
米ホワイトハウスが米国の暗号資産戦略に関する168ページからなるレポートを一般に公開した。未来学者のPeter Diamandis氏はこの戦略に関し「私たちの人生で最も大きな経済政策のシフトだ」と大絶賛している。「ネット上にお金のレイヤーが誕生する。AIエージェントがお金のレイヤーにアクセスできるようになったとき、われわれは経済の爆発的な成長を目撃することになるだろう。人々はこのことをまだ理解できていない」と語っている。
Diamandis氏は日本では知名度があまり高くないかもしれないが、2012年にAbundance: The Future Is Better Than You Think(邦題は『楽観主義者の未来予測』)を出版し、有名になった人物。本の主張は「テクノロジーの指数関数的進化(AI、ロボティクス、バイオテック、ナノテックなど)が、人類を長らく苦しめてきた欠乏(scarcity)を克服し、豊かさ(abundance)の時代をもたらす」というものだ。この「これからabundanceの時代になる」という考え方は、今やElon Musk氏、Larry Page氏(Google共同創業者)、Marc Andreessen氏(a16z)などのシリコンバレーの起業家、投資家の間で広く共有されている。
これまでの社会は「欠乏」という前提の下で設計・運用されてきた。経済学は「欠乏の科学」と言われるように、全員が満たされることがないという前提の下、足らない中で富をどう分配するのかという学問である。富が全ての人に行き渡らないという考えがベースにあるので、人類は戦争を繰り返してきた。その欠乏の前提が大きく変わるわけだ。社会も大きく変わらざるを得ない。それがDiamandis氏を始めとするシリコンバレーの楽観主義者の考え方だ。
さて問題のレポートは、Strengthening American Leadership in Digital Financial Technologyというタイトルで、実は仮想通貨の専門メディアからの評判は必ずしも高いものばかりではない。専門メディアのCoinDeskは「ホワイトハウスの暗号資産レポート、ビットコイン備蓄には触れず」というタイトルの記事で、ビットコインの具体的な備蓄額に関しては言及がなかったことを残念がっている。実はトランプ大統領は1月23日に「デジタル金融技術における米国のリーダーシップ強化」大統領令に署名。米国を暗号資産・ブロックチェーンの世界的拠点にする戦略をスタートさせた。その後次々と施策を打ち出し、今回のレポートはこれら一連の動きを、1つの報告書にまとめたものに過ぎないのかもしれない。
それでもその全容を文書にまとめた意味は大きい。Diamandis氏は、同氏のメルマガの中でこのレポートの中でも次の8項目が最も重要だとしている。
①Make the U.S. the “Crypto Capital of the World” アメリカを暗号資産の中心地にするという国家戦略を打ち出したこと。シンガポールやドバイなどは既に「クリプト・フレンドリー」政策を打ち出している。米国が本気で取り組めば、今からでも資本・スタートアップ・人材を呼び込める可能性がある。ウォール街が世界の金融の中心になっているのと同じように、暗号資産・トークン化でもアメリカが主導権を握ろうとしているわけだ。
②Shift from “Regulation by Enforcement” to Clear Rules SECが訴訟で「後から罰する」やり方ではなく、最初から明確なルールを提示する方針へ転換するということ。Diamandis氏が主宰するYouTubeの討論番組に出演した連続起業家のSalim Ismail氏は、2017〜2018年頃に仮想通貨を発行しようとしたことがあるという。「その時に弁護士には『やめろ、SECに狙われるぞ』と言われた」。銀行ロビーが力を持っていてルールを意図的に不明確にしていたのではないか、というのが同氏の主張だ。今回の米政府の方針転換は、米国経済にとって最も大きな出来事の1つだ、と語っている。
③Clarify Regulatory Roles (SEC vs CFTC) 証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)の管轄を明確に分けようというもの。これまで暗号資産は証券なのか、商品なのかという議論があった。不明瞭だったので、後からSECに提訴されるのを恐れて、多くのスタートアップがシンガポールやドバイに逃げたという経緯がある。
④Promote U.S. Dollar–Backed Stablecoins – while explicitly prohibiting a U.S. CBDC 民間が発行するドル裏付けステーブルコイン(例:USDC, USDT)を推進する一方、政府発行のCBDC(中央銀行デジタル通貨)は禁止という方針を示した。仮想通貨をドルと紐付けすることでドルの国際基軸通貨の地位を守るということと、中国のように政府が仮想通貨を発行することで監視国家を目指さないという方針を打ち出した。
⑤Modernize Tax Policy for Digital Assets 暗号資産やトークン化資産に対応した最新の税制を導入するという方針。現行税制だと、ビットコインは「財産」扱い。ビットコインでコーヒーを一杯買う際にも、ビットコインの購入時価格より、コーヒーを買うときの市場価格の方が高ければ、キャピタルゲインが発生したとして、価格差が課税対象になる。これが暗号資産を日常決済に使うインセンティブを消していた。
⑥Push for Speedy Action Across Agencies and Congress 議会と省庁横断で迅速に対応し、規制の遅れを解消するという宣言。暗号資産の技術は急速に進むが、立法・規制は追いつかない状態だ。スピード感あるルール作りで、米国の競争力を維持しようということだ。
⑦Federal Agencies to stop discriminating against crypto business in banks 銀行が暗号資産関連企業に口座を開かせなかったり、融資で不利を受けてきたということがあったようだが、そういった差別を止めさせるという宣言が入っている。
⑧Approx. $600B in ‘real world assets’ can be tokenized by 2030 不動産、株式、国債、金など、現実の資産をオンチェーン化していき、その規模は6000億ドル規模と予測している。現実資産をオンチェーン化するというのは、実際に価値のある物の紙の権利書を、デジタル化してインターネットに載せるということ。ブロックチェーンという仕組みの上に乗せるので、オンチェーン化と呼ばれる。ブロックチェーンに乗せることで、所有権は数学的に検証可能で透明かつ不変のコードにより保証され、スマートコントラクトと呼ばれる契約書と自動実行の仕組みがあるので、取引は即時に決済される。銀行や役所に行って届け出をしなくても済むわけだ。
この現物資産のオンチェーン化が経済に与える影響を多くの人は理解していないとDiamandis氏は言う。
例えば高級マンションを丸ごと購入しなくても、1%の所有権を得れば家賃収入の1%を受け取ることができる。ブロックチェーンには契約書に従って家賃収入が自動的に支払われる仕組みがあるので、手間なく受け取れる。家族や友人に分けることもできる。「10%持っている人は年に1週間滞在できる」といった付加価値も付けられる。「これはタイムシェアの千倍ぐらい細かい所有形態になる」(同氏)と言う。ドバイでは既に不動産の分割所有が可能になっているという。
Diamandis氏が主催するYouTube番組に登壇した連続起業家のEric Pulier氏は、「現実世界の資産がトークン化されるにつれて、経済はかつてないほど大きく変わることになる」と指摘している。例えば現在の不動産担保ローンを考えてみても、「3,000万ドルの家を持つ人が数百万ドルを借りるには、所有権や担保の状況を銀行で確認するなど非常に複雑。しかしトークン化とスマートコントラクトがあれば、所有権の証明は即座にでき、数秒で担保にできる。リスクなく、グローバルに24時間流動性を提供できる。これによって何兆ドルもの休眠資産が新たに担保として活用可能になりえる」と語っている。
また外国への資金送金に関しても、今は複雑な銀行間のやり取りに日数と手数料がかかる。レポーティングやコンプライアンス対応も厳しく「非効率性によって既存の金融機関が利益を得ている状態」(Pulier氏)だと言う。クレジットカードの支払いでも、商店はすぐに入金を受けられず、「その間、他の誰かがその資金を運用して利益を得ている」(同氏)。こうした非効率性が今まさに大きく変わろうとしているとPulier氏は言う。
この他にも異なる業者のポイント同士が相互運用可能になり、従来のポイント制度が完全に変わったり、株主のためのロイヤリティプログラムが所有権と完全に合体する、などと指摘する。
Pulier氏は「これは我々の生涯で目にする最も重要な経済立法と変化のひとつ。その影響は世界経済にとって計り知れず、人々はまだこの革新が開くパンドラの箱を理解していない」と語っている。
またオンチェーン化される資産の規模は6000億ドルという米政府の試算についてDiamandis氏は、「笑ってしまうほど少ない数字。実際は120兆ドルの不動産、100兆ドルの株式、13兆ドルの米国債、12兆ドルの金が全てトークン化するはず」とメルマガの中で指摘している。同氏によると、SEC(米国証券取引委員会)は既に「プロジェクト・クリプト」を立ち上げ、米国の金融市場全体をオンチェーン化しようとしているという。
さらにこの仕組みに、最近進化が止まらないAIが乗ってくる。Diamandis氏は「AIエージェントがこのプログラム可能なお金のレイヤーにアクセスできるようになれば、自律的にポートフォリオを管理し、複雑な金融戦略を実行し、リアルタイムで資産配分を最適化するようになる」と語る。
実際に、ネット上では「ChatGPTの言う通りに株を売買したところ、半年間で23.8%の収益を得られた」という事例が話題になった。より複雑な資産運用をAIが自動で処理し続けるようになるわけだ。
Diamandis氏は、「この変化を理解した企業は数兆ドル規模の価値を獲得する。理解できない企業は、理解した企業に利用される側になってしまうだろう」としている。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。