
“小さくても巨大な成果” の時代は社内にも来るのか?
AIツールの波は、まずはスタートアップの世界を席巻した。10人に満たない開発チームが数億円もの年間経常収益をあげ、旧来の資本集約型モデルを軽々と飛び越えていく姿を、私たちはここ2年ばかり立て続けに目撃してきた。彼らは Tiny Team と呼ばれ、AIツールを業務の深部まで溶け込ませることで、従来の組織論では想像しにくい規模と速度を実現している。しかしこの現象は、本当にスタートアップという温室だけに留まるのだろうか。実は大企業の内部でも、同じような小型の高速セルが育ちはじめている。
Tiny Team を成立させる4条件
Tiny Team は確かに新しいが、成立条件は驚くほどシンプルだ。1つ目は AI ツールを徹底的に使い倒す こと。コーディング、カスタマーサポート、膨大な調査業務まで、AIツールが実務の“底”を背負う。2つ目は マルチスキルを備えたゼネラリスト が集まること。1人が企画と実装と顧客の声までを横断すれば、タスクの受け渡しという摩擦が消える。3つ目は チーム規模は10人以下。小さいほど ARR(年間経常収益)と FTE(フルタイム換算従業員数)の比率が跳ね上がり、成果が1人ひとりの背中にダイレクトに跳ね返る。最後の4つ目は ミーティングを極小化 する文化だ。同期的な口頭確認を最小限に抑え、非同期のチャットと AI が齟齬を埋める。これこそがスピードを損なわずに済む秘訣である。
エージェントの成熟が呼び込む“社内 Tiny 化”
こうした小型セルを可能にしているのが、言うまでもなく自律型エージェントの進化だ。コードを書く AI がまず成熟し、続いてリサーチを一手に担う AI が実用域に達しつつある。トドメを刺すのが、ブラウザやデスクトップを操作する汎用エージェントだ。まだ発展途上とはいえ、OpenAI が発表した ChatGPT Agent は既に、社内の CRM 画面を自動で更新し、経費精算のフォームを埋めるところまできている。コーディング・リサーチ・ブラウザ操作—この3拍子が揃ったとき、企業のあらゆるホワイトカラー業務が小さな自律セルへと分解可能になる。
すでに動き始めた大企業内 Tiny Team
こうした潮流は机上の空論ではない。たとえばマイクロソフトでは「Copilot Growth Pods」と呼ばれる極小セルが Outlook の新機能開発を担い、4人と20体の Copilot エージェントだけで、6週間掛かっていたリリースサイクルを10日に短縮した。ARR と FTE の比率は、従来の2.8倍に達したという。金融の雄、JPMorgan でも同様だ。「Deep Research Cell」と名付けられた2人のアナリストチームが GPT‑4o を多段で駆動し、100ページ規模のレポートを3週間からわずか3日に短縮。レポートの品質スコアまで1.3倍に高まったと報告されている。
フェーズごとに必要となるテクノロジーの層
企業が Tiny Team を温室で育てるには段階がある。まずは安全なオンプレ環境で RAG(Retrieval Augmented Generation)と自動評価を回し、“PoC as a Service” として小さな実験を量産する段階。次に、複数エージェントを束ねるオーケストレータと権限ポリシーを備えた Hybrid Cell 段階が来る。ここを越えると、社内アプリの売買ができるマーケットプレイスと Fleet Manager を持つ AI サブ組織 が誕生し、自分たちで稼いだ内部 ARR を再投資し始める。そして最後に、社内外の規制に即応するメタガバナンス AI が加わり、組織そのものが AI 駆動の複合体— AI Organization へと姿を変えるのだと思う。
アクション計画案
この変化を追い風にするか、向かい風にするか。アクション計画案としては、まずは90日間だけ全社横断ハッカソンを開き、AIツールを組み込んだミニプロダクトを3つ、本番環境にまで押し上げてみる。成功したセルのやり方をテンプレート化し、半年で5倍に増殖させる。2年後にはセル間で成果物を社内通貨で売買させ、5年後にはエージェント同士の交渉を監視するガバナンスレイヤーを敷く──こういう道筋で、AI組織へとトランスフォームできるのではないだろうか。
小さく産んで、AI で無限に拡張
結局のところ、Tiny Team の波はスタートアップだけの専売特許ではない。大企業の中にも確実に押し寄せ、PoC セルから Hybrid Cell、AI サブ組織、そして AI Organization へと段階的に進化していく。人間に残されるのは「問いを立て、AI 同士を編成し、問題が起きれば方向修正する」役割だ。鍵を握るのはガバナンスとインセンティブ—それさえ整えれば、巨大企業であろうと、“小さく産んで AI で無限に拡張する” という新しい成長公式を手にできるのだろうと思う。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。