的な人々の方がAIに好意的に見えるのか。

一つの仮説は、宗教的な人々が「人間を超えた知性」や「自分の理解を超える秩序」という概念に慣れていることだ。AIを神のように見ている、という意味ではない。しかし、世界には人間の理性だけでは把握しきれない知性や秩序がある、という感覚を持つ人々にとって、AIのような非人間的な知的存在は、完全な異物としては受け止められにくいのかもしれない。

もう一つの仮説は、宗教共同体がAIを「拒絶すべき機械」ではなく、「価値観を吹き込むべき新しい知識インフラ」と見始めていることだ。Michael Graham氏の論考の中心は、まさにこの点にある。同氏は、AI企業が宗教的な問いに答える際、世界の主要宗教の専門家と協力し、より信頼できる訓練データを取り入れるべきだと主張している。同氏の問題意識は、AIが宗教を破壊するというより、AIが宗教的な問いに不正確または偏った答えを返すことへの懸念にある。(The Gospel Coalition)

同氏は、AI企業にとっての制約は半導体、メモリ、水、電力だけではないと指摘する。もう一つの制約は「世論」だという。AIモデルが人々の知識取得の入り口になるなら、宗教的な問いへの答え方を誤ることは、単なる品質問題では済まない。信仰共同体からの反発、さらには宗教的バイアスをめぐる訴訟リスクにもつながりかねない。(The Gospel Coalition)

この見方は、AIをめぐる議論の軸が変わりつつあることを示している。これまでAI倫理は、差別、プライバシー、雇用、偽情報といった世俗的な論点を中心に語られてきた。しかし、AIが検索エンジンや百科事典を超え、人々の相談相手、教師、カウンセラー、時には人生の意味を問う相手になっていくなら、宗教や世界観の問題を避けて通ることはできない。

実際、宗教側もAIをただ警戒しているわけではない。AIを使って聖書研究、教育、説教準備、信徒支援を効率化できると見る人々もいる。一方で、AIが信仰を浅くし、宗教的権威を代替し、共同体から人を切り離すのではないかという懸念もある。米Center for Security and Emerging Technology系のCenter for Security and Technologyは、信仰共同体を責任あるAIの議論に参加させる取り組みを進めており、宗教的な声をAIガバナンスに反映させる必要性を訴えている。
出典: Institute for Security and Technology, “Religious Voices and Responsible AI”
https://securityandtechnology.org/religious-voices-and-responsible-ai/ (Institute for Security and Technology)

ここで重要なのは、「宗教 vs AI」という単純な対立図式ではない。むしろ、宗教共同体はAIを外側から拒否するだけの存在ではなく、AIがどのような価値観で訓練され、どのような道徳的判断を支援し、どのような人間観を広めるのかに関与しようとしている。

これは、バチカンがAI倫理をめぐる議論に関与し、米AnthropicのようなAI企業が宗教界との対話を進めている流れともつながる。AIの主戦場は、モデルの性能競争だけではない。AIが人間の意思決定、教育、医療、宗教的相談、人生観にまで入り込むにつれ、「誰の価値観でAIを形づくるのか」が争点になる。

今回のデータは、その入り口にすぎない。宗教的な人々がAIを信じているのではなく、AIという新しい知識インフラに、自分たちの価値観を反映させる必要を感じている。そう見ると、「神を信じる人ほどAIに好意的」という一見奇妙な相関は、むしろ自然な現象にも見えてくる。

AIは単なる道具ではなくなりつつある。人々が何を正しいと考え、何を善い人生と考えるのかに影響を及ぼす存在になりつつある。だからこそ、宗教はAIから遠ざかるのではなく、AIの設計思想をめぐる競争の中に入ってきているのだ。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

  • Home
  • AI新聞
  • 神を信じる人ほどAIを信じる? 宗教と人工知能の意外な接点

この機能は有料会員限定です。
ご契約見直しについては事務局にお問い合わせください。

関連記事

記事一覧を見る