ChatGPTに見るSNS時代の口コミ戦略

AI新聞

今回の言語AIのお祭り騒ぎをみていて、SNSの時代に大事なのはバズ(口コミ)を起こす戦略なんだなって思う。

 

AIの研究者は、ChatGPTやGPT-4だけが突出して優秀な言語AIでないことは知っている。言語AIがこの2、3年で進化してきたことも知ってるので、ChatGPTには驚かなかった。

 

一般ユーザーはもちろん知らないので、ChatGPTが無料公開されたときに、言語AIの現状に度肝を抜かれた。

 

直接AIに関係しない一般的なテック業界の人たちも、AIがこの2、3年でここまで進化していたことを知らなかったので、びっくりした。

 

この一般的なテック業界の人たちが、今回のバズを引き起こしているのだと思う。FacebookなどのSNSを見ると、一般的なテック業界の人たちがChatGPTに関する投稿をしているのがよく目に付く。その便利さを賞賛しているものが多いが、ChagtGPTのとんでもない受け答えを面白がって投稿するケースも結構多い。

 

自分の名前を入力して「この人は誰ですか」という投稿だ。そうするとChatGPTは「〇〇さんは野球選手です」「芸能人です」「物理学者です」などといったデタラメをなんの躊躇もなく返してくる。非常に多くのテック業界関係者が、そうしたデタラメな受け答えを面白がって、スクリーンショットとともにSNSに投稿している。

 

そういう僕も「湯川鶴章って誰ですか」とChatGPTに聞き、「日本の物理学者です。1981年に死にました」という回答をおもしろがって、ChatGPT先輩とGoogle先生という記事にしている。AIがうまく機能していないにもかかわらず、それをあまり否定的に取らずに、情報を拡散しているわけだ。

 

まだまだ未熟な技術であるにもかかわらず、一般的なテック業界関係者が好意的な口コミの担い手になったことは、ChatGPTにとって幸運だったと思う。

 

そういうことをFacebookに投稿したら、AIの研究者で起業家の友人が「これは計算され尽くした戦略ですよ」と連絡してきた。「Y combinatorの起業家はみんなリファラルエンジン(口コミを起こす方法)を設計するので、アルトマンが考えていないとは思えないです」

 

Y combinatorとはシリコンバレーの著名アクセラレータープログラム。創業したての起業家に会社を成長させるノウハウを教えるとともに、成長しそうなスタートアップに出資もしている。アルトマンとはChatGPTを開発したOpenAIのCEOのSam Altman氏のことで、Altman氏は、前職がY combinatorの代表だった

 

Y combinatorのサイトを見ると、起業家のための成長戦略に関する情報を集めたStartup Libraryというデータベースがあり、その中に口コミ戦略を研究しているページもあった。この図は、テック系スタートアップがどのような口コミ戦略を取ったのかをタイプ別に区分けしたものだ。

https://www.lennysnewsletter.com/p/how-people-discover-new-products?s=r

 

また口コミを起こすために、まずは「おもちゃ」としてサービスを提供すべきだと主張するページもあった。最初から完璧なアプリやサービスというものはほとんどなく、多くのアプリやサービスはユーザーのフィードバックを受けながら改良されていく。最初から完璧な製品であるように見せかければ、期待通りの性能でなければ批判的な口コミになる。一方で最初におもちゃ的な使い方を提示すれば、ユーザーはおもちゃとしてその製品を楽しむ。そして性能が期待以上のものであれば好意的な口コミが起こる。なのでまずは製品を「おもちゃ」として提供すべきだ、という主張だ。

 

確かにY combinatorの元代表だったAltman氏が、口コミ戦略を考えていないわけはなさそう。チャット型のサービスなら、デタラメな回答でさえ「おもちゃ」として楽しんでもらえると判断したのかもしれない。

 

▼Microsoftには千載一遇のチャンス

 

今の言語AIは未成熟。差別用語やウソの情報を発信する。これまでにテック大手が言語AIを実験的にリリースするたびに大炎上してきた。

 

Open AIも炎上のリスクのことは十分に分かっていた。公開前に、公開すべきかどうかで社内の意見が2分されたという。公開直前に社を離れた幹部がいた。公開反対がその理由かもしれないと思い、TwitterのDMで質問してみたが、まだ返事はない。

 

CEOのAltman氏は、反対を押し切って公開に踏み切った。最近のWeb3のムーブメントをみても、世間はテック大手に反発しているだけ。OpenAIは、一般人にとっては無名のAIベンチャー企業。Open AIがチャット型AIを公開したら、好意的に受け止めてくれるのではないだろうか。この2、3年の進化に驚愕し、それほど批判的にはならないんじゃないか。そう判断したんだと思う。

 

僕から見るとかなりリスキーな賭けだが、結果はAltman氏の読み通りになった。ChatGPTのデタラメな回答でさえ、テック業界関係者はおもしろがってSNSに投稿してくれた。

 

Microsoftと組んだこともよかった。大きな勝負にはお金が必要だし、Microsoftはクラウドコンピューティングも使わせてくれる。同社の製品にも搭載してもらえる。検索市場で負け組として長年辛酸を舐めてきたMicrosoftにとっては、Googleに一矢報いる千載一遇のチャンス。Microsoftにとっても多少のリスクを取る覚悟があったのだと思う。

 

炎上を恐れるGoogleなどのテック大手が様子見を続ける中で、ChatGPTはプラグインという仕組みを発表してきた。プラグインというのは追加機能のことで、レストラン予約サイトや、スーパーマーケットの食材配達サイトなどが既にプラグインを発表している。ChatGPTに「ここのレストランを予約しておいて」とか「このレシピに必要な食材の配達を注文しておいて」と命令すれば、ChatGPTがそれぞれのプラグインを通じて、予約や注文をしてくれるようになる。

 

スマートフォンで言うところのアプリストアのようなものだ。

 

ChatGPTに対する熱狂が続く中で、多くの企業がプラグインを提供してくるように思う。プラグインを提供する企業が増えれば増えるほど、ChatGPTはより便利になる。より便利になると、より多くのユーザーがChatGPTを使うようになる。ユーザーが増えると、より多くの企業がプラグインを提供しようとするだろう。正のスパイラルが起こるわけだ。

 

いったん正のスパイラルが起これば、ChatGPTは加速度を増して便利になり、競合サービスを引き離して独走状態に入る。OpenAIは、ChatGPTに対する世間の熱狂ぶりを利用して、Googleなどのテック大手を一気に引き離そうとしているのだと思う。

 

こうしたことができるのは、リスクを恐れずバズを作り出せたから。既存の大手が群雄割拠する市場で、弱小ベンチャーが勝ち進むにはこの方法しかないのかもしれない。SNS時代のベンチャーの戦い方として、興味深い事例の一つになった。

 

お知らせ

ChatGPTプラグインに関するオンライン無料セミナーを4月4日に開催します。奮ってご参加ください。申し込みはこちらから。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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