AIを武装解除せよ──教皇とAnthropic、異例の連帯

AI新聞

2026年5月25日、バチカンのシノドスホール。教皇レオ十四世が最初の回勅を自ら公表する場に、米AI開発企業Anthropic社の共同創業者Chris Olah氏が招かれ、枢機卿たちと並んで登壇した。世界最古級の宗教組織と、最先端のAI企業。その異例の接点を象徴したのが、教皇の「AIを武装解除せよ」という言葉だった。

 

教皇自らが回勅を公表する異例

回勅とは、教皇が全世界の信徒に宛てて発する最も格式の高い教書である。今回、レオ十四世はその公表の場に自ら臨んだ。バチカン広報局は事前の告知で、回勅『Magnifica Humanitas』の発表が2026年5月25日午前11時30分、バチカンのシノドスホールで「教皇臨席のもと」行われると発表していた。

 

https://press.vatican.va/content/salastampa/it/comunicazioni/2026/05/18/presentazione-della-lettera-enciclica–magnifica-humanitas–di-p.html

 

その場に、無神論者を公言するAI研究者が同席した。Olah氏は、AIモデルがなぜその出力に至るのかを内部から解明する「解釈可能性」研究を率る人物である。

 

教皇はスピーチでOlah氏に謝意を述べたうえで、「あなたが私たちの招きに応じてくれた。今度は私が、教会の名において、あなたからの呼びかけに応じたい」と語った。そして、人工知能の時代に「人類のための道を共に見出すために、共に歩み、聴き、語り合おう」と呼びかけた。

https://www.vatican.va/content/leo-xiv/en/speeches/2026/may/documents/20260525-presentazione-enciclica.html

回勅が訴える「AIの武装解除」

公表された回勅は『Magnifica Humanitas(輝かしき人間性)』。副題は「人工知能の時代における人間の保護について」である。署名は5月15日、公表は5月25日だった。

 

https://www.vatican.va/content/leo-xiv/en/encyclicals/documents/20260515-magnifica-humanitas.html

教皇が最も強く訴えたのが「AIの武装解除」である。教皇はこの表現について、「強い言葉だと承知している」としながらも、いまは「注意を引き、良心を目覚めさせ、人類に進むべき道を示すことのできる言葉」が必要だと説明した。

 

背景にあるのは、核軍縮との対比である。教皇は、教会が長く核兵器の問題に向き合ってきたのと同じように、AIも「支配・排除・死の道具」になる道から引き離さなければならないと述べた。AIは一部の国家や企業の権力を強めるためではなく、すべての人の利益につながる形で使われるべきだ、という立場だ。

 

回勅は、とりわけAIの軍事利用を強く批判している。ロイター通信は、レオ十四世が今回の回勅で、カトリック教会が長く認めてきた「正戦論」を退け、戦争の正当化ではなく外交、対話、赦しを重視する立場を打ち出したと報じている。AIによって兵器の自律化が進めば、人間の判断が戦争から遠ざけられる。だからこそ教皇は、AIを軍事と支配の論理から引き離す必要があると訴えている。

 

https://www.reuters.com/world/spurning-just-war-pope-leo-ends-catholic-permission-slip-conflicts-2026-05-28/

 

米暗号資産専門メディアCrypto Briefingは、回勅がAIによる誤情報の拡散や、教皇が「新たな奴隷制」と呼ぶ危険にも警鐘を鳴らしたと報じている。利益や軍事目的を優先するAI開発ではなく、人間を守るための規制と仕組みが必要だという主張である。

https://cryptobriefing.com/pope-leo-xiv-ai-encyclical-anthropic/

なぜAnthropic社だったのか

今回の同席が単なる儀礼に見えないのは、Anthropic社がAIの軍事利用をめぐって米トランプ政権と衝突していたからだ。

 

米カトリック系メディアNational Catholic Reporter(NCR)によれば、Anthropic社は軍事・監視用途への自社モデルの使用をめぐり政権と対立し、米国防総省から「サプライチェーン上のリスク」と指定された。米企業に対してこの措置が適用されたのは初めてで、同社は政府契約業者との軍事プロジェクトで協業を阻まれることになった。その一方で、OpenAI社はAnthropic社が退いたあいだに国防総省と契約を結んだという。

https://www.ncronline.org/vatican/vatican-news/pope-leo-present-his-encyclical-ai-alongside-anthropic-co-founder

つまり、AIの軍事利用を批判する教皇の隣に、軍事利用をめぐって政権と衝突したAI企業の共同創業者が立ったことになる。この構図こそ、今回の発表を象徴的な出来事にしている。

無神論者が探した「カトリックの声」

両者の接点は、突然生まれたものではない。宗教専門通信社Religion News Service(RNS)によれば、接点が生まれたきっかけは2025年10月のことだった。カトリック大学アメリカ校の道徳神学者Charles Camosy氏のもとに、同僚からChris Olah氏を紹介するメールが届いた。Olah氏は無神論者でありながら、AI倫理について話し合える「カトリックの声」を探していたという。

https://religionnews.com/2026/05/22/why-anthropic-is-helping-unveil-the-popes-new-encyclical-on-ai/

NCRによれば、2026年3月にはAnthropic社のサンフランシスコ本社で、キリスト教徒の小グループによる会合も開かれた。Olah氏はその一部を主催していた。

https://www.ncronline.org/news/why-ai-company-anthropic-helping-launch-pope-leo-xivs-encyclical

Olah氏の問題意識は、公表の場での発言にも表れている。NCRによれば、同氏はAIの恩恵が「一握りの豊かな国に集中している」現状を踏まえ、その恩恵を世界全体で共有するには教会の声が必要だと述べた。さらに「我々が道を誤ったときに、そうAI開発会社に言ってくれる、情報に通じた批判者が必要だ」「企業の利害に左右されない道徳的な声が必要だ」と語った。

https://www.ncronline.org/vatican/vatican-news/pope-leo-anthropic-co-founder-call-church-tech-ethics-partnership-magnifica

Anthropic社とカトリック思想の接点は、同社の設計思想にも見られる。AIに行動規範を学習させる「Claude憲法(Claude Constitution)」の作成にあたり、同社は文化教育省次官のPaul Tighe司教を含む3人のカトリック思想家を寄稿者として挙げている。

「企業への祝福」ではない

ただし、この連帯をAnthropic社への無条件の支持と見るのは早計だ。NCRの取材に応じた関係者は、Olah氏が招かれた理由は、同氏の専門である解釈可能性研究にあると説明している。教会がAnthropic社という企業そのものを公認したわけではない、という整理だ。

https://religionnews.com/2026/05/22/why-anthropic-is-helping-unveil-the-popes-new-encyclical-on-ai/

とはいっても、教皇と同じ場に立ったことは、Anthropic社にとって大きな追い風になる。だからこそ、この出来事は宗教とAI倫理の連携であると同時に、AI規制をめぐる政治的な動きとしても見ておく必要がある。

135年後の問い

今回の回勅には、もうひとつ象徴的な意味がある。『Magnifica Humanitas』が公表されたのは、レオ十三世が1891年に回勅『Rerum Novarum』を発してから135年後にあたる。

 

『Rerum Novarum』は、産業革命で揺さぶられた労働者と家族、新たな貧困に向き合った回勅だった。レオ十四世はスピーチで、当時の教皇が「教会が距離を置いたままではいられない」と理解していたと振り返ったうえで、今日のAIも「同じ規模の、おそらくさらに大きな帰結をもたらす変革」だと述べた。

 

産業革命が労働者の尊厳を問うたように、AIは人間そのものの尊厳を問う。同じ名を継ぐ教皇が135年後にAIへ向き合ったことは、単なる偶然以上の意味を帯びている。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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