米AIベンチャーのClearview社は、顔認証AIの学習用に使ったネット上の写真が100億枚を超えたことを明らかにした。一方で同社の顔認証サービスが、世界中の政府や捜査機関に使われていることが明らかになっており、プライバシー保護の観点から顔認証AIが米国で社会問題化している。日本国内で同社のサービスが利用されているかどうかは明らかではないが、同社のサービスを使って日本人の身元特定が可能なことはほぼ間違いなさそうだ。
同社のCEOのHorn Ton-That氏は、米誌Wiredのインタビューに対してAIの学習用データとしてネット上から勝手に収集した写真の枚数が100億枚に達したことを明らかにした。同社はクローラーと呼ばれる自動循環ソフトを使ってFacebookやTwitter、InstagramなどのSNSにアップされた写真を収集して顔認証AIを訓練。AIは学習用データが多ければ多いほど賢くなるので、同社の顔認証AIはかなりの精度を達成したものと考えられる。
このため世界中の捜査機関や企業などが同社のサービスを利用しているもようで、米ニュースサイトBuzzFeedによると、世界27カ国の2200以上の捜査機関、企業、個人が同社と契約しているという。政府機関では、米移民局、法務省、FBI、INTERPOL(国際刑事警察機構)、小売チェーンではデパート大手のMacy’s、家電量販店チェーンのBest Buyなどの名前がリストに載っているという。
ClearView社では、同社の顧客は北米の捜査機関が中心だと主張しているが、BussFeedによると、実際にはヨーロッパ、アジア、中東の法律、金融、小売などの業界にも顧客層を拡大しているという。
日本の政府機関や企業が同社のサービスを利用しているのかどうかは不明だが、顔写真のデータベースから日本人だけが排除されているとは考えづらいので、日本人ユーザーがSNSにアップした写真も学習用データとして使われていることは間違いないだろう。ということは日本人も顔写真から身元が特定できるということだ。
同社はまた解像度の低い写真の解像度を上げるAIや、マスクをつけている顔写真からでも人物を特定できるAIを現在開発中だとしている。
同社の技術が事件の捜査に有効であることは間違いなく、あるカナダの捜査官は匿名を条件に米大衆紙DailyBeastの取材に対し「過去10年で最も画期的な捜査技術」と絶賛している。
一方でプライバシー保護の観点から問題が指摘されている。例えば合法的な反政府デモに参加する際にマスクで顔を隠していても政府に身元がバレてしまう可能性がある。ストーカーに盗撮されて身元がバレるケースも想定される。
このためプライバシー保護の観点から、同社を相手取った訴訟が既に何件か起こっている。人権団体ACAU(米公民権連合)は2020年9月、個人を特定できる身体情報を不法に取得することを禁じたイリノイ州の法律に違反するとして、同州地裁に同社を提訴している。
またニューヨーク州、カリフォルニア州でも同社を相手取った集団訴訟が起こっているほか、facebookやTwitterではサイトにアップされた写真の利用の中止を文書で同社に要求しているという。
とはいっても顔認証AIの技術を持つのはClearView社1社だけではないし、今後も顔認証AI技術は急速に進化していくことだろう。ClearView1社だけを規制すればすむ話ではない。
このためニューヨーク市警では、顔認証技術の使用に関するガイドラインを策定。同社のような顔認証AIサービスを利用するには、一定の上級役職の許可が必要で、テロ対策などの特定の用途に限定するなどと規定している。しかしガイドラインを個々の組織に任せるのではなく、社会としても一定のガイドラインを策定する必要があるのかもしれない。