
生成AIと言えばOpenAIにばかりが注目されがちだが、米Anthropicが大企業向け市場で急成長している。米シリコンバレーのベンチャーキャピタルのMenlo Venturesによると、米国の大企業向けの大規模言語モデルの接続料の市場でAnthropicの市場シェアが2023年の12%から2025年の年央には32%と急拡大し、同市場で最大手となった。一方でOpenAIの同市場のシェアは2年前の50%から25%に急降下している。AnthropicのARR(年換算経常収益)は2023年が約1億ドルだったのが、2024年には約10億ドルで、2025年7月時点で推定45億ドル。このペースなら2025年の年末には100億ドル達成も夢ではない。1年で10倍ずつ拡大しているわけだ。なぜAnthropicは大企業向け市場でこんなにも成功しているのだろうか。
1つ考えられるのは、同社モデルのセキュリティの高さが大企業に評価されているからなのかもしれない。同社はOpenAIがMicrosoftからの出資受け入れを決めたことに反発するDario Amodei氏を中心にした研究者グループが、OpenAIを退社して創業した会社。OpenAIの幹部がAIモデルの安全性よりも巨大化を優先したのが別会社設立の理由だとされている。このためAIモデルの安全性に関しては競合他社よりも熱心だというイメージがあり、事実Anthropicの大企業向けモデルClaude Enterpriseは、ユーザーが入力したデータをAIモデルの学習には利用しないと契約書の中で明記しているほか、SOC 2 Type 2・ISO 27001などの情報セキュリティに関する認証や監査報告を公開。日本企業が気にするP(プライバシー)マーク相当の運用体制も整備済みだ。
2つ目は、コーディング(プログラミング)の性能の高さだ。同社の最新のモデルClaude Opus 4.1は、SWE-bench Verifiedというコード修正、バグ修正、機能追加などの能力を計測するベンチマークで74.5%という非常に高いスコアを達成しており、現時点で世界最高水準のコーディングモデルとされている。現場のエンジニアがコーディングの性能からAnthropicのモデルを好み、経営陣がセキュリティの観点からエンジニアが推すモデルを採用する、という構図のようだ。
それに加えて同社に出資するAmazonとGoogleのクラウドサービス上でAnthropicのAIモデルを利用できるようにしていることも、法人向けのシェアが拡大している理由の1つだろう。Anthropicの営業マンが大企業にセールスして回らなくても、アプリストアでアプリを選ぶ感覚でクラウド上でモデルを選んでもらえるようになっている。
Anthropic自体も特に法人向け市場に注力しているようだ。CEOのAmodei氏は人気ユーチューバーAlex Kantrowitz氏の番組に登壇し、次のように語っている。「私たちの考えでは、AIの企業利用はコンシューマー利用よりもさらに大きくなるのだろうと思います。ビジネスユースケースに焦点を当てた企業であることは、モデルをより良くするためのより良いインセンティブを私たちに与えると私は思います。性能を大学生レベルの知能から博士課程のレベルの知能に向上させても、消費者はあまり興味を示さないでしょう。でも製薬大手なら10倍の利用料を払ってくれるかも知れません」。
何かとOpenAIと比較されることの多いAnthropicだが売上的には両社の差はどうなっているのだろう。ARR(年換算経常収益)の規模で見れば、OpenAIが依然3倍弱リードしている。しかし伸び率ではOpenAIが2年で7倍なのに比べて、Anthropicは45倍。Amodei氏の言うようにAIの企業利用が消費者利用よりも大きくなるのであれば、2社の差がさらに縮小する可能性はありそうだ。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。