2023年秋、AI業界勢力図① Nvidiaの独り勝ち

AI新聞
 
AIは大きくなるほど性能が向上する傾向にある。この傾向が理由で、AIの巨大化が今もなお続いている。そしてその結果としてAI業界のいろいろなレイヤーで激しい競争が繰り広げられ、業界勢力図の流動的な状態が続いている。どのレイヤーにどのようなプレイヤーがいて、勢力図はどう変化していっているのか。詳しく見ていくことにしよう。
 

▼AIの巨大化が勢力図の予測を困難に

AIは大きくなればなるほど、性能が向上する。実はこれは最初から分かっていたことではなく、AIモデルを大きくしてきた結果、明らかになってきた経験則である。少し専門的な表現を使うと、AIには「スケーリング則」と「創発的能力」があることが、後から分かってきた。
 
スケーリング則とは、ハード面(例えば半導体の数)、ソフト面(例えばAIモデルの大きさ、変数の数)、データ面(学習データの多さ)がそれぞれ大きくなればなるほど、AIの予測精度が上がる傾向にあるということ。もちろんこれは経験則なので、これまではそうだったが、今後もそうである保証はない。ただ今後も性能がアップすることを期待して、AIの巨大化が続いている。
 
創発的能力というのは、AIモデルの大きさがある点を超えると、性能が急激に向上するという現象のこと。例えば最新のAIは教えなくても、その文章のネガポジ判断ができる。つまり商品レビューの投稿が好意的なものか、否定的なものかをAIが自分で判断できるわけだ。少し前までならAIに「嫌い」「だめ」は否定的、「好き」「最高」は好意的と教え込む必要があった。ただすべての否定的、好意的な表現を教え込むことなどできるわけはなく、「やばい」など、判断が難しいケースも結構あった。しかし最新のAIは、どんな表現でも自分で非常に正確に判断できるようになっている。AIモデルを大きくすることで、ある時点から急にできるようになったのだ。
 
このスケーリング則と創発的能力のおかげで、AI投資の巨額化が続いており、その結果、AIが今後どこまで精度が向上し、どのような能力を身につけるのかは分からない。つまりどのような業界にどのような影響を与えるのかは、現時点では正確に予測できない状態が続いている。このことがAI業界の勢力図を非常に流動的にしている大きな原因になっている。
 

▼黎明期の激戦地域はインフラレイヤー

それではAI業界をレイヤーごとに分けて、現時点での勢力図を見ていこう。一番下のレイヤーは半導体レイヤー。AI向け半導体では、NvidiaのGPUやGoogleの TPUなどがしのぎを削っている。
 
その上は、クラウドコンピューティングのレイヤー。元々はコンピューターを自社の敷地内で管理する企業が多かった。しかし最近ではハードウェアやセキュリティ技術の急速な進歩を受けて、最新のコンピューターを自社で購入し続けるよりも、クラウド事業者のサービスを利用して、重量制の利用料金を支払う企業が増えている。そのほうが最新のコンピューターや最新のセキュリティ技術を利用できるメリットがあるからだ。
 
クラウドのレイヤーでは、Amazon、Microsoft、Googleが3強。Amazonと言えばネット通販ビジネスが有名だが、実はAmazonはネット通販ではほとんど儲けを出していない。少しでも儲けがでれば儲け分を最新技術や値引きに投入するからだ。一方でAmazonのクラウドは、同社にとって大きな収入源になっている。
その上のレイヤーがAI言語モデルのレイヤーになる。AI言語モデルは、クローズドとオープンソースの2つに大別される。OpenAIのGPT-3やGPT-4、Googleの PalM2などのモデルは、クローズドモデルだ。つまり一般企業がこれらのモデルを利用すれば、使ったデータ容量に応じた料金をOpenAIやGoogleに支払わなければならない。
 
一方でオープンソースのモデルは、研究者などは自由に使えるタイプのライセンス契約が多いが、Meta(Facebook)のLlaMA2は一定限度までなら営利企業でも無料で利用できるのが特徴だ。
 
このAI言語モデルが司令塔になり、画像認識や音声認識などの他のAIモデルや、AIツールを操作する。言語モデルの上のレイヤーにそうしたAIモデルやツールのレイヤーが存在する。そして、そうしたAIモデルやツールを組み合わせて、各種サービスや製品、アプリが出来上がる。それが一番上にレイヤーだ。
 
これがレイヤーごとに見たAI業界の勢力図だ。こうしたレイヤー分けは他の技術や業界にも存在し、それぞれの技術や業界が成熟していくにつれて、激戦地域が下のレイヤーから上のレイヤーに上昇してく傾向にある。
 
例えばインターネット業界の場合だと、一番下のレイヤーにはパソコンや基本ソフトのレイヤーが存在する。30年ほど前は、MacとWindowsのどちらが優勢かというシェア争いがニュースになったものだ。業界が成熟してくると、パソコンや基本ソフトのシェアが固定化され、シェア争いを気にする人がほとんどいなくなった。
 
一方で、次に注目されたのが、インターネットブラウザのシェア争いだ。私もInternet ExplorerとNetscapeのシェアの変動に関する記事を多く書いた記憶がある。しかしそのシェア争いがひと段落すると、ウェブサイトの競争になった。
モバイルの業界も同じ。昔は、iPhoneとAndroidのシェア争いが話題になったが、今注目を集めているのがアプリのレイヤーだ。
 
つまり産業が成熟すると激戦のレイヤーが上に上がるわけだ。AI業界はまだまだ黎明期。なので、今一番の激戦地帯は一番下の半導体などのインフラレイヤーになっている。
 

▼GPU不足が上のレイヤーに影響

現在この半導体のレイヤーで最も強いのがNvidia。同社のAI向け半導体GPUがすごい人気で、品不足が続いている。OpenAIのCEOのSam Altman氏はニュースサイトのインタビューで、GPU不足で思うように新しい機能を開発できないと語っている。他のテック大手もGPU不足に悩んでいるようで、x.ai という新たなAIベンチャーを設立したイーロン・マスク氏も「麻薬を購入するよりGPUを購入するほうが難しい」とSNSに投稿している。テック大手は、Nvidiaと提携したり、同社に資本参加してもらうなど、あの手この手でGPUをかき集めようと必死になっているようだ。クラウドレイヤーや、言語モデルレイヤーの勝敗は、技術力などの実力より、GPUをどれだけ多く集められるかにかかっていると言えそうだ。
 
NvidiaがGPUの製造を委託している台湾のTSMC社は、2024年末にGPUの生産ラインを倍増する計画。それ以降は供給が安定する可能性があるが、それ以上にAIを巨大化しようという動きが強まれば、倍増ぐらいでは追いつかないかもしれない。
 
すべては、AIを大きくすればするほど性能が向上するという経験則が今後も続くのかどうかにかかっていると言えそうだ。
 
 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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