メタバース2つの定義とそれぞれの今後

AI新聞

 

 

メタバースを推す人たちの議論を聞いていて、不思議に思うことが増えてきた。メタバースの定義が人によって異なるのだ。

 

1つ目の定義は、3次元空間としての仮想現実、という定義。3次元空間であることが必須で、VRゴーグルを装着することでその世界感の中に浸ることができる。その3次元空間の中で土地やアバターをNFT(非代替性トークン)化し売買を可能にしていることもあり、Web3技術を多用するもう1つのメタバースの定義と混同されることもあるが、実際には2つ目の定義とはまったくの別物。NFTなどのWeb3技術は、この定義のメタバースにとって不可欠なものではない。

 

もう一つの定義は、オフラインの世界とは切り離されたオンラインだけで成立する世界、という定義。この定義では、メタバースは3次元空間である必要はない。この定義のメタバース内では、暗号通貨や、ブロックチェーン、NFTなどといったWeb3関連の技術が多用されている。

 

つまりメタバースには、3次元の仮想空間という定義と、オンラインの世界という定義の、2つの定義があるわけだ。

 

ホリエモンこと堀江貴文氏がYouTube動画の中でメタバースのことを「以前流行ったセカンドライフと何が違うのか」と酷評している。堀江氏は3次元空間のほうの定義のメタバースに懐疑的ということが分かる。

 

私自身も3次元空間としてのメタバースに関しては堀江氏とほぼ同意見だ。

 

以前にメタバース普及のロードマップ予測。カイフ・リー著「AI2041」からという記事に書いた通り、広く普及するのは10年以上先になると思う。

 

zoom会議よりも3次元の方が臨場感があると言う人がいるが、それぐらいのメリットでコミュニケーションツールが新しいものに取って代わられることはない。

 

ビデオ通話は、相手の表情が見れるという大きなメリットがある。それでも普及するのに何十年もかかった。コロナ禍という非常事態がなければ、普及にさらに長い時間がかかっていたかもしれない。

 

なので3次元の仮想空間というメタバースは、コミュニケーションツールしてはなかなか普及しないと思う。

 

一方で特定の用途に限定したメタバースは、人気が出るものがある。最も有望なのはゲームで、3次元の仮想空間のゲームは既に大きな市場になっている。また仮想空間を使った教育や、訓練は今後大きな市場を形成するだろう。メンタルヘルスの治療方法としても3次元の仮想空間は期待されている。変わったところでは仮想空間を使った瞑想やセミナーも、やり方次第で効果があることが分かってきた。

 

しかし一方で、ゲームをするわけでもなく、目的もなくただ集まるだけの3次元サービスは、果たして長続きするのだろうか。堀江氏が言うように、大流行後に下火になっていったセカンドライフやアメーバピグなどのサービスと、同じ道をたどるような気がする。

 

では、もう一方の定義のメタバースはどうだろう。私自身は、こちらのメタバースが今後急成長するだろうと思っている。

 

例えば暗号通貨の世界では、これまで米ドルや日本円といった法定通貨を用いて売買が行われてきた。法定通貨というリアルな世界の経済があって初めて、暗号通貨が成立していた。

 

ところが法定通貨の値動きと連動するステーブルコインと呼ばれる暗号通貨が発明され、ビットコインなどの暗号通貨を売る際に、法定通貨に両替しなくてもステーブルコインに両替するだけでことが足りるようになった。これでビットコインを購入するために暗号通貨の経済に入ってきた資産は、リアル経済に戻ることなく暗号通貨経済の中を循環するようになった。

 

リアル経済とは別の暗号通貨経済が誕生したわけだ。この現実世界に依存しないオンラインの経済が、もう1つのメタバースの定義の一例だ。この定義では、メタバースは3次元の仮想空間である必要はない。

 

今はまだ法定通貨がベースのリアル経済の方が、圧倒的に市場規模は大きい。しかし暗号通貨のメタバース経済の中にいろいろなイノベーションが起こり始めている。リアル経済の外為市場や証券取引所に当たるDEX(分散型取引所)と呼ばれるアルゴリズムの自動取引サービスや、リアル経済の株式会社に当たるDAO(分散型自律組織)などといった組織の形が発明されている。データが本物であることを証明するNFTや、本人認証が可能なSBT(Soul Bound Token、譲渡不可能トークン)などといった技術も出てきた。この領域を有望視する世界中のトップレベルの人材が、この領域に続々と参入し始めた。このためイノベーションが止まらないのだ。

 

このメタバースの定義を拡大解釈すれば、リモート勤務もメタバースの中の活動と言うことができる。コロナ禍でオフィスの床面積を縮小し、従業員全員が一度に出社できなくなった企業も多い。そういう企業では、会議はzoomなどのオンラインミーティングサービスを利用しているし、情報のやり取りはメールやメッセージングサービスが中心。書類やデータはクラウド上で共有されている。会議室もファイルキャビネットも不要だ。こうした企業は、リアルが「主」でオンラインが「従」であったこれまでの状況から、主従が逆転したわけだ。

 

そういう企業は今後、NFTやSBTといったWeb3関連の新技術を導入していくことだろう。企業のDXが進めば、企業はどんどんメタバースの中に入っていくのだと思う。

 

一部のWeb3の推進者は、いずれメタバース経済がリアル経済を超える規模になると予測する。Web3のイノベーションの加速具合を見ていると、そうした予測もあながち間違っていないような気がしてくる。

 

メタバースといっても、3次元仮想空間のメタバースとそうでないメタバースでは、まったく別の概念であることを分かっていただけただろうか。

 

メタバースという言葉の流行に乗せられずに、今後どの領域で最も技術革新が起こりそうかを見極めて、有望な領域のプロジェクトに乗り出していただきたいと思う。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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