Web3が実現する新しい経済のカタチ

AI新聞

 

 

Web3のオピニオンリーダーの一人、暗号通貨イーサリアムの提唱者であるビタリック・ブテリン氏は、Web3の技術で経済は大きく成長し、かつその果実は少数の企業や富裕層に独占されることなく、広く分散されることになると主張する。何を根拠にそのような明るい未来を見通せるのだろう。同氏の主張を詳しく見ていきたい。

 

▼価値創造のカタチが変わった

 

まずその前に、企業の価値創造のモデルの変化について押さえておく必要がある。ハーバード大学のMarco Isansiti教授とKarim R. Lakhani教授が書いた「Competing in the Age of AI(AI時代の戦い方)」という本は、企業の価値創造モデルがインターネットやAIの登場で大きく変化した、と指摘している。

 

産業革命以来、企業の価値創造モデルは大量生産というモデルだった。1つの製品を作る工程を細かく分けて、1つの工程にだけ熟練した工員を作ることで、同じ品質の製品を大量に低コストで作ることができるようになった。一人の職人が一つの製品を最初から最後まで作り上げるという、それまでの手法に比べ、大量生産というモデルは大きな価値を創造した。

 

この大量生産のモデルの真髄である、工程の細分化と画一化は、ほとんどすべての業種に取り入れられた。スーパーマーケットやコンビニエンスストアなども、工程の細分化と画一化で、より大きな価値を創造している。

 

この大量生産モデルは、最初の頃はインプットを増やせば、アウトプットも大きく増えるのだけど、インプットの伸び率に比較するとアウトプットはそれほど伸びなくなる。例えば、店員が一人のときは儲けが1万円だったけど、店員を二人にすれば儲けは1万9000円、3人にすれば2万7000円になったとする。店員の数を増やせば儲けも増えるけど、儲けの伸び率はだんだん少なくなっていく。

 

経済学では、大量生産モデルのこの現象を収益逓減(ていげん)と呼んでいる。

 

 

ところがインターネットやAIの時代になると、この収益逓減のモデルが主流の時代から、収益逓増(逓増)のモデルが主流の時代にパラダイムがシフトした。それがこの本の主張だ。

 

 

例えば、インターネットの一般利用が始まったころは、ネット通販のアマゾンで購入できるものは限られていた。ところがアマゾンの品揃えが増えると、より多くのユーザーがアマゾンで買い物するようになった。利用客が増えれば、アマゾンで商品を売りたいというメーカーが増え、商品が増える。商品が増えると、利用客が増える。正のスパイラルだ。この正のスパイラルの効果を、経済学ではネットワーク効果と呼ぶ。

 

ネットワーク効果は、Facebookでも起こった。ユーザーが増えれば増えるほど、情報発信は楽しくなる。自分の友達のほとんどがFacebookを利用するようになると、メールで連絡するよりもFacebookメッセンジャーで連絡するほうが便利になり、メールの利用が減っていった。コミュニティーのネットワーク効果だ。

 

コミュニティーのネットワーク効果よりもパワフルなのがAIのネットワーク効果だ。Google検索は、利用者が増えれば増えるほど、利用者が求めている情報の傾向が分かる。それに従って、AIが情報の並べ順を変えるので、求めている情報により素早くアクセスできて便利になる。便利になるので、より多くのユーザーが利用し、ユーザーが増えればどの情報が有益なのかというデータがより多く集まる。データが集まればさらにAIが賢くなる。

 

ハーバード大学の二人の教授が書いた「Competing in the Age of AI(AI時代の戦い方)」では、AIのこのネットワーク効果が勝ち組企業のビジネスモデルになっている、として、アマゾンやIKEA、Ant Financialなどの事例を紹介している。

 

こうしたコミュニティやAIのネットワーク効果で、ネット企業の収益が逓増していった。大量生産の収益逓減モデルから、AIの収益逓増のモデルに、企業の価値創造の方法が切り替わった、というのが二人の教授の主張である。

 

収益逓増モデルに入ったので、ネット大手が巨大化し、富と権力がネット大手に集中した。これがWeb2と呼ばれるネットの1つのパラダイムであり、これに対する反発がWeb3である。

 

Web3では、ネット大手に集中した富と権力を一般ユーザー側に取り戻そうとしている。そのために必要なのは、データを一般ユーザー側に取り戻すこと。データこそがAIのネットワーク効果を生むからだ。

 

さらに言えば、今までのように個人データを秘匿するのではなく、積極的にAIの学習用に提供すれば、AIはますます賢くなり、より大きな価値を生むことになる。

 

一般ユーザーが自分の個人データを積極的に提供sるようになる。そんなことが可能なのだろうか。ビタリック・ブテリン氏らが書いた「Decentralized Society」という論文では、そのために必要な技術のコンセプトや数式などが記載されている。

 

データを一般ユーザー側で管理するには、データのストレージが必要になる。データストレージとしては、ユーザーの手元の記憶デバイスでもいいし、信用できるオンラインのストレージでもいい。ネット企業が運営するオンラインストレージが信用できないのなら、InterPlanetary File System(IPFS)と呼ばれる分散型のオンラインストレージの仕組みを使ってもいい。

 

次に一般ユーザーが個人データをAIに提供するようになるのだろうか。今は、多くの人が自分のデータを他人に見られたくないと思っている。その考え方が、果たして変化するのだろうか。

 

個人的には、人々が自分のデータを進んでAIに提供するようになるには、万全なセキュリティ、インセンティブ、社会的意義の3つの要素が不可欠だと思う。

 

セキュリティーに関しては、 ビタリック・ブテリン氏らの論文に詳しい。Soul Bound Tokenや、ゼロ知識証明、ハッシュ関数、Garbled Circuits、Designated-verifier Proofなどといった技術を組み合わせることで、誰にどの程度の情報をどのくらいの時間の間に共有するのかを細かく設定できるようになると言う。

 

2つ目の要素であるインセンティブに関しては、やはり暗号通貨で報酬を支払うという方法だろう。One River Asset ManagementのEric Peter氏は、ブロックチェーンが過去最高に安全なデータ転送システムであることは、米国の金融当局の関係者でさえ認めるようになってきたと言う。問題は、ブロックチェーンが金融システムに取り込まれるようになるかどうかではなく、いつそうなるかだと言う。同氏は「20年後とか、そんな先の話ではないと思う」と語っている。

 

しかし暗号通貨をもらえるからといって、一般ユーザーが個人データをAIに提供するようになるのだろうか。

 

Web3に関心を持つ人たちの間で、ここ半年ほどで共通認識になったのが金銭的インセンティブがいかにパワフルであるのか、ということだ。ゲームをすれば暗号通貨を稼げる、運動すれば稼げるといったアプリが大流行したが、このことからも分かるように、金銭的インセンティブで行動変容する人は、意外に多いということが明らかになった。

 

3つ目の要素である社会的意義に関しては、データ提供で社会課題が解決されるという事例が増えて来れば、自らデータを提供したいという人が増えてくるのではないかと思っている。

 

一般ユーザーのデータ提供を促進する団体OpenMinedは、「もし地球上のほとんどの人がデータ提供に協力すれば、癌を撲滅できるかもしれない」と語っている。

癌にかかるかどうかは、生活習慣に左右されることが分かっている。何を食べて、どんな生活をすれば、癌にならなくてすむのか。そうした研究は続けられているが、被験者数が限られているためデータが少なく、まだまだ分からないことが多い。

もし地球上のほとんどすべての人が研究に協力し、食事、運動、労働環境、ライフスタイル、DNAデータなど、発癌に関連するすべての要因のデータを提供するようになればどうだろう。そのうちのだれが癌になったかというデータと照合すれば、AI が発癌パターンを認識し、癌研究が一気に進むはずだ。どういう遺伝子を持った人は、どのようなライフスタイルにすれば癌の発症を防げるのかがより正確に分かり、癌患者の数が激減するに違いない。

癌だけではない。痴呆や鬱病、幸福感など、地球上のほとんどすべての人のデータを集めてAI で解析できるようになれば、人類は多くの苦しみから解放されて、より豊かで幸福な人生を送ることができるようになるに違いない。

 

こうした成功事例が増えてくれば、社会的意義を感じて個人データを積極的に提供する人が増えてくるのではないだろうか。

 

セキュリティ、インセンティブ、社会的意義。この3つがそろえば、個人データ提供に対する人々の考え方が変化するのではないかと思っている。

 

▼ベーシックインカムは不要

 

個人情報をできるだけ共有したくないという状況の中で、テック大手はネット上のデータをかき集め、AIに学習させた。消極的なデータ提供であっても、巨大な富を得ることができるわけだ。これからもし一般ユーザーが積極的にデータを提供するようになれば、これまでと比較にならない莫大な価値を生むことになるのではないだろうか。

 

AIとロボットが進化し、人間の仕事を奪うようになる、という予測がある。仕事を失った人を支援するために、国民一人一人に一定額を支給し続けるユニバーサル・ベイシック・インカムという制度を導入すべきだという議論も始まっている。その財源は、テック大手などの巨大企業からの税金になるわけだが、法人税を引き上げれば企業は税金の低い国に本社を移す可能性がある。ユニバーサル・ベーシック・インカムは、世界中の国が足並みを揃えない限り、難しいかもしれない。

 

しかしビタリック・ブリテン氏が言うように、個人ユーザーが金銭的報酬と引き換えにデータを積極的に提供するようになり、社会全体としてこれまでにないほどの富を作り出せるようになれば、一人一人のユーザーに対して十分な報酬を支払えるようになるかもしれない。またその金銭的報酬をいろいろなプロジェクトに投資するような仕組みにすれば、だれもが投資家になる。データ活用で生む巨額の富を、より多くのユーザー間で分配する未来。もしそうなればベーシックインカムは不要になるだろう。

 

価値創造のモデルが大量生産型から、AIネットワーク効果型に変わったのであれば、個人データを積極的に提供する時代に向かうことは、ほぼ間違いないように思う。

 

それでも、そうした未来予測に対して、異議を唱える人もいるだろう。いろいろな問題点を指摘し、そうした未来は来ないと主張する人も出てくると思う。しかしそうした問題点こそがビジネスチャンスなんだと思う。ビタリック・ブテリン氏の見る未来が、抗うことのできない大きな流れであるのであれば、大きな流れには逆らわず、流れをスムーズにさせる施策を提供した人や企業が、Web3時代の成功者になるのだと思う。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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