培養脳細胞がゲームをプレイ

AI新聞

― 生物コンピュータが示す「ポストAI」の可能性

オーストラリアのバイオテック企業 Cortical Labs は2026年2月、人間由来の脳細胞を使った生物コンピュータ「CL1」で、1993年のFPSゲーム Doom をプレイさせる実験に成功したと発表した。

 

実験では約20万個の人間由来ニューロンを培養し、シリコンチップ上の多電極アレイ(MEA)に配置。ゲーム画面の情報を電気信号に変換して細胞に入力し、細胞の発火パターンを操作信号としてゲームに反映させる仕組みだ。

 

この研究は、同社が2022年に発表した「培養神経細胞に Pong をプレイさせた実験」の発展版にあたる。前回は単純な反射型ゲームだったが、今回は迷路や敵の位置を判断する必要のある3Dゲームへと進化した。

 

培養方法は、成人の皮膚や血液から作ったiPS細胞を神経細胞へ分化させ、ペトリ皿の上で育てるというもの。脳のような三次元構造はなく、平面的な細胞ネットワークにすぎないが、細胞同士は自然にシナプスを形成する。

 

ゲームプレイでは、成功時には特定の電気刺激を与え、失敗時にはランダムな刺激を与えることで学習を促す。これは神経科学でいう「目標指向学習」に近いメカニズムで、1週間ほどでランダム操作よりは良い成績を出すようになったという。

 

研究者は、この細胞ネットワークに意識や感情は存在しないと強調している。脳の構造もなく、あくまで原始的な生物学的ニューラルネットワークにすぎない。それでも、単なる細胞の集合が環境からの刺激に適応し、行動を改善する能力を示した点は注目される。

 

この分野は「Organoid Intelligence(オルガノイド知能)」と呼ばれ、将来的には超低消費電力の計算装置として期待されている。現在のAIが大量のGPUと電力を必要とするのに対し、生物の神経ネットワークは桁違いに高いエネルギー効率を持つからだ。

 

もっとも、この技術はまだ初期段階にある。今回のシステムは脳とは程遠い単純な細胞ネットワークであり、現在のAIを置き換えるものではない。

 

それでも、この研究は興味深い問いを投げかける。

 

「知能とは、どれほど単純な神経ネットワークから生まれるのか」。

AIがシリコン上で進化する一方、もう一つの知能の系統――生物由来の計算機――が静かに芽を出し始めている。

 

将来、AIの進化は「GPU vs 脳細胞」という、まったく異なる計算原理の競争へと広がる可能性もある。


今回の「培養細胞によるDOOMプレイ」は、その最初の一歩と言えるだろう。


 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

この機能は有料会員限定です。
ご契約見直しについては事務局にお問い合わせください。

関連記事

記事一覧を見る