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「台湾のコロナ成功」には続きがあった オードリー・タン氏講演から 非エンジニアが貢献したシビックテック

  • 2021.2.5

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新型コロナウイルス対策の成功例として取り上げられることの多い台湾。マスクの在庫状況をスマートフォンで確認できるアプリを一般人が開発し、パニックを回避した話は有名だ。ところがこのほど開催されたオンラインイベントに登壇した台湾のデジタル大臣のオードリー・タン氏は「実はこの話には続きがあるんです。アプリが開発された後に、『アプリを信じるな』という張り紙をする店舗が出てきたんです」と打ち明けた。

 

アプリを開発したのは、一般企業に勤めるエンジニアの男性。Googleマップ上にマスクを販売する薬局などの店舗を表示し、店舗側がマスクの在庫数を入力することで、どの店にマスクが残っているのかを地図上で確認できるというアプリだ。

 

非常に便利なアプリなので利用者が殺到。ところが、Googleマップは一定数を超えるアクセスがあれば、利用料が従量課金される仕組みになっている。マスクを求める消費者がこの地図に一気にアクセスしたため、開発者の男性に巨額の請求書が送付されることになってしまった。

 

一人で払える金額ではない。そこで、この男性はエンジニアのオンラインコミュニティに相談。そのやりとりを見たタン氏がすぐに、台湾の総統に直接掛け合って、政府が利用料を支払うことになった。

 

政府ではなく、市民エンジニアが社会のために便利な技術を開発。政府が迅速に動いて、それを支援する。市民エンジニアと政府が一つになって活動する「シビックテック」の成功例として、世界中のマスコミが大きく取り上げた。

 

ところが「報道はそこで終わっているんですが、実はこの話には続きがあるんです」とタン氏は言う。タン氏が近くの薬局の前を通ると、「アプリを信じるな」という張り紙がしてあった。どういうことかを確認するため、中に入って店主に話を聞いてみたと言う。

 

買い占めが行われないように、マスクの購入には健康保険証の提示が必要で、一人一枚だけ受け取ることができるようになっている。この店では、午前中にマスクを求める客が殺到。対応に忙しくて、健康保険証の番号をアプリに入力する時間がなかった。そこで整理券と引き換えに健康保険証をいったん預かっておいて、お昼休みに番号をいっせいに入力する方法を取っていた。

 

ところが午前10時までに在庫分の整理券を全部配って、もう在庫がない状態にもかかわらず、入力作業が終わるお昼休みまで地図上には「在庫あり」と表示され続けることになった。当然これを見た人たちが来店する。でもマスクを入手できないので、店主に苦情を言うようになった。なので店主は「アプリを信じるな」という張り紙をしたのだという。

 

この問題をどう解決すればいいのだろう。健康保険番号をスキャンする仕組みが一番いいのだろうが、システム導入には巨額の予算と時間がかかる。すぐにできる簡単な対処方法はないものだろうか。タン氏は悩んだ。

 

ところが解決策は、この店主が簡単に見つけ出してくれた。整理券を配り終わったあとに、店主はアプリ上のマスク発注枚数の入力箇所に「ー500 」と入力した。発注枚数がマイナスになることなど、ありえない。アプリのシステムは予想外の入力にうまく対処できなかったのか、マップ上の店舗の色を「在庫なし」を意味する灰色に変えた。健康保険の番号をすべて入力するのには何分もかかるが、この方法なら一瞬で店舗マークを灰色に変えることができた。

 

エンジニアたちは、まったく新しい発想で問題の解決策を見つけ出すことを「ハックする」という言葉で表現する。店主はエンジニアではないが、見事にハックしたわけだ。

 

この方法にヒントを得たタン氏は早速、発注アプリに「在庫なし」のボタンを表示させる修正を加えた。「ー500」と入力しなくても、このボタンを押すだけで、自分の店には在庫がないということを一瞬で表示させることができるようになった。

 

「シビックテックは、みんなで1つになることが重要なんです」とタン氏は強調する。デジタル庁を作っても、デジタル庁だけがデジタルトランスフォメーション(DX)に取り組んでいてはいけない。政府一丸であっても、それだけではだめ。政府主導、民間協力でもだめ。政府とエンジニアが対等に取り組むだけでも、だめ。「アプリを信じるな」と張り紙した店主のような人が参加してこその「シビックテック」。タン氏はそう強調する。

 

社会にはいろいろな意見の人がいる。なので社会全体が危機に面したときには、ともすれば社会は分断しがちだ。人命重視派 vs 経済重視派、技術を使いこなす派 vs 技術苦手派などといった分断だ。しかし、どちらか一方の意見にだけ寄り添うのではなく、双方に共通した価値観、目指すべき共通のゴールがないかを探るべきだとタン氏は主張する。そしてその共通した価値観、ゴールに向かって、技術は何ができるのか。それを政府、エンジニア、非エンジニアの人たちが一緒になって考えて、提案していく。それがシビックテックだとタン氏は言う。

 

非エンジニアの人たちまでさえも、DXに巻き込んでいく。その道を諦めずに探り続けることが、重要だということだ。

 

このイベントはFabCafe、Loftwork、neosが共同で企画・運営。内閣府地方創生推進室と内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が提供する「V-RESAS」のデータを元に、「地方創生とデータ活用」について討論するイベントシリーズ。第1回は、「コロナ禍における地方創生とデータ活用〜V-RESASで見るデータとケーススタディ〜」というテーマで2月4日に開催された。パネル討論会にはタン氏のほか、Takramデザインエンジニアの田川欣哉氏、統計家の西内啓氏、ロフトワークの諏訪光洋氏が参加した。

 

第2回は3月12日、第3回は3月25日に予定されている。詳細、申し込みはこちらのリンクから。

https://fabcafe.com/jp/events/v-resas/?utm_source=V-RESAS&utm_campaign=baa90d53e1-EMAIL_after_follow_vol01&utm_medium=email&utm_term=0_1780e0131f-baa90d53e1-209965185

 

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湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。