AIインフラは宇宙へ

AI新聞

 

AIデータセンターの建設ラッシュが続く中で、豊富な電力資源を求めて大気圏外にソーラーパネルを搭載したAIデータセンターを開発しようという計画が進んでいる。シリコンバレーの著名投資家Gavin Baker氏は「今後3、4年間、世界にとって最も重要なのは宇宙データセンターだ」と語る。国家間、企業間の競争の舞台が宇宙データセンターに移行するという意味だ。現時点での米中およびテック大手の宇宙データセンター計画の現状をまとめてみた。

 

地上のデータセンターのみならず、宇宙にまでデータセンターを建設しなければならないのはなぜなのか。宇宙にデータセンターを建設するメリットや課題にはどんなものがあるのだろうか。

 

なぜAIは「地上」では限界に突き当たったのか

 

AIを動かすのには電力が必要だが、AIモデルの巨大化が進む中でAIモデルをトレーニングする際にも、実際にAIモデルを利用する際にもより膨大な電力が必要になってきている。電力会社から供給される電力だけでは不足するようになり、データセンターに発電施設を併設するケースが増えている。ただし環境への悪影響の懸念から地上でのデータセンター建設に対する反発もあり、なかなか思うように建設が進まないのが現状だ。

 

しかし宇宙なら豊富な太陽光エネルギーがある。宇宙には無限の冷たさがあるので、工夫次第で排熱の問題も解決する。物理的な立地スペースの問題もない。Baker氏は「AIをさらに進化させるには、半導体ではなく電力と冷却が制約条件。宇宙データセンターは必然だ」と語っている。イーロン・マスク氏は「太陽は空に浮かぶ巨大で無料の核融合炉。地球上で小さな核融合炉を作るなんてバカな話だ」とX上に投稿している。

 

こうした発言を裏付けるように、マスク氏の動きが最も早い。同氏は既に6000基以上の人工衛星を大気圏外に保有し、消費者向けのネット接続サービスのStarlinkと米政府向けの計算基盤Starshieldを既に運用している。

 

マスク氏と歩調を合わせるように進んでいるのが半導体大手のNvidiaだ。Nvidiaは同社のベンチャー支援プログラムの参加企業であるStarcloudを支援。Starcloudは11月に、マスク氏のロケット会社SpaceXのロケットにNvidiaの半導体、ソーラーパネル、バッテリー、放熱構造を含む冷蔵庫大の衛星の打ち上げ実験に成功している。Starcloudの成功を受けてマスク氏は、来年から運用が始まる次世代ロケットStarshipを用いて、今後は毎年100GWの発電能力を宇宙データセンターに追加し続ける計画だという。米国全体の平均消費電力が460GWだから、計画通りに進めば宇宙データセンターは5年で米国の地上の発電量を超えることになる。


NvidiaのCEOのJensen Huang氏はマスク氏の経営手腕を高く評価しており、「マスク氏の全てのプロジェクトに関与していきたい」と語っていることから、2社はスクラムを組んで宇宙データセンター計画を推し進めることになりそうだ。

 

宇宙データセンターを巡る米中・テック大手の主導権争い

 

こうしたマスク氏とNvidiaの動きを受けて、その他のテック大手企業も次々と宇宙データセンター計画を発表している。

 

Googleは11月に、同社の宇宙データセンター計画「SunCatcher」の詳細を発表。太陽光発電を行う小型衛星群に自社半導体TPUを搭載し、光通信で相互接続する計画だという。Googleはロケット打ち上げ会社を持っていないため、地球観測衛星の打ち上げで実績のあるPlanet Labsと提携。TPUをPlanet Labsの衛星バスに搭載し、2027年初頭にプロトタイプ衛星2機を打ち上げる予定だという。

 

Amazonの創業者のJeff Bezos氏もロケット打ち上げ会社Blue Originを保有している。Blue Originは11月に、ロケット打ち上げからデータセンター構築へと業務内容の軸足を移した。3,236機の衛星からなるネットワークを構築し、高速かつ低遅延のブロードバンド接続を提供する計画だという。

 

一方OpenAIのSam Altman氏はインタビューなどで宇宙データセンターの需要性について言及したことがあるが、宇宙データセンターに関する正式発表はまだない。Stoke Spaceというロケット会社と交渉はしていたものの、投資や、買収、提携などの話は成立しなかったもようだ。

 

イーロン・マスク氏にとっては、ロケット会社SpaceXや、衛星ネット接続のStarlink、政府向けのStarshield、AIモデルのx.AIなど、これまで進めてきた事業が、宇宙データセンターというパズルのピースとしてうまく組み合わせる形だ。Nvidiaはマスク氏の動きに便乗し、Google、Amazonはマスク氏を追いかけ、OpenAIは現時点では後手に回っている印象だ。

 

一方、こうした米国の動きよりさらに先行するのが中国。NvidiaとStarcloudが11/2に1基のAIデータセンター衛星の打ち上げに成功した半年前の5/14に、中国の国星宇航(ADASpace)が12機のAI衛星の打ち上げに成功している。

 

といっても、StarcloudのAI衛星に搭載されている半導体は、中国国星宇航の半導体の約10倍の性能を誇る。また打ち上げ体制も中国は急ピッチで拡充しているものの、米SpaceXの毎週打ち上げというペースにはまだまだ追いつけそうにない。宇宙データセンターの実装に関しては、米国があっという間に中国を追い抜きそうだ。

 

データセンターを制する者がAIを制す。そう言われる中で、ついに競争の舞台は宇宙へと広がったようだ。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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