AI界の「良心」か「傲慢」か Anthropicと米軍の衝突が映すAI業界の真実

AI新聞

 

SNSを見ていると、AIの軍事利用に反発したAnthropicを絶賛する声が多い。多くの人がOpenAIのChatGPTからAnthropicのClaudeに乗り換えて、iPhoneのアプリストアの無料アプリランキングで、ClaudeがChatGPTを抜いてNo.1アプリになっている。今回の騒動でAIの勢力図が塗り変わる。SNS上で、そういった意見を見かけるようになった。

本当にそうなのだろうか。今回の騒動を詳しく見てみよう。

 

BBCなどの報道によれば、Anthropicは、Claudeを国民の大規模監視や、完全自律型兵器に使用することを拒否。米国防長官Pete Hegseth氏が「すべての合法的な用途」を要求する中、AnthropicのDario Amodei氏は2月26日に公式声明で「良心的に同意できない」と拒絶を表明した。

 

これを受けてトランプ大統領は2月27日、全連邦機関に対しAnthropicのツールの使用を禁止。国防総省は2月28日、Anthropicをサプライチェーンリスクに正式指定した。過去にサプライチェーンリスクに指定されたのは、中国のHuaweiやロシアのMilandrなどの外国企業ばかりで、米国企業が指定されたのはかなり異例だと言われている。今後、米軍と軍と取引を行ういかなる請負業者、サプライヤー、パートナーもAnthropicとの商業活動を行ってはならないことになった。

 

国防長官の2月28日のXで「Anthropicは傲慢さと裏切りの見事な見本を披露した」「国防総省は、国防のためのあらゆる合法的な目的において、Anthropicのモデルへの完全かつ無制限のアクセスを有する権利がある」「シリコンバレーのイデオロギーをアメリカ人の命より優先する、臆病なアピールに他ならない」「Anthropicの欠陥だらけの利用規約が、アメリカ軍兵士の安全、戦闘準備、そして命よりも優先されることは決してない」「彼ら米軍の作戦決定に対する拒否権を握ろうとしている。それだけは絶対に許されない」などと厳しい表現を使ってAnthropicを批判している。

 

こうした米軍からの圧力に対抗するAnthropicに対して、一部米国民からは熱い支持が起こっている。Anthropicのサンフランシスコ本社周辺の道路の歩道には「Thank you」「よくやった」といったチョークでの落書きが溢れているという。またアプリストアでClaudeがNo.1アプリになったのは事実だ。

 

ただ今回の騒動が原因で、AI業界の勢力図が塗り変わるということはない。

 

というのは、この騒動以前からAI業界の勢力図に異変が起こっているからだ。

 

AI時代とモバイル時代で変化した競争のルール

 

下の図を見てほしい。OpenAIの売り上げは年率3.4倍成長、Anthropicが10倍で成長しており、この傾向が続けば今年半ばには、AnthropicがOpenAIを追い抜くというグラフだ。



実際には、OpenAIは今年、2.2倍の成長見込んでおり、Anthropicは約4倍の成長を見込んでいる。なので今年半ばの逆転は難しいかもしれないが、それでも年末から来年にかけてAIモデル事業でAnthropicがOpenAIを抜いてNo.1になるのはもともと確実視されている。

なぜ売り上げが逆転するのか。それはもともとの戦略の違いが原因だ。OpenAIはより多くのユーザーに利用されることを最優先した。「多くの人が利用してくれば、ビジネスは後からついてくる」。インターネットビジネスではよく言われる考え方だ。事実、Googleは当時一般的だったバナー広告を数多く貼り付けることなく、シンプルな検索窓だけのページにこだわった。事実、ユーザーが増えたことで、検索連動型広告という新しい収益モデルを確立できるようになり、大成功した。OpenAIもそれに倣って、安易な収益モデルに頼らずに、まずはユーザー数の獲得を急いだ。今ではユーザー数が約9億人に達している。

一方のAnthropicは、ユーザー数の獲得競争では先行するOpenAIには敵わないので、最初から確実に収益になるB向け市場に専念するしかなかった。「企業ユーザーの方が性能には厳しいので、この市場に特化することで、ユーザーに鍛えられて、強くなれる」。AnthropicのAmodei氏は当時、そう語っていた。

C向け中心のOpenAIとB向け中心のAnthropic。異なる戦略でスタートしたが、勝利の女神はAnthropicに微笑んだ。AIビジネスの収益モデルは、どれだけ多くユーザーを抱えているかが重要な広告ビジネスではなく、どれだけ計算資源(電力、半導体使用料)を使って複雑な計算をし、モデル利用料金を多く獲得するか、というビジネスの方が大きく成長することが分かってきたからだ。

 

消費者の多くは、AIにこれ以上の性能の進化を望んでおらず、それよりも話し相手になってくれるAIを求めるようになった。多くのユーザーが無料版で満足し、有料版に切り替えるユーザーがそれほど多くない。

 

一方で企業ユーザーは、AIの性能がよくなり生産性が上がるのであれば、モデル使用料を惜しまない。人間同等かそれ以上の仕事を任せられるのなら、人間の給料ぐらいまでなら使用料を支払ってもいいからだ。Anthropicは、まずはエンジニア向けのツールに力を入れた。また法務や営業など、エンジニアリング以外の領域向けにも、次々とツールを提供し始めている。これに伴って、売り上げも急上昇を続けている。

 

このようにB向けに専念しているAnthropicに対して、米軍のサプライチェーンリスク指定は、あまりにも厳しい対応で、なんとしてでも撤回してほしいところだろう。大企業の多くは、なんらかの形で米軍や米国政府との付き合いがある。今後Anthropicの売り上げに大きな足枷となるのは間違いない。無料スマホアプリで1位になっても、売り上げには繋がらない。

そこでAnthropicは、安全性に対する方針を変更し始めた。同社は2023年に「安全性が十分に保証されない限り高度なAIを開発しない」という方針を掲げていた。ところが今回、この方針を取り下げたと発表した。競合他社が安全性に十分に考慮しないまま開発を急いでいるのに、一社だけ安全性を理由に開発を遅らせていても意味がない、という理由だ。

 

またAmodei氏は社内文書やインタビューなどで、これまでの強硬姿勢について「混乱していた」「言い方が悪かった」などと釈明。国防総省とは「意見が異なることより、意見が同じことの方が多い」「生産的な対話が続いている」と語っている。しかし一方で、国防長官はX上で「現在Anthropicとは交渉していない」とこれを明確に否定している。こうした両サイドの言い分を見ると、Anthropicが国防総省側に言い寄っている感じが見て取れる。

 

この後、どういう形で決着するのか。Anthropic側の低姿勢から見て、サプライチェーンリスク指定は撤回される可能性がある。どういう条件で撤回されるのか。それは国家安全保障の観点から、本当のところは公表されることはないだろう

今、世間はAmodei氏をヒーロー扱いしている。確かに国防総省の言いなりになっていないことは賞賛に値する。

 

しかしAIは指数関数的に進化している。Anthropicが米軍にAIを提供しなくても、米軍はOpenAIや、イーロン・マスク氏率いるx.AIのモデルを使うだけのこと。また米軍が安全性にこだわったとしても、中国が安全性にこだわらずにAIを開発してくれば、米国は軍事力で中国に大きく劣ることになる。

 

こうした競争環境にある中で、技術的に安全なAIを開発できるという考えは幻想に過ぎない、とAI業界のインフルエンサーの一人であるAlexander D. Wissner-Gross博士は言う。同博士は「(安全なAIは、冷戦のような)パワーバランスからしか生まれない」と語っている。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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