「AGIは実現したということで、次に行こう」

AI新聞

 

 

「AGI(汎用人工知能)は、気づかないうちに到達してしまった――だから次はASI(超知能)の定義を決めよう」。OpenAIのSam Altman CEOは、AGIをめぐる終わりのない論争に決着をつけるかのような提案をしている。著名ジャーナリストAlex Kantrowitz氏のポッドキャストに出演したAltman氏は、業界としてAGIをきちんと定義しなかったという間違いを犯したことを認めた上で、関心がASIへ移っている現状を踏まえ、「AGIは達成したことにしてASIの議論へ移行しませんか」と呼びかけた。

「もうAGIと呼んでもいい」──達成を示す具体的な材料

この提案の背景には、「もうAGIと呼んでもよいのでは」という材料が積み上がっているという現状がある。たとえば、人間向けIQテストをLLM向けに翻訳・再構成して人間IQ尺度で示したというリーダーボードでOpenAIの最新モデルであるGDP-5.2 Proが142を達成した。IQテストで140を超えるのは天才レベルとされるので、AIのIQは天才レベルに達したと言える。

さらに、米国GDPへの寄与が大きい上位9産業の44職種を対象に、明確に定義された知識労働タスクを評価する「GDPval」と呼ばれる評価テストで、GPT-5.2 Proが約74%のタスクで専門家と同等かそれ以上の結果を出した。評価に使われるタスクには、営業用プレゼン資料、会計スプレッドシート、救急診療スケジュール、製造図面、短編動画などの作成が含まれる。複雑でオープンエンドな創造的作業や、チームでの協働が必要な仕事などは含まれないものの、1時間程度のタスクを丸投げできる部下ができたような感じだ。

OpenAIのAGIの定義は、経済的に価値のあるほとんどの仕事において人間を凌駕する高度に自律的なシステム、というもの。この定義において今の最先端AIは、AGIに達したとしてもいいのではないか、というのがAltman氏の主張だ。

AGIの定義が割れる理由──タスク知能と一般化知能

ただし全てのAI研究者やAI業界が、その定義に賛同しているわけではない。伝統的にAI研究者の間では、2つの系列の知能の定義が存在する。1つはマーヴィン・ミンスキー氏の定義で、「人間が行うタスクを機械で実行できる技術」を知能と定義している。タスクを実行できるかどうかを重視しているわけで、OpenAIの定義はこちら側の定義だ。

もう1つの知能の定義はジョン・マッカーシー氏の定義で、「あらかじめ用意されていない新しい問題を解決できる技術」というもの。一般化能力や学習能力を重視している。

Altman氏はAGIの定義が1つに定まっていないことが、いつまでも議論が続いている理由だと指摘。特に今のAIには継続学習の能力が欠けているため、AGIはまだ達成できていないという主張が存在していることを理解しているという。継続学習とは、AIモデルが「今日はこれができない」と自分で認識し、それを学ぶために動き、理解を深め、後日戻ってきたときには正しくできるようになっている、というような能力のこと。人間では幼児でも持っているこの能力が、今のAIには欠けていると言う。Altman氏は「継続学習は、私たちがこれから作る必要のある重要な要素の一つだと思います」と語っている。

ただその継続学習の能力が欠けていても、今の最先端AIは実際に重要な知識労働の大半はこなせるし、多くの点で人間より賢い。「科学的な発見も起こり始めた。もうAGIだと考える人は少なくない」とAltman氏は主張している。

なぜAltman氏は「AGIに達した」ということで議論を決着させたいのか。実はOpenAIが2019年にMicrosoftから10億ドルの出資を受けた時の契約の期限が「AGIが実現するまで」となっている。当時は、AGIに本当に到達できるのかは不明だったし、いつ到達できるのかの目処など全くつかなかったのだろう。

しかしいよいよAGIが実現可能な段階に入ってきた。そこでOpenAIとMicrosoftは2025年10月に契約を新たに結び直し、AGIに到達した時点、もしくは2032年まで、OpenAIは売り上げの15%をMicrosoftに支払うことで両社が合意している。 ただしAGIの具体的な定義に関しては両社の間で同意に達しておらず、今後両社の間でのさらなる厳しい交渉が予想されている。シリコンバレーの投資家主催のポッドキャストに登壇したAltman氏は「これからちょっとしたドラマが起こりそう」と冗談っぽく語っている。

今回Altman氏が「AGIに到達したことにして、ASIの定義を決めよう」と提言している背景には、ASIの議論を始めることでAGIは到達済みという見方を世間一般に広げ、今後のMicrosoftとの交渉を有利に進めたいという思惑があるのかもしれない。

Altman氏が描くASI──AIが会社を運営する未来

その思惑が彼の真意なのかどうかは別にして、Altman氏は彼の考えるASIの定義をポッドキャストの中で明らかにした。私が知る限り、同氏がASIの定義を口にしたのは初めてだ。

その定義とは「アメリカ合衆国大統領や、巨大企業のCEO、あるいは非常に大きな科学研究所の運営を、人間よりもうまくこなせるAIのこと」というものだ。

無数のAIエージェントのみで構成された組織のトップとして組織を運営するのもAIという構図だ。人間は直接管理できる部下の数が限定的なので、どうしても組織はピラミッド構造になってしまう。しかしAIカンパニーのAIのCEOは、社員が何人いたとしても直接管理が可能だ。CEOの思うように組織を運営できるようになる。

一方でAltman氏によると、人間はその組織の取締役として取締役会を通じてAIのCEOに指示を与える立場になるという。指示通りにAIのCEOが動かなければAICEOを解任することもできる。実際に働くのはAIだが、その方向性を決めるのは人間になるという。

こういう組織運営が可能なAIのことをASIと呼ぼう、というのがAltman氏の提案だ。

逆に言えば、こうしたことが可能なようにOpenAIはAIの開発を進めているということになる。

Sam Altman氏が示したAIの未来図。なかなか興味深いものがある。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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