多くの一般ユーザーがChatGPTなどのチャット型AIを本格的に利用し始め中、AI業界はその先を行くべくAIエージェントの開発や普及に力を入れている。一方でOpenAIはさらにそのさきを行くべくAIイノベーターの時代に向けて動き出した。
OpenAIが社内外で示唆しているAI発展のシナリオによると、AIはチャットボットの時代から、論理的思考の時代、エージェントの時代、イノベーターの時代、AI組織の時代へと進化していくという。論理的思考の時代は、OpenAIが2024年9月にリーズニングモデルの「OpenAI o1」をリリースしたところから始まっている。それまでの学習済みのデータを条件反射的に返すチャットボット時代のAIモデルとは異なり、「o1」からは答える前に考えるという行動を取ることができるようになった。このことでAIは大きく進化し、質問に答えるだけでなく、自分で考えて行動できるようになった。なので今年は行動するAI、つまりAIエージェント元年と呼ばれ、簡単なプログラミングを自律的に行えるコーディングエージェントや、自分で検索してレポートにまとめるリサーチエージェントなど、エージェントと呼ばれるAIが次々と登場している。さらにイノベーターの時代は、AIが科学の発明・発見をする時代。AIモデルが自分自身を改良するようになれば、AIモデルは一気に進化する。そうした進化したAIモデルが、AI以外の科学技術の領域も進化させるというのだ。生命科学や、物理学、エネルギー、ロボット工学など、あらゆる科学技術の進化が加速度を増すという。そして最後のAI組織の時代は、会社や組織が多くのAIエージェントによって構成される時代になるという。これがOpenAIの思い描くAIの進化のロードマップだ。
ということで今はAIエージェントの時代なのだが、当然OpenAIはその次の時代に向けて準備を進めている。
OpenAIは10月30日に公式ページで今後の戦略を語る動画を発表。その中で、科学の発明、発見を支援するAIの進化具合を明らかにした。OpenAIのCEOのSam Altman氏によると、AIは複雑なタスクを次々とこなすようになってきており、既に一部の科学者から研究や実験にAIが貢献し始めたという報告を受けているという。この動画の中でOpenAIのチーフサイエンティストJakub Zaremba氏は、AIが2026年の9月には研究者を支援するインターンレベルにまで賢くなり、2028年の3月にはA自律的に研究をできるようになる見通しだという。同氏は「すでにAIが一部の科学分野で数理モデリングや仮説生成を支援している。将来的には、AIが実験設計や結果分析、理論形成を自律的に行う。今後数年で研究の一部が完全自動化されるとみている。科学の200年分の進歩を20年に圧縮できる可能性がある」と語っている。
イノベーター時代が始まっているわけだ。
科学の発明・発見が多発するようになれば、どんな世の中になるのだろうか。Google DeepMindのDemis Hassabis氏は「みんなまだ、ことの重大さを完全に理解できていないんだと思う。あと2、3年でAIがひどい病気の治療薬を見つけるんだ。エネルギーもほとんど無料になるんだ」と語っている。
エネルギーがほとんど無料になる。そんなことが可能なのだろうか。
しかしGoogle DeepMindが開発したAIモデル「GNoME」は既に2023年時点で、超伝導の可能性のある新素材を5万2000種類、リチウムイオン導体になる可能性のある新素材528種類を発見したほか、こうした発見を含む安定した結晶を42万1000種類発見している。人類は過去10年間に通常の実験で2万個しか安定結晶の新素材を発見していないことを考えれば、確かにこれはすごい快挙だ。
超伝導体は抵抗ゼロで電気を流せるため、送電ロスがなくなり、発電効率やエネルギー利用のパラダイムを根本から変えることになる。特に太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの利用効率が大幅に向上することだろう。またリチウムイオン導体は次世代電池材料として注目されている。リチウムイオン導体になる新素材が見つかれば、エネルギー貯蔵コストを劇的に下げる可能性がある。曇りや雨の日には太陽光からの発電は期待できないし、風のない日は風力発電に期待できない。反対に晴れの日や風の強い日には必要以上の電力が作られるのだが、エネルギー貯蔵コストがかかるため余剰電力は廃棄処分になっている。送電ロスがなくなり、エネルギー貯蔵コストが下がれば、再生可能エネルギーだけで十分やっていける可能性がある。そうなればエネルギーがほとんど無料になるというシナリオにも可能性が出てくるわけだ。エネルギーが無料になる。ほとんど全ての工業製品の価格が大幅に下がるかもしれない。航空運賃もほぼ無料になるかもしれない。一体どのような影響が社会にあるのだろうか。想像もつかないぐらいすごい話だ。
もちろん実用化のためのハードルが幾つも存在する。素材を発見できたとしても実際に安定して合成、量産できるとは限らない。材料科学の世界では「発見」から「実用化」まで数十年かかることも珍しくないという。また超伝導ケーブルが実現しても、既存の送電網を置き換えるには膨大な投資が必要。その間、電気料金が急にゼロに近づくことはない。
ところがOpenAIの発表によると、同社は約1.4兆ドル(約220兆円)を投じて米国内に総電力32ギガワット規模のデータセンターを数箇所建設する計画で、最も建設がテキサス州アビリーンの建設現場では既に数千人の建設作業員が従事しているほか、機材供給まで含めると何十万人もの雇用を創出しているという。
さらにその後は1週間に1ギガワットのペースでデータセンターを建設する計画を検討中だという。その際に電力を含む建設コストを大幅に削減できるかの実証実験を今後数ヶ月かけて実施するとしている。公式動画の中には電力関連技術に関する詳細な説明はなかったが、最新の電力技術は当然検討されることになりそうだ。膨大なコストをかけて、実用化が一気に進む可能性が出てきたわけだ。
コンピューター科学者で投資家のAlexander Wissner‑Gross博士は「AIデータセンターの建設ラッシュのおかげで、グローバル規模でエネルギーが豊富な時代に近づいている」と指摘している。本当にエネルギーがほぼ無料になる時代に向かい始めたわけだ。
こうした科学の発明、発見が頻繁に起こるようになればどのような社会になるのか。OpenAIの元研究者のLeopold Aschenbrenner氏が2024年6月に発表した160ページを超えるレポート「SITUATIONAL AWARENESS: The Decade Aheadによると、産業と経済が爆発的に発展すると指摘している。同氏は「年間30%以上の経済成長、場合によっては年間で複数回の倍増も見込まれる」と主張している。経済の規模が倍になることが一年のうちに何度も起こる。ものすごい話だ。
Sam Altman氏は、経済学者Tyler Cowen氏によるインタビューに対し「(AIによる広告料収入や手数料収入には)期待していない。私が本当にやりたいのは新しい科学を発見し、それを収益化することだ」と語っている。OpenAIがGoogleの広告収入を奪おうとしているという論評があるが、Sam Altman氏はもっと大きな市場を狙っているようだ。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。