
今、世界のAI業界の覇権を誰が握っているのだろうか?この問いに読者の多くはOpenAIと答えるかもしれない。しかし実際にはGoogleやAnthropicの追い上げは激しく、領域によっては必ずしもOpenAIがトップではない状態だ。そんな中「5年後のAI業界は誰がリードしているのか」という問いに対し、有力ポッドキャストに登壇した米国の著名投資家たちがそれぞれの見解を述べている。その未来予想は、多くの日本人ユーザーにとってはちょっと意外なものかもしれない。
シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタルAndreessen Horowitz(a16z)の調査レポート「How 100 Enterprise CIOs Are Building and Buying Gen AI in 2025」によると、2024年3月の時点で米国大企業の100%近くが何らかの形でOpenAIのAIモデルを導入している。ところが2025年3月になるとOpenAIの利用率が若干減少。代わりにGoogle、Anthropic、MetaなどのAIモデルを導入するところが増えている。特に企業の規模が大きくなればなるほど、複数のモデルを併用するところが多いという。
その理由は、AIモデルが異なる強みを持ち始めたから。例えばOpenAIのモデルは論理的思考や検索が得意なので、一般ビジネスパーソンの調査業務に強さを発揮する一方、Googleのモデルはコストパフォーマンスに優れているためシステム部門への導入が進んでいる。またAnthropicのモデルはプログラミングツールとしての評判が高く、エンジニアの間で人気だ。Metaのモデルはオープンソースなので高度なセキュリティが必要な業務用に自社改良して使うところが多い。つまりAI導入に積極的な大企業ほど、こうしたモデルごとの強みを生かす「マルチモデル戦略」を採用するところが増えてきているという。
OpenAI の独走状態は崩れ、複数社が拮抗する先頭集団に移行しつつある。果たしてその後はどこが覇権を握るのだろうか。米シリコンバレーの著名投資家たちが出演する人気ポッドキャストAll-in-Podcastで、ちょうどこのテーマで議論が繰り広げられた。
同ポッドキャストに出演した投資家のThomas Laffont氏は、最も有望なのがNvidia、次に有望なのがイーロン・マスク氏率いるTeslaだと主張。同じくChamath Palihapitiya氏は、1位がTesla、2位がGoogleと答え、Jason Calacanis氏もPalihapitiya氏に賛同。David Friedberg氏は1位がTesla、2位がNvidiaかGoogleだと語った。出演した投資家の間でTeslaとGoogleが有望視されている一方、OpenAIの名前を挙げる投資家はいなかった。
Teslaを有望視する理由としてPalihapitiya氏は、Teslaが最高のビジョンAIモデルを持っているだけでなく、xAIが言語モデルも持っているからだと説明。また「AIだけじゃなく、ロボットや自動車などのハードも持っているから」と指摘した。Teslaは、同社の自動運転車に搭載されているカメラからのデータを学習させることで、世界最高峰のビジョンAIモデルを持っていると言われる。またX(旧twitter)上で利用できるxAIの言語モデルGrokも評判がいい。Calacanis氏は、イーロン・マスク氏が今後TeslaのAIモデルとxAIのAIモデルを統合するのは間違いないとした上で、統合が成功すれば最強のAIモデルになるはずだと言う。さらにFriedberg氏は、進化したAIは人型ロボットに搭載されることで、人型ロボットが巨大な市場を形成することになるだろうと予測した。
このことはイーロン・マスク氏自身も意識しているようで、直近のインタビューに対し「AIとロボット工学(特にテスラのOptimusのような人型ロボット)が深く結びついていく。特に人型ロボットは他のあらゆるロボットを合わせた数よりもはるかに多くなるだろう」と予測。さらには「AIが未来を深く変革し、現在の経済を数千倍、あるいは数百万倍にする可能性がある」とまで語っている。
一方、Googleを有望視する理由としては、Palihapitiya氏はGoogleのAIモデルのGeminiや、Googleの自社開発半導体TPUの評判がいいことなどを挙げている。Friedberg氏は、Googleが自動運転のWaymoや、量子コンピューティング、バイオ医薬品など、次世代技術にも投資していることも、同社を有望視する理由として挙げている。
チャット型AIの利用が拡大する中で、Google検索の売上減少を心配する声もあるが、Calacanis氏は「検索広告がだめになっても、AIの精度向上で広告自体の有効性は向上するはず」と指摘。Palihapitiya氏も「1クリックいくらという(検索連動型広告中心の)ビジネスモデルから、1トークンいくらという(AIの使用料をベースにした)ビジネスモデルへ移行すればいいだけ」と答えている。
この件に関し、GoogleのCEOのSundar Pichai氏は直近のインタビューで、Google検索の結果ページにチャット型AIが回答する「AIモード」を5/20にリリースしたところ、既に数百万人が利用するほど人気になっている、と語っている。ただAIモードは現時点では実験で、当面はこれまでの検索結果のページを中心にしたデザインを継続する、としている。
この他、このインタビューの中で同氏は、スマートフォンの基本ソフト(OS)Androidの今後について言及、「スマホOSがAR、XRに進化するのは自然な流れ。AIの進化を待ってここ数年ハードとソフトの統合が進まなかったが、いよいよ年内に開発キットと開発者向けスマートグラスをリリースする計画だ」と語った。消費者向けにスマートグラスが発番になるのは来年になるという。スマートグラスのホーム画面は非常にシンプルなデザインになり、会話型AI(Gemini)、Googleマップと統合され、リアルタイム翻訳などの機能が搭載されるようになるという。モバイルOSの新たな時代の幕開けとなりそうだ。
OpenAIが先導してきた大規模言語モデルが、次にスマートグラスや人型ロボット、自動運転車などのAIと統合され、新しいデータを学習することでさらなる進化を遂げることになる。デジタル空間からリアル空間へとAIが浸透していく中で、リアル空間への足がかりを既に持っているTeslaやGoogleが有利になる。All-in-Podcastに登壇した投資家たちはそう考えているようだ。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。