
Mark Zuckerberg氏率いるMeta Platform社が、データラベリング企業のScale AI社に143億ドル(約2兆円)を出資し同社の株式の49%を取得した。この出資は、Scale社のCEO、Alexandr Wang氏をMetaに引き抜くことが最大の目的だと言われている。米有力情報サイトThe Informationによると、Zuckerberg氏は、GoogleやOpenAIといったライバル社との競争に苦戦する状況を変えてくれるのはWang氏しかいない、と考えているのだという。2兆円を出してまで引き入れたいWang氏とは、いったいどんな人物なのだろうか。
Wang氏は、1997年に米ニューメキシコ州ロスアラモスで生まれた中国系米国人。現在28歳。両親は米国立ロスアラモス研究所に務める核物理学者だ。
Wang氏は小さい頃から数学とコンピュータプログラミングが得意だったようで、2013年、同氏が16歳のときに数学オリンピックに参加したほか、 2014年に物理オリンピックの米国チームに選ばれている。また国際情報オリンピックでは2012年と2013年にファイナリストになっている。
同氏は、高校を1年早く飛び級で卒業し、シリコンバレーに移住。資産管理会社AddeparやソーシャルQ&AサイトQuoraなどでソフトウェアエンジニアとして働いた。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)に入学するも2016年に中退。データラベリング企業Scale社を創業した。
データラベリング企業はこれまでも存在していたが、Scale社はAIと人間を組み合わせたハイブリッド型のラベル付けプラットフォームを構築した。具体的には、AIツールを用いて最初にデータにラベルを付け、その後、人間がAIと組んでデータを洗練させることで、精度と品質管理を向上させたという。
同社の具体的なサービス内容としては、画像注釈とセマンティックセグメンテーションや、自然言語処理、自動運転車向けセンサーフュージョン、データの分類と品質管理、モデル評価およびテストサービス、人間のフィードバックからの強化学習(RLHF)、アライメントと安全プロトコルを通じてAIモデルの強化、などがある。
同社はこうしたサービスをAI企業に提供することで成功、特に生成AIブームの波に乗り2020年から2024年にかけて収益を1640%も増加させたという。
主要顧客は、OpenAI、Google、Microsoft、MetaなどのAI大手に加え、ゼネラルモーターズ傘下の自動運転スタートアップのCruise社、Lyft社、Tesla社など。また国防総省統合人工知能センター、米陸軍第 18 空挺軍団などとも、パートナー契約を結んでいる。
今回の出資を受けてWang氏はMetaに移籍し、複数の部下も引き連れていくという。Wang氏が去った後のScale社のCEOには、元Uber幹部のJason Droege氏が暫定的に就任することになった。
Metaに入社後Wang氏は、Super-Intelligence Lab(SIL)の責任者になるという。Super-Intelligenceとは超知能のこと。AI業界には汎用人工知能(AGI=Artificial General Intelligence)と、超知能(ASI=Artificial Super Intelligence)という表現がある。これまでのAIが何か1つの領域に特化したものであったのに対し、AGIは全ての領域において人類の最高峰と同等の知性を持つ人工知能という意味だ。一方でASIは、人間のレベルの何百倍、何万倍もの知性を持つ人工知能ということになる。その具体的な定義は人によって様々なのだが、AGIは今年、もしくは数年以内に実現するという意見が主流になっている。
Wang氏はSuper-Intelligence Labの所長ということで、まもなく実現するであろうAGIではなく、次の世代のAIとしてのASIの開発を任されたわけだ。Metaには実はFundamental AI Research研究所(FAIR)という研究部署が既にあって、深層学習の三人の父の一人と言われるYann LeCun氏が所長を務めている。Wang氏はLeCun氏と連携し、LeCun氏のFAIRが行ったASIの基礎研究を元に、それを実際に実装して運用するのが、Wang氏の役割となりそうだ。
OpenAI、Google、Metaが基盤モデルの開発競争を続ける中で、Wang氏はこれまでデータ整備という少し傍流の立ち位置にいた。しかし今回Metaに入社しASI開発の責任者になったことで、AI時代の主戦場に躍り出たことになる。Wang氏もそのことは自覚しているようで、Scale社の社員向けのメッセージの中で「一生に一度のチャンスを手にした」と語ったという。
Wang氏は、AIに関する米国の国家戦略についても、これまでもいろいろと提言している。MetaのASI戦略を担うことになったことで、同氏の影響力はさらに大きくなるだろう。AI時代のキーパーソンの一人として、同氏の動向に今後ますます注目する必要がありそうだ。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。