脳内の活動を測定したり、脳に刺激を与えたりする技術「ブレインテック」が注目を集め始めた。脳は、人間の活動に最も大きな影響を与える臓器の1つ。その脳に関連する技術なので今後いろいろなビジネスへの応用が期待されているが、中でも教育は、最も注目される領域の1つ。ブレインテックで効率的な学習方法が開発され、学習のあり方や業界勢力図が根本的に変化する可能性がある。こうした技術の最先端は、世界中のテクノロジー企業が参入する激戦区になる可能性が高い。動くのなら今だ。
教育は先手必勝のAIビジネスになる
その理由は簡単。ブレインテックを通じて教育ビジネスは、パラダイムシフトを起こすようなAIビジネスになるからだ。パラダイムシフトを起こすようなAIビジネスは、先手必勝、勝者一人勝ちのビジネスだからだ。
AIを応用方法で大別すると、現状の枠組みの中で成果を出すAIと、パラダイムシフトを起こすAIの2つがある。工場内の製品の異常検知や、セキュリティカメラへのAIの応用は、前者の例だ。ビジネスのプロセスの中にAIが取り入れられているので、業務プロセス自体の微調整はあっても、業務プロセスや企業自体が淘汰されることはない。
一方インターネット広告やEコマース事業などへのAIの応用は、後者の例。広告のあり方や、商品流通のあり方をAIが根本的に変え、古い企業が淘汰され、新しい企業が台頭している。Googleが登場したときに広告産業がここまで激変することを予測できたものは少なかったし、Amazonが登場したときにリアル店舗がここまで窮地に追い込まれるとはだれも想像しなかった。
パラダイムシフトを起こすようなAIは、データが集まることでAIが賢くなり、AIが賢くなることで、ユーザーが集まり、データがさらに集まる。そしてデータがさらに集まることで、さらにAIが賢くなる。この正のスパイラルが何度も自動的に回り続け、AIはどんどん賢くなる。先行するプレーヤーはどんどん強くなり、後発プレーヤーを寄せ付けない。Google検索やGoogleマップ、AmazonのEコマースを見ても分かるように、基本的に先手必勝、勝者一人勝ちの世界だ。
教育の中でも義務教育は、政治や行政が絡み、変化の速度が遅い。なので、現状の枠組みの中でAIを活用する程度の技術の使い方になるだろう。しかし塾や予備校、大学、社会人教育などは、ブレインテックを通じて、パラダイムシフトを起こすようなAIビジネスになっていくだろう。つまり教育は先手必勝、勝者一人勝ちのビジネスになっていくことが予想される。
注目は非侵襲、低価格デバイス
といっても最初からアクセル全開では息切れしてしまう。タイミングを見過ごすのは論外だが、多くの企業はタイミングが早過ぎて失敗する。状況をウォッチし体制を整えておいて、進むべきときに一気にアクセルを踏む。これが成功の秘訣だろう。
ブレインテックはインフラ
Neuralink社の技術は、脳の活動を読み取ったり、脳に刺激を与えたりする基礎技術を提供するだけ。その基礎技術を使って、どのようなビジネスを展開するのか。そこに大きなビジネスチャンスがあるのだと思う。
インターネット黎明期に例えれば、Neuralink社の技術はブラウザのようなもの。当時はブラウザのシェア争いが注目を集めたが、今はブラウザがインフラとなり、その上でどのようなビジネスを展開するのかが重要になっている。同様に、脳を読み取ったり、刺激したりする技術を使って、どんなビジネスを展開するのかが今後重要になってくるのだと思う。
インターネット黎明期に予測できたネット上のビジネスと言えば、Eコマース程度。今日のさまざまなネットビジネスの台頭を予測できた人はほとんどいなかった。同様に、今後どのようなブレインテック関連のビジネスが登場するのかを、現時点で完璧に予測するのはほぼ不可能だと思う。ただネット黎明期のEコマース同様に、登場が予測できるようなビジネスがある。それが教育ビジネスだ。
日本でも、東京大学、東北大学、株式会社NeUが、簡易型脳活動計測装置 (fNIRS)を生徒に装着させて、授業中の生徒の集中度合いを計測して授業内容の改善に努める、といったような実験を行っている。(発表文)
カリフォルニア大学では、特定の心拍数を維持することで学習効果が上がるのかどうかという実験や、ゲームやVRの中での学習がどの程度効果があるのかという実験を行っている。(関連記事:人は経験でしか変わらない AIがゲーム、VRと合体し、人類を進化させる未来)
このような技術が今後洗練されて、より効果的な教育方法が開発されていくことだろう。
技術よりもUI、UX
そこで大事なのは、実は技術そのものよりも、サービスのデザイン(UI)と使い勝手(UX)だと思う。カメラの精度や細かな技術スペックにおいて圧倒的に先行していた日本のガラケーがiPhoneに負けたのは、そのサービスの完成度でiPhoneが非常に優れていたからだ。
ブレインテックで、教育市場よりも早く立ち上がったのが、瞑想市場だ。メンタルヘルスやウェルビーイングの1つの領域である瞑想は、日本ではまだ一般的ではないが、シリコンバレーのビジネスマンの間ではちょっとしたブームになっている。その瞑想ビジネスにおいて先行するブレインテック企業がMuse社だ。
Muse社はデザイン性に優れたヘッドバンドだけでなく、脳波解析アプリや、瞑想ガイダンスなどの音声コンテンツも提供している。発売当初は、瞑想状態に入ったことを脳波で検知すれば小鳥のさえずりが聞こえる、というシンプルな用途しかなかった。しかし最近は瞑想だけでなく、睡眠中の脳波も計測できるデバイスを発売。また瞑想ガイダンス音声の充実ぶりがすばらしく、一般的な瞑想ガイダンスだけではなく、リーダー向けの瞑想、がん患者向けの瞑想、ダイエット期間中の瞑想、転職時の瞑想、燃え尽き症候群用の瞑想など、ニーズに合わせた500以上の瞑想ガイダンスを揃えてきている。
また脳波データをユーザーが自由に持ち出せるようになっているので、脳波をより多様に解析するためのアプリをサードパーティが開発したり、Facebook上のユーザーグループ内で脳波データの共有が行われているようだ。
プロダクトが成功しているかどうかは、開発者やユーザーの活発なコミュニティが存在するかどうかで分かると言われる。Museは、成功しているプロダクトと呼んでもいい状況になりつつある。さらにユーザーが同社の脳波データ解析に協力するようになれば、同社のAIはどんどん賢くなり正のスパイラルに入る。Museがこの正のスパイラルに入れば、先行勝ち逃げの体制に入り、後発プレーヤーが追いつくことは非常に困難になる。
教育マーケットはまだ、この勝ち逃げ体制に入っているプレーヤーは存在しない。なので、ブレインテック x 教育の市場に参入するのなら、今なのだと思う。大事なことなので繰り返すが、ブレインテック x 教育は、パラダイムシフトを起こすAIビジネスになる。AIビジネスは、今までのビジネスとは競争のあり方が根本的に違うのだ。(関連記事:【書籍レビュー】「Competing in the Age of AI(AI時代の戦い方)」)
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学習を激変させるブレインテック