Appleが大規模言語モデルの開発競争にあえて参画しない理由

AI新聞

「Appleは独自AIを開発できるほど賢いわけじゃない。なのにOpenAIにセキュリティとプライバシーを守らせることなどできるわけがない。馬鹿げた話だ(It’s patently absurd that Apple isn’t smart enough to make their own AI, yet is somehow capable of ensuring that OpenAI will protect your security & privacy!)」

Apple製品にOpenAIのChatGPTの機能が組み込まれるという発表を受けて、イーロン・マスク氏がX(旧twitter)に、こう投稿した。

「独自AIを開発できるほど賢くない」とは、随分な言われ方だ。


今年のAppleの開発者向け大規模イベントWWDCでは、Appleのチャット型AI「Siri」に質問すると、「ChatGPTを使用しますか」と聞いてきたり、いろいろなテキスト入力場面でChatGPTを利用できる、というような新機能が発表された。

確かに生成AIの機能としては想定の範囲内で、驚くような機能ではない。OpenAIやGoogle、Microsoftなどが大規模言語モデルの開発でしのぎを削る中で、Appleの存在感は確かに薄い。

しかし米シリコンバレーの著名投資家のDave Morin氏は、Appleが自社開発の半導体向けに小規模の言語モデルを開発していると指摘する。言語モデルを小規模にし、iPhone上でほとんどすべての計算処理を実行することで、ユーザーの情報がいっさい外部に漏れないようにする、というのがAppleの考えのようだ。

今回のWWDCでAppleは、テキスト生成や、通知機能、動画編集機能、siriなどに生成AI機能を搭載してきた。確かに他社の大規模言語モデルにとっては当たり前のような機能ばかりだが、それらの機能のほとんどをiPhoneに搭載できるほどの小規模言語モデルで処理しているのが、Appleの優れたところだと同氏は言う。

実際には、今のところAI機能を処理できるのは最新半導体を搭載したiPhoneの最新鋭デバイスであるiPhone15 Proのみ。iPhone15 Proでも処理できないAI機能に関しては、Appleのプライベートクラウド上のサーバーで処理するようになっている。ただそのサーバーにもセキュリティ機能に配慮したApple独自開発の半導体が搭載されており、ユーザー情報が漏れないように万全の体制を取っているのだという。

「大手プレーヤーで技術、プラットフォーム、デバイスの3つをすべて統合して持っているのはAppleだけ」とMorin氏は言う。確かにOpenAIは技術を持っているものの、プラットフォームもデバイスも持っていない。Googleは、Androidというスマホのプラットフォームと技術は持っている。しかしAndroid端末のほとんどはサードパーティーが開発しており、Googleはサードパーティーのスマホに載せる半導体には口出しできない状態だ。

技術、プラットフォーム、デバイスの3つを統合することで、ユーザーのセキュリティとプライバシーを守ろうというのがAppleの戦略だ。Appleが大規模言語モデルの競争に参入しないのは、スマートフォンに搭載可能な小規模言語モデルの開発に集中することで、消費者向けAIの新時代を築こうとしているからに他ならない。

Morin氏によるとAppleは今回のWWDCで「開発者向けのツールをたくさん用意」してきており、「開発者と起業家は、新しいプロダクトを作れると大興奮している」のだと言う。

今後Appleは、iPhoneに搭載されたカメラやマイク、各種センサーを通じて得たユーザーの行動データを、安全な形でAIに学習させ、AIをさらに進化させる考えなのだろう。

シリコンバレーのベンチャーキャピタリストのVinod Khosla氏は、今回のApple の動きで「人間がコンピューターの使い方を学ぶ時代から、コンピューターが人間のことを学ぶ時代に入った」と形容している。

Appleは「賢くないので、大規模言語モデルを作れない」のではなく、あえて大規模言語モデルの開発競争に参入しないで、別の形でAIを進化させようとしているのかもしれない。

Morin氏の発言は、この動画の19:46辺りから。Khosla氏の発言は、(2:28)の辺りから。https://youtu.be/oP4dEDMAPR0?si=OziyBQpfCOajmTQa

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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