これまで3000人以上のリーダーを取材してきたフォーブス・ジャパンWeb編集長の谷本有香氏は、時代とともにリーダー像が変化してきていると言う。10年以上前は、ワンマンにチームを引っ張っていくタイプのリーダーが主流だったが、最近は社会貢献を目指すリーダーが評価されるようになってきた。またさらに「経営者」というより「アーティスト」のようなリーダーが台頭してきているという。
<谷本有香氏>
リーダー研究がライフワークという谷本氏は、ブルームバーグ通信や、日経CNBCのキャスターなどといった経歴を通じて、さまざまなリーダーに接してきたと言う。「偉人と呼んでいいような、本当にすばらしい方たちばかりにお会いしてきました」。またここ何年間かは、モナコで開催されている世界一の起業家を決める大会「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」を取材してきた。そうした取材活動の中で、谷本氏は起業家のタイプが変化してきたことに気づいたと言う。
「十数年前まではいわゆるカリスマ型のリーダーこそがリーダーだと言われていた時代だったと思うのですが、ここ数年は社会起業家を名乗るリーダーが増えてきたように思います」。「社会のために身を粉にしているか、無我になって社会に貢献できるか、というようなリーダーが続いているんです」。
そしてまたここ1、2年で、さらに新たな変化が見られるようになったと言う。「新しく台頭してきたリーダーたちは、リーダーシップという言葉がそぐわないようなタイプの人たちなんです」。
ではどういうタイプなのだろう。「その人の特殊性、偏愛性が、社会との接面部分に滲み出ていて、その部分でたまたまお金が稼げたり、社会貢献につながっている」タイプだと谷本氏は言う。なのでそういう人たちには「リーダー」「経営者」という形容詞よりも、「表現者」「アーティスト」という形容詞のほうがぴったりくるのだという。
私(湯川鶴章)自身も、確かにそういったリーダー像の変化を感じることがある。「ロボットを通じてALS患者の友人と過ごしたかけがえのない時間」という記事の中で取り上げた吉藤オリィ氏も、そうした新しいタイプの経営者の一人だと思う。
彼が率いるオリィ研究所が開発した分身ロボットOriHimeは、これまでマスコミで何度も大きく取り上げられているし、彼自身もフォーブス誌が選ぶ「世界を変えるアジアの30歳未満の30人」など、数多くのアワードを受賞している。最近では、重度障害者が遠隔地からOriHimeを操作して接客するOriHimeカフェが、障害者の社会参加を支援する一例として大きな話題になっている。彼が社会に大きく貢献していることは、間違いない事実だ。
ところがそんな吉藤氏も、実はかなり特殊で、偏愛性が際立っている一人だ。彼とは友人付き合いをさせてもらっているので、彼の変わっている部分をいろいろと知っているのだが、分かりやすい例を1つ挙げると、彼の服装が変わっている。彼は一年中、黒いコートを着ている。暑い日も、寒い日も、黒いコートを来ている。
彼はそのコートを「黒い白衣」と呼ぶ。黒い白衣という表現自体が変なのだが、あえてそこは突っ込まないことにしよう。
実はこの黒い白衣は、彼のオリジナルデザインで、細部にいろいろな仕掛けがしてある。例えば袖の部分に交通系電子マネーのカードを収納できるようになっていて、袖をかざすだけで公共交通機関に乗れたり、コンビニで買い物ができるようになっている。また傘を内部に隠してあって、急な雨に対応できるようにもなっている。
初めて吉藤氏の講演を聞いたとき、彼は講演時間の半分近くをこの黒い白衣のデザインの説明に当てていた。ロボットの話を期待していた聴衆は、とまどっていたことだろう。
恐らく吉藤氏にとって、ロボットも黒い白衣も、情熱を注ぐ対象として同列なのだと思う。社会貢献したいという思いが原動力になっているのではなく、自分が作りたいものを作りたい、自分のこだわりを形にしたい、という思いが原動力になっているのだろう。
そして分身ロボットというのが、谷本氏が言うところの「社会との接面」で、それがたまたま社会貢献につながっていて、吉藤氏が大きく評価されているのだと思う。吉藤氏は、谷本氏の言うように「表現者」であり「アーティスト」なのだと思う。
谷本氏によると、こうした新しいタイプの起業家たちは「すべての人が表現者であり、アーティストだ」と指摘していると言う。
そして「だれもが自分の表現力を磨き、それぞれの社会の接面で社会に貢献できるようになれば、社会はよりすばらしいものになっていく」。それが新しいタイプのリーダーたちの一番の主張だ、と谷本氏は言う。
新しいタイプのリーダーは、まだまだ少数。なのでこういったタイプのリーダーが今後、経済界の主流になっていくのかどうかは分からない。ただ彼らの言うように、だれもが自分の特殊性で仕事ができて社会に貢献できるようになれば、それはそれで間違いなくすばらしい社会になるのだろうと思う。今後も偏愛性の際立った経営者の台頭に期待したい。
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