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今がBMI革命前夜だと思う理由

  • 2021.7.27

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脳とコンピューターをつなぐ技術、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)。「自分の脳に電極を埋めたい人って、そんなに多くない。BMIってまだ先の技術」。私自身、そうたかをくくっていた。ところが、脳に電極を埋め込む必要がなく、小型で低価格のデバイスの完成が、目前に迫っていることが分かった。BMIでどんなことができるようになるのだろう。社会はどう変化するのだろう。

 

BMIに関する技術革新は急ピッチで進んでおり、かなりいろいろなことができるようになってきている。有名なところでは、イーロン・マスク氏率いるNeuralink社が、脳に埋め込んだ電極を通じてピンポンのテレビゲームを操作する猿の動画を今年4月に公開、大きな話題となった。

 

カリフォルニア大学の研究チームは7月、言語機能を失った患者の脳に電極を埋め込むことで、患者が頭に思い浮かべた50種類の単語を認識することができた、と発表した。50単語の組み合わせで、約1000種類の文章表現が可能になるという。

 

また少し前になるが、日本の国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、人がどんな夢を見ているのかをMRI(磁気共鳴画像装置)で60%の確率で解読することに成功。世界的な評価を得ている。

 

こうしたBMI関連の最新技術や研究は、既に医療現場で一部使われていたり、将来的には脳関連の病気に苦しむ多くの患者を救うことになるのは間違いないだろう。

 


▼パソコン、スマホの次に来る波

しかし一方で、医療関連以外の領域でもBMIはより大きな影響を社会に与える可能性がある。脳とコンピューターがつながるのだ。その可能性は無限と言える。

 

現時点で思い浮かぶ用途としては、次のようなことが考えられる。

 

・ゲームのコントローラーが不要に
・ペットとのコミュニケーションが可能に
・キーボードが不要に
・言語化できないような段階のアイデアを周りに伝えやすくなる
・嫌な思い出を消せるようになる
・脳の謎の解明が進む。心理学を含む脳科学が急速に進歩する
・鬱病に対するオーダーメード医療が可能になる
・AIの助けを受けて人間の知的能力が大幅に向上する
・幸福ホルモンを自由自在に分泌し、常に幸せを感じていられるようになる
・言語化する必要がないので、コミュニケーション速度が向上する
・身体的刺激なしに性的な快感を得られる

 

こうしてリストアップしただけでも、大きな産業になりそうなものがたくさんある。実際にBMIが広く普及すれば、今はまだ思いつかないような用途が次々と出てくることだろう。コロンビア大学の神経生物学者のRafael Yuste氏は、BMIが3番目のテクノロジーの波だと指摘している。1つ目はパソコン、2つ目はスマートフォン。その次に来るのがBMIで「この技術が生み出すものが、人類変える」と語っている。

▼技術「革命」はハードの低価格化が引き起こす


いつその大きな波がやってくるのだろうか。私は「非侵襲」、つまり脳に電極を埋め込まなくていいタイプのデバイスが「低コスト」になるときだと考えている。

 

もちろんデバイスは、非侵襲で低コストであるにこしたことはない。ただ医療目的であれば、侵襲でも、高コストでもかまわないという人が多い。命にかかわることなら、なおさらそうだろう。なので医療目的であれば、侵襲かどうか、コストが高いどうかよりも、性能が求められることだろう。しかし医療目的以外であれば、MBIは非侵襲、低コストであることが不可欠だと思う。

 

特にハードウエアが低コスト化するということは、実は非常に重要である。

 

今日のAIブームが起こったのは2012年ごろだか、そのブームのきっかけはデバイスの低コスト化にあった。2012年にディープラーニングという手法で、写真の中に何が写っているのかを判断できるようになったわけだが、ディープラーニングのような手法は、実は日本の研究者が早くから思いついていたという意見がある。なぜそのときにAIブームが起こらなかったかというと、ハードが高価過ぎたからだ。

 

当初ディープラーニングのような大量の計算を行うにはCPUと呼ばれる半導体を搭載したコンピューターが約1000台必要だった。1000台ものCPUを使って実験できるのは、Googleのようなテック大手しかない。ほとんどの大学の研究室では、予算的に到底無理だった。

ところがGPUという半導体を使えば4台のデバイスで同様のことができることが分かった。4台程度なら大学の研究室でも購入できる。デバイスの低価格化のおかげで、世界中の研究者がディープラーニングに取り組み、次々と新しい関連技術を生んでいった。そしてそれ以降の産業変化が「AI革命」と呼ばれるようになったわけだ。

つまり技術的な「革命」には、ハードウエアの低価格化が不可欠なのだと思う。

 

▼低コスト機器が作れるのはポケモンGOのおかげ


BMIが次のテクノロジー「革命」になるには、非侵襲、低コストのデバイスが広く一般に普及する必要がある。

 

脳内の活動を調べる医療機器としては、MRI(磁気共鳴画像装置)やEEG(脳波計)がある。MRIは強い磁石と電波を用いて体の断面図を画像にする技術で、非侵襲だが、1台数億円もするし、使用料も非常に高額。気軽に使えるものではない。一方のEEGは、頭皮上に生じる電気を記録する技術で低コストだが、MRIほど脳のことがはっきりと分かるわけではない。

 

ところがMRIと同等かそれ以上に脳の内部の活動を計測でき、しかも非侵襲で低コストのデバイスが登場しようとしている。今が「BMI革命」の前夜かもしれない、と私が思うのはこのためだ。


このデバイスを開発しているのはカリフォルニアのベンチャーOpenWater社。同社が開発中のデバイスは、MRIと同様に身体の血流を測定できるが、MRIが磁気を使って測定するのに対し、同社のデバイスは赤外線を使って測定する。

 

同社のCEOのMary Lou Jepsen博士は、脳神経の専門家ではない。博士号は物理学で取得し、過去20年間はFacebookなどのテック大手でデバイス開発にたずさわってきた。専門外なので、斬新な手法を思いつけたのかもしれない。OpenWater社の技術の核になっているホログラフィーは、同博士が物理学部で研究していたことだし、デバイス開発の経験が同社の大きく役に立っている。

 

同博士の講演動画の中で同博士は、ポケモンGOのおかげで低コストのデバイスが可能になったと冗談半分に語っている。ポケモンGOのようなARゲームをプレーできるようにと、スマートフォンメーカーがカメラやセンサー、レーザーの高性能化を急いでいる。そしてこうした高性能部品を大量に生産するので、製造コストが低下する。この恩恵を受けて、同社のデバイスも低価格化が実現するのだという。「アジアを中心とした製造業の巨大インフラ、AI、センサーが取得するビッグデータ。この3つが揃った今だからこそ、MRIと同等の機能を持つ小型デバイスがMRIの1000分の1ぐらいの価格で作れるようになったんです」と同博士は語っている。

 

OpenWater社の技術について少し詳しく見てみよう。

 

例えばスマホのカメラのライトのような強い光を指に近づけると、指が赤く染まって見える。赤色だけが体を通過することが分かる。この特徴を利用するわけだが、Jepsen博士によると、血液が集まっているところは、より濃い赤に見える。がん細胞は通常の細胞より5倍の血液が集まるので、この仕組みでがん細胞を見つけることができるという。

 

ただ光は体内で拡散してしまう。同博士は、ホログラフィーを使って拡散を防ぐ方法を開発した。これが同社の技術の根幹になっている。

 

それに加えて、スマホに搭載されているような最新の高性能のカメラチップやレーザー、超音波チップなどを搭載しているのだそうだ。

 

現在、どの程度完成しているのかの詳細は明らかになっていないが、今はプロトタイプの臨床試験中のようで、8月に開催されるアメリカ光学会で、その途中経過が発表される予定になっている。

 

最初の目標は、MRIの代替となるような小型のデバイスの開発らしい。

 

そういったデバイスが完成すれば、例えば脳いっ血の患者を搬送する際に、救急車内で脳の断面を撮像できる。それをベースに救急車内で適切な対処を取れば、救える命が増えるはずだという。

 

その後、デバイスの製造コストを、数万円つまりMRIの1000分の1程度にまで下げるのが目標。そうなれば、いろいろな用途への応用が期待できるとしている。

 

 

▼考えていることを読み取られる恐怖


BMIは人間の能力を高め、人間を幸福できる技術になるのだろうが、実はいい話だけではない。新しい技術は常に諸刃の剣になる可能性がある。

 

BMIで人間が何を考えているのか分かるようになるのだが、その精度はウソ発見機レベルではない。活動家が反体制の思想を持っているとして、迫害を受ける可能性は十分に考えられる。

 

頭の中の思考は、最も侵害されてはならないプライバシーである。思考というプライバシーを守るためのテクノロジーも必要になってくるだろう。

 

赤外線で特定のニューロンを活性化したり、非活性化したりできるようになるのだが、他人に思考をコントロールされるようになる可能性も出てくる。

 

またたとえ非侵襲であったとしても、脳をコンピューターにつなげることに、宗教的、倫理的な理由で反発する人もいるかもしれない。


ただBMIの時代がくるのは、避けられない。なぜなら医療目的のBMIは進化し続けるからだ。同じデバイスを、幸福や快楽の追求、能力の向上にも使いたい。そう考えるのは自然なこと。そういう人たちを止めることはできない。

 

AIブームのような規模感でBMIブームが来るのだとすれば、あと何年でそういうブームが来るのだろうか。Jepsen博士はその年数を「一桁、しかも小さい方の数字」と予測する。

 

私には、OpenWater社の製品がBMI時代の幕開けとなるのかどうかは分からない。しかし、たとえOpenWater社が製品化に失敗したとしても、アジアの巨大製造業インフラは、別のブレインテックベンチャーの安価で小型のデバイスを作ってくることだろう。スマホがけん引するデバイスの高性能化、小型化、低価格化の波が、BMIの領域に押し寄せているからだ。

 

社会として、倫理に反する用途を制限したいのであれば、今から議論を進めるべきかもしれない。

 

 

【編集後記】

日本でも先日、ブレンテック・コンソーシアムが立ち上がり、倫理に関するガイドライン作成も始まろうとしています。株式会社エクサウィザーズの佐々木励さんも事務局ディレクターとして関わっているので、興味がある方は参加してみてください。

 

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。