MicrosoftがPower BIで仕掛けた「AIエージェント時代のデータ支配」

AI新聞

米テクノロジーメディアThe Informationは、米Microsoftが、データ管理基盤を手がける米Databricksなどのパートナー企業によるデータ可視化ツール「Power BI」への接続機能を遮断したと報じた。Microsoftはデータの正確性への懸念を理由に挙げるが、業界の見方は違う。この摩擦は、企業ソフトウェア競争の主戦場が「データの置き場所」から「データの意味づけ」へ移り始めたことを示している。

Power BIをめぐる異変

Power BIは、企業内の売上、顧客、在庫、営業成績などをグラフやダッシュボードで確認する分析ツールだ。The Informationによると、Fortune 500企業のほぼすべてが使っており、多くの企業にとって自社の状況を把握する窓口になっている。]

 

そのPower BIで摩擦が起きた。Databricksは2026年3月初旬、自社プラットフォーム上のデータをPower BIなどへ接続しやすくする新機能のテストを始めた。ところが数週間後、Microsoftがこれを突然ブロックした。記事は、Databricks側の営業担当者やコンサルタントの話として、顧客が作成していたレポートが即座に動かなくなったと伝えている。

 

Microsoftはデータの信頼性への懸念が理由だと説明し、Databricksも提携継続を強調する。両社とも対立を大きく見せない。だが業界関係者は、Power BIを起点に顧客を自社のデータ・AI基盤「Fabric」へ誘導する動きだと見ている。MicrosoftはFabricで、Databricksや米Snowflakeと競合している。

 

争点は「セマンティックレイヤー」

本当の争点はBIツールそのものではなく、その奥にある「セマンティックレイヤー」の支配権だ。

 

セマンティックレイヤーとは、データに業務上の意味を与える仕組みである。「売上」一つとっても、総売上、純売上、認識済み売上など定義は複数あり得る。部門ごとに違う意味で同じ言葉を使えば、ダッシュボードの数字もAIの回答も食い違う。そこで「この会社でいう売上とは何か」「顧客とは誰か」を標準化するのがセマンティックレイヤーだ。

 

人間の社員なら社員同士の会話などで補えるが、AIエージェントは定義が与えられなければ列名や過去のパターンから推測するしかない。AIエージェントは生データだけでは仕事を進められず、データが何を意味するのかという文脈を必要とする。なのでこのセマンティックレイヤーと呼ばれる何十年も前からある技術が、AIエージェント時代の基盤として再び重要性を増している。

 

精度の差は、数字に表れる。米Google CloudのManaging Director、Yasmeen Ahmad氏によれば、セマンティックレイヤーを使ってエージェントを開発すると会話型AIの精度は90%を超えるが、使わない場合は60〜70%にとどまる(The Information)。業務で3回に1回誤れば実用に耐えない。90%に近づいて初めて、業務支援ツールとして現実味が出る。

 

Microsoftの防衛と、開かれた標準を狙う対抗陣営

Microsoftにとって、Power BIは単なる一製品ではない。Word、Excel、Teams、Azure、Fabric、Microsoft 365 Copilotを束ねれば、文書作成から会議、分析、AIによる業務実行までを全て提供できる。Power BIはその入口だ。

 

しかしAIエージェントがレポートを自動生成できるようになれば、顧客は業務データをMicrosoft製品から取り出し、別のAIで分析するかもしれない。Power BIとFabricを強く結びつけ、外部のセマンティックレイヤー利用を制限する動きは、この脅威への防衛と見られる。

 

データ分析基盤を手がける米LakeSailの共同創業者兼CEO、Shehab Amin氏は「MicrosoftがDatabricksとの接続を止めたことは、同社が次のプラットフォーム競争の焦点を、企業データの意味づけに見ていることを示している」と述べる。Microsoftの過去30年の戦略は、顧客が仕事を始める場所を押さえ、そこから他製品の購入へ誘導することだったという。

 

対抗陣営は逆を狙う。Snowflakeとデータ管理基盤の米Salesforceは、セマンティックレイヤーの業界標準を目指す連合「Open Semantic Interchange」を主導し、約50社が参加。米Amazon Web Servicesや米Oracleも名を連ねる。Microsoftは参加していない。SnowflakeのJosh Klahr氏は、Power BIと自社のセマンティックレイヤーを併用したい顧客が数千社いると語る。顧客はMicrosoft製品を使い続けたい一方、データ基盤まで全面的に委ねたいとは限らない。

意味のロックインへ

ここに、新しいロックインの形が見える。従来のロックインはデータの保存場所やアプリ、クラウド基盤で起きた。AIエージェント時代には、それが一段深くなる。データそのものではなく、データの定義がロックインされるからだ。

 

ある企業がFabric上で「売上」「顧客」「解約」「利益率」といった定義を整える。それは複数部門の合意を経て作られ、構築には数カ月かかることも多い。一度その定義体系がMicrosoft製品群と深く結びつけば、別の基盤へ移るのは簡単ではない。データをエクスポートすれば済む話ではなく、業務指標の意味や部門ごとのルール、AIエージェントの動作前提まで移さなければならない。

 

データ処理基盤の米DataPelago社長、John JG Chirapurath氏はこう言う。「セマンティックレイヤーは企業スタック全体における新しい戦場だ。売上、顧客、注文の定義を所有する者が、AIの価値を獲得する位置に立つ。なぜならエージェントは生データではなく定義の上で動くからだ」。

 

生成AIの競争は、どのモデルが賢いか、誰が計算資源を握るかに注目が集まってきた。だが企業向けAIエージェントでは、それだけでは足りない。エージェントは「売上」「顧客」「承認」「解約」といった企業が定義した概念の上で動く。その定義を誰が作り、どの基盤に置き、どのAIに使わせるのか。MicrosoftがPower BIをめぐって開いた戦線は、競争の主戦場が「データの意味を定義するレイヤー」へ移りつつあることを象徴している。

 

ソースURL: https://www.theinformation.com/articles/microsoft-opens-new-front-fight-data-ai-agents

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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