AI創薬は「人間で効くか」の段階へ Isomorphic Labsが臨床試験に近づく

AI新聞

AIが設計した薬は、本当に人間の体内で効くのか。

 

この問いに、米Google DeepMindから生まれた英AI創薬企業Isomorphic Labsが、いよいよ答えを出そうとしている。同社社長のMax Jaderberg氏は4月16日、ロンドンで開かれたWIRED Healthで、AIで設計した薬候補について「臨床に入る準備を進めている」と語った。WIREDは、同社が人間を対象にした臨床試験を近く始める見通しだと報じている。

 

ここで重要なのは、「AIが薬を作った」という派手な見出しだけではない。創薬の世界では、候補物質を見つけることと、人間で安全性と有効性を示すことの間に大きな壁がある。AIが画面上で有望な分子を設計できても、それが体内で狙い通りに働くとは限らない。Isomorphic Labsの臨床入りが注目されるのは、AI創薬の評価軸が、モデルの精度や探索速度から、人間での実証へ移り始めるからだ。

 

Isomorphic Labsは2021年、Google DeepMindからスピンオフした。同社の出発点にあるのが、タンパク質の構造予測で大きな成果を上げたAlphaFoldだ。AlphaFold 3は、タンパク質だけでなく、DNA、RNA、小分子など生命を構成するさまざまな分子同士の相互作用を予測できるようになった。Isomorphic Labsはさらに、創薬向けの独自エンジン「IsoDDE」を開発し、AlphaFold 3を超える精度をうたっている。

 

同社が目指しているのは、従来の創薬プロセスを単に速くすることではない。標的となるタンパク質を見つけ、分子がどのように結合するかを予測し、副作用につながる不要な結合を避けながら、より低用量で効く薬候補を設計する。Jaderberg氏はWIRED Healthで、同社が設計している分子について、標的にどのように作用するかをAIで詳細に予測できるため、非常に高い効力を持ち、より少ない用量で、副作用や標的外作用を抑えられる可能性があると説明している。

 

ただし、ここで冷静に見ておくべき点もある。Isomorphic Labsの薬候補が、すでに人間で効果を示したわけではない。報道で確認できるのは、同社が臨床試験に向けて準備を進めているという段階までだ。ロイター通信は5月12日、同社が21億ドルを調達したと報じ、その資金をAI創薬エンジンの拡大や臨床試験の推進に充てるとしている。同時に、最初の臨床試験は2026年末までを見込むとも伝えている。

 

この21億ドルの資金調達は、AI創薬への期待の大きさを示している。投資を主導したのは米ベンチャー投資会社Thrive Capitalで、Alphabet、Google Ventures、CapitalG、Temasek、MGXなども参加した。Isomorphic Labsはすでに、米製薬大手Eli Lilly、スイス製薬大手Novartis、米医薬品・医療機器大手Johnson & Johnsonと提携している。Johnson & Johnsonとの提携では、Isomorphic LabsのAIによる設計・予測と、Johnson & Johnsonの創薬・開発の知見を組み合わせるとしている。

 

AI創薬をめぐっては、SNS上で「機械が発明した初の医薬品が人間の臨床試験に入った」といった熱狂的な反応も出ている。だが、「初」という言葉には注意が必要だ。AIを使って設計された薬候補を臨床段階に進めた企業としては、香港発のInsilico Medicineなど先行例がある。Isomorphic Labsの意味は、「世界初」かどうかではなく、AlphaFoldを生んだDeepMind系の企業が、いよいよ臨床という現実の試験場に近づいたことにある。

 

AI創薬の本当の勝負は、候補物質を見つけるところでは終わらない。Phase Iで安全性を確認し、Phase IIで実際に患者に効くかを見極め、Phase IIIでより大規模に有効性と安全性を証明する必要がある。多くの薬候補は、この過程で脱落する。AIがどれほど優れた分子設計をしても、この臨床開発の壁を越えられなければ、医薬品にはならない。

 

だからこそ、今回のニュースは「AIが薬を発明した」という単純な話ではない。むしろ、AI創薬がこれまで語ってきた約束が、初めて本格的に人間の体内で検証される段階に入ろうとしている、というニュースだ。モデルの予測が正しいのか。低用量で効くという設計思想は、実際の患者で意味を持つのか。副作用を抑えられるという主張は、臨床データで裏付けられるのか。これから問われるのは、AIの賢さではなく、AIが設計した薬の現実世界での成績である。

 

Isomorphic Labs CEOのDemis Hassabis氏は、同社の使命を「solve all disease」、つまりすべての病気の解決だと語ってきた。あまりに大きな言葉だが、同社はそれを冗談ではなく本気で掲げている。AIが創薬の前半工程を大幅に短縮できるなら、これまで患者数や開発コストの問題で研究が進みにくかった疾患にも、新しい可能性が開ける。

 

一方で、臨床試験はAIの物語を容赦なく現実に引き戻す。人間の体は、シミュレーションより複雑だ。薬は、分子構造が美しいだけでは成立しない。安全で、効き、量産でき、規制当局の審査を通り、医療現場で使われて初めて価値を持つ。

 

Isomorphic Labsの臨床入りは、AI創薬の勝利宣言ではない。むしろ、ここからが本当の試験だ。AIが生命科学を変えるという期待は、いよいよ人間のデータによって測られる段階に入る。

 

出典URL

WIRED

[https://www.wired.com/story/wired-health-2026-how-ai-is-powering-drug-discovery-max-jaderberg/](https://www.wired.com/story/wired-health-2026-how-ai-is-powering-drug-discovery-max-jaderberg/)

 

Reuters

[https://www.reuters.com/legal/litigation/google-backed-isomorphic-raises-21-billion-scale-ai-driven-drug-discovery-2026-05-12/](https://www.reuters.com/legal/litigation/google-backed-isomorphic-raises-21-billion-scale-ai-driven-drug-discovery-2026-05-12/)

 

Isomorphic Labs

[https://www.isomorphiclabs.com/articles/the-isomorphic-labs-drug-design-engine-unlocks-a-new-frontier](https://www.isomorphiclabs.com/articles/the-isomorphic-labs-drug-design-engine-unlocks-a-new-frontier)

 

Isomorphic Labs / Johnson & Johnson提携発表

[https://www.isomorphiclabs.com/articles/isomorphic-labs-enters-into-a-research-collaboration-with-johnson-johnson](https://www.isomorphiclabs.com/articles/isomorphic-labs-enters-into-a-research-collaboration-with-johnson-johnson)

 

[1]: https://www.wired.com/story/wired-health-2026-how-ai-is-powering-drug-discovery-max-jaderberg/?utm_source=chatgpt.com “AI-Designed Drugs by a DeepMind Spinoff Are Headed to …”

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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