メタバース普及のロードマップ予測。カイフ・リー著「AI2041」から

AI新聞

Facebookが社名をMetaに変えたこともあり、最近またも注目を集めているメタバース。ザッカーバーグ氏は社運をかけての挑戦のようだが、果たしてメタバースは来るのだろうか、来ないのだろうか。

 

日本語未訳の米ビジネス書のベストセラーに「AI2041」という本がある。その本の中で著者のカイフ・リー氏がメタバースの普及時期と可能性について予測している。

 

同氏は、Googleなどの大手テック企業の幹部を経験したAI専門家。深い技術理解に裏付けられた未来予想なので根拠がしっかりしている。ただ専門知識のない読者に分かりづらい部分もあるので、私なりに周辺情報を交えながら同氏の主張を紹介したい。

 

ちなみに同氏によると「2041年の予測」としたことにはあまり深い意味はなく、「41」という字面が「AI」に似ているから、ということらしい。なので「2040年前後」という意味ととらえていいだろう。

 

まず本の中では、同氏はメタバースという表現を使わずにVRARMRXRという表現を使っている。

 

VRというのは仮想現実のこと。一方ARというのは現実の風景の中にテキストや静止画、動画をオーバーラップさせる技術のことだ。一時期大流行したポケモンGOは、目の前の風景の中にポケモンのイラストを映し出す機能があるが、あれがまさにAR

 

MRは、AR同様にリアルの風景の中に動画などのコンテンツを映し出す技術だが、ARと違って現実の状況が仮想コンテンツに反映される。例えばMRグラスを通して見ていると、現実空間で現実の自動車が、仮想ポケモンの右側を通ろうとする。仮想ポケモンは現実の車にひかれないように左側に飛び移る。そんな風な表現ができる。

 

また現実の人間の発言内容を仮想のアバターが理解し、返答する。それを聞いて、現実の人間がまた何かを言う。そうしたやりとりもできるようなる。

 

現実のレイヤーと仮想のレイヤーを単純に重ねているのではなく、現実の変化に合わせて仮想が変化し、現実と仮想が混じり合うような表現ができる。現実と仮想がミックスされるので、MR(ミックスリアリティー)と呼ばれている。

 

メタバースという言葉は「仮想空間」という意味で使われることが多いので、今のところはVRのことだけを指す。しかし将来のMRは、現実と仮想がミックスするようになるので、これもまたメタバース、仮想空間の一種と呼んでもいいのだと思う。

 

ちなみにXRとは、VRARMRの総称だ。

 

実際にはVR研究の歴史は古く、最初にVRが試されたのは、もう何十年も前の話になる。当時のVRヘッドセットはヘルメット以上に大きく重かったし、大型コンピューターに有線で繋がれていた。あまりに不恰好で高価なので消費者向けに発売されることはなく、化学の実験に利用される程度だった。

 

その後、関連する技術は急速に進化し、2015年には、VRARデバイスが数多く登場した。しかしリー氏によると、MicrosoftHoloLens以外は「ほぼすべて失敗」。HoloLensは他社のVRデバイスに比較すると性能が飛び抜けてよく、また1579グラムと軽量化に成功した。ただし価格は一台3500ドルと高額で、「見た目が不恰好な大型水中メガネのようだった」(同氏)ので、一般消費者にまで広く普及しなかった。

 

どの程度普及すれば、一般消費者向け市場で成功したと呼べるのだろうか。リー氏はApple Watch程度と考えているようだ。Apple Watch自体は、それほど普及しているように見えないが、Apple Watchの登場に刺激を受けた腕時計型デバイスが数多く登場している。確かにここまでくれば、腕時計型ウエアラブルデバイスは一般消費者にまで広く普及したと言えるのかもしれない。

 

そういう尺度で見れば、リー氏にとってGoogleグラスやSpapchatSpectaclesも「失敗」。ただしその後も、関連技術は着実に進化を続けている。Oculusはレンズの厚さが1cm程度の試作品の開発に成功したし、リー氏によると「(このペースなら)2025年までに一般大衆向けのXRグラスが市販されるだろう」という。

 

同氏が注目するのは、Appleだ。AppleはこれまでにiPodに始まり、iPhoneiPadと、新しいデバイスの市場を生み出してきた。AppleARグラスを開発中といううわさや報道があることから、同氏はXRグラスの一般大衆向け市場は、今回もAppleが開拓する可能性があるとしている。

 

まずは2025年前後にAppleARグラスを発売するころが、一般大衆向けメタバースの最初のフェーズである、と同氏は考えているようだ。

 

そして次のフェーズは2030年ごろ。イヤホンの進化が大きなマイルストーンになると同氏は指摘する。骨伝導のような一日中つけていても不快感のないイヤホンの技術に加え、omnibinaural immersive soundsと呼ばれるような臨場感あふれる録音技術が進化。一日中イヤホンをつける人が増えてくる。

 

そして2041年までにはメガネではなく、コンタクトレンズにコンテンツが映し出さされるようになる、と同氏は指摘する。

 

このコンタクトレンズとイヤホンの組み合わせを同氏は「スマートストリーム」と呼ぶ。一日中装着していても違和感がないので、ほとんどの人が常時装着することになる。そうなって初めて「スマートストリームがスマホに取って代わる」と同氏は予言する。

 

そのころになると、体への衝撃を体感できるハプティック(触覚技術)グローブやハプティックスーツも改良されるだろう。朝日の暖かさや、微風の涼しさ、でこぼこ道を自転車で走ると感じる臀部への衝撃なども、ハプティックスーツで再現できるようになる。

 

またユーザーが歩いたり走ったりする感覚はomnidirectional treadmillと呼ばれる全方向のルームランナーのようなもので表現されるようになる。

 

ここまでくると、リアルの空間でできることのほとんどすべてが、メタバースでも実装できることになる。

 

ただ問題はコンテンツだ。現実空間のデータをリアルタイムで把握し、それに従って仮想物体の動きを変えるMRのコンテンツを作るのは簡単ではない。ゲームやアプリを開発するのとはわけが違う。

 

なので、開発者の開発意欲に火をつけるためには、まずデバイスが売れないといけない。しかしデバイスが売れるためには、いいコンテンツがなければならない。鶏と卵の関係だ。このためメタバースの一般消費者市場が立ち上がるまでに、十分な時間と投資が必要になるだろう。ただ同氏によると、「一度、天秤が傾けば一気に市場が急成長するはず」と予測する。

 

デバイスとコンテンツの両方が揃い、広く普及すれば、多くのユーザーは現実空間と仮想空間の両方で生活するようになるだろう。

 

リー氏によると、今ほとんどすべての企業がAIを活用しようと必死になっているように、2041年にはほとんどすべての会社がメタバースを活用しようと必死になるだろうという。

 

それまでは、メタバースの用途は、ゲーム、エロ、教育、訓練が中心になる。一般消費者向けほど広く普及しないだろうが、それぞれの分野でかなり大きな市場を築くことが予想される。私自身は、特にゲーム系のメタバースが、ブロックチェーンや暗号通貨という技術を使った経済圏に発展し、ビジネス的に大成功する、と考えている。その兆しはAxie Infinityというベトナム発のゲームに見られる。このゲームは、ゲームの中に暗号通貨を稼ぐ方法が幾つかあり、コロナで職を失った人の中には、このゲームの中で稼いだお金で生計を立てている人もいるという。2018年にリリースされたゲームだが、まずはフィリピンで人気となり、その後世界中に拡散中で、累計売上は既に30億ドルに達しているという。

 

一方2041年ごろに「スマートストリーム」がスマホ以上に普及すれば、それ以降はコミュニケーションを始め、今はだれも思いつかないような新たな用途も出てくることだろう。

 

これがリー氏が考えるメタバースのロードマップ予測だ。

 

一方、コンタクトレンズなどつけずともホログラムを使って裸眼で仮想コンテンツを表示できるという主張もある。一時期、ホログラムを使ったプロモーション動画を発表し非常に大きな注目を集めたMagic Leapという会社があったが、結局同社が新製品として開発していたのはXRグラスだった。同社の名前はその後ほとんど聞かれないようになった。

 

リー氏によると、ホログラムを使ってMRを実現するのは技術的に非常に難しく、2041年の段階でも、メガネやコンタクトレンズなどの表示デバイスが必要になるだろうとしている。

 

またイーロン・マスク氏は、微細な電極を脳に埋め込むニューロテックと呼ばれる技術で、データを脳にアップロードできると主張している。そうなれば、表示デバイスなしで現実空間に仮想コンテンツが出現するような風景を脳の視覚野に表示できるわけだ。ただ脳の仕組みはまだまだ分からないことが多く、ニューロテックもまだ黎明期に過ぎない。リー氏によると、2041年までにニューロテックがそこまで進化する可能性は低い、としている。

 

「スマホの次に何がくるのか」という質問をよく耳にする。「スマホの次はVRだ」という意見もある。しかし、当面はXRグラスが普及したとしてもスマホの周辺機器にしか過ぎず、スマホを不要にするのには、あと20年近くかかるということなのだろう。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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