
米AI大手AnthropicのCEOの「AIの進化に伴い数年以内にホワイトカラーの仕事の半分が消滅する」という発言が大きな反響を呼んでいる。欧米の大手メディアがこの発言を大きく取り上げたのを始め、日本のネットメディアなどでも報道されている。一方これに対し、NVIDIAやOpenAIの経営者たちが反論し始めている。
問題の発言を行ったのはAnthropicのCEOのDario Amodei氏。米ニュースサイトAxiosの取材に対し「AIによってホワイトカラーのエントリーレベルの仕事の半分が消え、今後1~5年で失業率が10~20%に急上昇する可能性がある」と語った。この記事が掲載されたのが5/28。同日から翌週にかけてFortuneや、Business Insider、Incなどといった米国の大手が次々と報道し、6月に入るとマイナビTECH+、Livedoor Newsなどの日本語メディアも大きく取り上げた。ホワイトカラーの新卒採用が半減するのが事実とすると確かに大変なニュースだ。
AIが特定の業務を代替し始めたのは事実。特にプログラミング用のAIツールの進化はすさまじく、米国ではエンジニア採用に影響がで始めている。AP通信が報じたところによると、米Microsoftが今回6000人のレイオフを発表したのだが、その中でエンジニアとプロダクトマネジャーの割合が多かったという。同社の直前の1-3月期の決算では売上高が前年比13%増だったので、業績悪化による解雇ではなさそうで、同社も「組織を俊敏にし、重点分野へ資源を振り分けるための再編」とのコメントを出している。つまりエンジニアはAI失業したというわけだ。
このほかにも、Salesforceが1000人レイオフしており、同社CEOのMarc Benioff氏は「今年はエンジニアを追加採用しない」と語っているという。(CRN)
なのでAI失業がある程度始まっているのは事実だが、新卒ホワイトカラーの採用半減ほどの規模になるのかどうかは分からない。
このAmodei氏の発言に対して、反論の声が次々と上がっている。
パリで開催されたテック系イベントVivaTechで講演したNVIDIAのJensen Huang氏は、Amodei氏の発言に対する感想を聞かれ、「ほぼ全てに同意できない」と述べたという。(Fortune)Huang氏は「「すべての人の仕事は変化するでしょう。一部の仕事は時代遅れになるかもしれませんが、多くの仕事が新たに創出されるでしょう。…企業の生産性が向上すると、より多くの人材を雇用するようになります」と語ったという。
この報道に対し、ディープラーニング3人の父の一人と言われる研究者のYann LeCun氏は「Jensenに同意する。Amodei氏の全ての意見に反対だ」とFacebookに投稿している。
またOpenAIのSam Altman氏はThe Gentle Singularityというタイトルのブログ記事を投稿。Amodei氏の発言のような厳しい状況にはならない、これからの変化は「gentle(優しい)」のだと反論している。
Altman氏は「ある種の職業が消滅するなど、非常に困難な側面もある」としながらも、AIは科学の進化を加速させ、その結果、未来はより素晴らしいものになると強調している。
またAIが科学の進化を加速させても人類はその進化にすぐに慣れ、今多くの人が思っているほど奇抜な社会にはならないだろうとしている。同氏は「2025年の今、実現できていることを、2020年に想像できただろうか。想像できたとしても、それは急速な変化に見えたことだろう。でも実際には、多くの人がこの5年間の変化を当たり前のように受け止めている」と言う。「2030年代になっても人々の生活にそれほど大きな変化は起こらない。人々は依然として家族を愛し、創造性を発揮し、ゲームをして、湖で泳ぐでしょう」と述べている。
AIの進化がもたらす影響は確実に広がっているが、それが破壊か創造かは、私たちの受け止め方と社会の選択にかかっている。過度な悲観にも楽観にも陥らず、冷静に変化を見極めていく姿勢が求められている。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。