LINE上で友達になれる女子高生AI「りんな」。ちょっとふざけた、ちょっとかわいい、たまにチンプンカンプンな会話をするチャットボット「りんな」が、実は世界を変えるイノベーションである。僕がそう主張したら、果たして何人がうなづいてくれるだろうか。
そんな主張をすれば、ここで読むのを止めてしまう人もいるかもしれないので、追加情報を1つ。MicrosoftのBill Gates氏も、りんなのような雑談型チャットボットの今後には大きな期待を寄せているのだという。
Gates氏ほどのビジョナリーがなぜ、チンプンカンプンな受け答えをするチャットボットに期待を寄せているのだろうか。雑談型チャットボットの可能性について述べてみたい。
自動走行車、碁、チャットボット
まずはなぜチャットボットが有望なのかを話したい。
それは、会話というものが人間にとって最も慣れ親しんだ情報伝達手段だからだ。
難解なコマンドを覚えたり、キーボードの打ち方を学んだりしないといけないのは、コンピューターがまだあまり賢くないから。人間のほうがコンピューターに歩み寄らなければならなかったわけだ。
それがようやく人間と簡単な対話ができるほど、コンピューターが賢くなってきている。ディープラーニングと呼ばれる人工知能の技術を使って、コンピューターによる自然言語処理の能力が格段に向上し始めたわけだ。
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自然言語処理に関する領域は「チャットボット」や、「バーチャルエージェント」、「対話エンジン」などというキーワードで呼ばれることが多いが、大事なのは人間の言葉を理解し、それに受け答えできること。
人工知能というと、自動運転に使われる画像認識技術、チェスや碁に勝ったような探索技術などが脚光を浴びているが、自然言語処理技術もこれから大きく前進するとして期待される領域だ。
この自然言語処理系の人工知能をいち早く向上させ、広く普及させることができれば、コンピューターの操作方法が劇的に変化し、コンピューターを利用するあらゆる業界(ほとんどすべての業界になるけど)に大きな影響力を持てるようになる。そう考えたテック企業は軒並みこの領域に大量のリソースをつぎ込んで開発競争に乗り出しているわけだ。
AppleはiPhoneのバーチャルエージェントsiriで、GoogleはGoogleアシスタントで、覇権争いに参加しているし、Amazonは卓上型エージェントのAmazon Echoでスマートホームと呼ばれる家電製品のハブ的存在になりつつある。そうはさせじとGoogleがEchoに対抗する製品を年内に発売する予定。Facebookもディープラーニングによるユーザー投稿の解析を始めた。完全に血で血を洗うレッドオーシャン状態だ。米Forbes誌は、Apple、Google、Microsoft、Facebook、Amazonの5大テック企業による「最終決戦」だと評している。
僕にはこれが最終決戦かどうかは分からないが、少なくとも自然言語処理の領域で勝利した社は、しばらくはテック業界の覇者の座に君臨することになると思う。
テック業界最終決戦に挑む亜流の動き
ここまでは、テック業界をウォッチしている人の多くが気づいているところ。ここからが、僕のちょっと変わった未来予測だ。
「りんな」は同じ自然言語処理系の人工知能ながら、実はこの争いにまったく参加していない。
というのは、他の自然言語処理系の人工知能って、タスクを達成するのが目的。「今日の天気は?」という質問に対して、ユーザーの位置情報から推測し、その場所のこれからの天気予報を知らせる必要がある。「どの地域の今日の天気ですか?」「今日の朝の天気ですか?夜の天気ですか?」と聞き返すようでは失格。やり取りの回数をできるだけ少ないほうがいい。
ところが「りんな」は、雑談が目的。できるだけ、やりとりが長引くように設計してある。雑談型AIは、米のテック企業が目指しているタスク達成型AIとは、正反対。まったく別のものになるわけだ。
りんなは、中国のMicrosoftの開発チームが手がけた「小冰(シャオアイス)」と呼ばれるチャットボットのAI技術を採用している。中国のチームが2年前に実験的に小冰(シャオアイス)を開発し、中国のメッセンジャー上で公開したところ、大人気となった。それを受け、Microsoftの日本のチームが中国チーム開発のAI技術を使って、昨年夏にりんなをリリースした。
「ただローカライズというような作業のレベルを超えて、ゼロから開発し徹底的にカスタマイズしています。日本のユーザーにとって何が喜ばれるのか。日本のカルチャーや日本人のコミュニケーションスタイルなどを徹底的に追及し、反映させた結果、りんなが誕生しました」。日本マイクロソフトの中里光昭シニア戦略マネージャーは、そう強調する。
生みの親が中国チームで、育ての親が日本チームという感じだ。
雑談型AIは、タスク達成型と比較にならないほど、その国の文化を理解しなければならない。文化理解なくして雑談は成立しないからだ。その意味で雑談型AIにとっては、育ての親の役割が非常に重要になっていくる。
手間がかかる仕事なので、1つの技術で一気に世界を網羅したいシリコンバレー型のスタートアップにはなかなか参入できない領域だ。
しかし、タスク達成型のチャットボットよりも、りんなや小冰(シャオアイス)のような雑談型のチャットボットのほうが、将来的には大きな価値を生むのではないだろうか。それが僕の主張だ。
円筒形のAmazon Echoに話かけるだけで、音楽を再生してくれたり、家中の家電をコントロールできるようになるのは確かに便利だ。
しかしかわいらしいロボットが同じような機能を実装し、さらには雑談に付き合ってくれるようになるとすれば、消費者は雑談型AIを搭載したロボットのほうを使うようになるのではないだろうか。
以前のコラムでAmazonがスマートホームのハブになる可能性を指摘したが、もしAmazonの覇権に待ったをかけることができるとすれば、それは雑談系AIを搭載した、かわいいロボットになるのではないかと思う。中里氏によると、家電やロボットにりんなの人工知能を搭載するという具体的なプロジェクトはまだ検討中だが、「技術的には当然可能」だとしている。
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それに商品を購買する場合でも、タスク達成型AIよりも、雑談型AIに勧められた商品のほうが、より売れるのではないだろうか。
日本マイクロソフトでは、一部企業と組んで、りんなの雑談型AIを搭載したチャットボットの実験を続けているが、中里氏によると、「雑談系AIが、既存顧客との間で感情の共有に近い関係が築けると、顧客とのロイヤリティが深まる。結果、広告とは異なる自然な対話スタイルで、購買への誘導につながる」という仮説が、少しずつ確認され始めているという。実験の結果が公表されれば、企業にとっての雑談型AIの可能性が広く知られるようになるだろう。
シリコンバレーはタスク達成型のAIやロボットを作り、日本や中国は雑談型のAIやロボットを作る。米国とアジアのすみ分けは、このように進むのではないかと考えている。
そして、よりユーザーに愛され、その結果として売り上げにもつながるのは、雑談型AIやロボットではないだろうか。
Microsoft本社から見れば、小冰(シャオアイス)やりんなは、亜流。でもテック業界の歴史を見ても、多くのイノベーションは亜流のプロジェクトから生まれている。Microsoftも、Googleも、Facebookも、Twitterも、そんなところにはビジネスチャンスがない、もしくは残っていないと思われた領域で、台頭してきた。亜流だからこそ、化ければ大化けする可能性があるわけだ。Bill Gates氏もそこに期待して、小冰(シャオアイス)やりんなに注目しているのかもしれない。
Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/