
今年はAIエージェント元年だと言われる。AIエージェントは、ユーザーが命令すれば何をすべきか自分で考えて行動するAIシステムのこと。このAIエージェントが組織や社内の中に多数誕生し、互いに連携しながら目的に向かってタスクをこなしていくようになるという。そうした時代に向かう中でOpenAIのリサーチャー、Shyamal Hitesh Anadkat氏はA/B テストを設計したりログを監査することが全ての会社員にとって必須のリテラシーになると言う。同氏がどういうことを言っているのか詳しく解説したいと思う。
AI時代になれば、AIに仕事を奪われると言われる。どんな仕事から先になくなっていくのか、これまでにもいろいろと議論されてきた。しかしAI技術が進化していく中で、少し前に想定されていたことと違う展開になることが増えてきた。
例えば、これからはプログラミングスキルが不可欠だということで小学生にもプログラミングを教える試みがあちらこちらで行われているが、米国ではプログラマーのレイオフが始まっている。自動プログラミングエージェントの性能がかなりよくなってきているからだ。あと1、2年で、ユーザーはどんなアプリが欲しいか希望を自然な言葉で言うだけで、AIエージェントがほぼ全自動でアプリを開発してくれるようになると言われている。もちろんプログラミングの概念を学ぶことは有効なので、小学生のプログラミング教室を無駄だと言うつもりはない。ただソロバン教室に通うのと同様の意味合いになり、決して最も人気の習い事という感じではなくなるだろう。
また少し前までは、AIにはクリエイティビティがないので、デザイナーやイラストレーターのようなクリエイティブな職業はAIに取って代わられることはないと言われていた。ところがこのAI新聞に使っているイラストも、生成AIに「この原稿に合ったイラストを描いて。イラストは平面的、カジュアル、3色以下で」と命令して、AIに作ってもらっている。半年ぐらい前までは、有料の写真・イラストサービスを利用していた。
技術の進化が速すぎて、技術動向を追っていない人の未来予測の間違いが、すぐに判明してしまう時代になった。
一方で技術の専門家でも技術進化の速度を読み間違えることがある。画像生成AIが登場したときに、AIを専門とするある大学教授が「画像生成AIはできたが、動画生成AIはあと数年は完成しないだろう」とYouTube動画の中で語っていた。確かに動画になると扱わないといけないデータの量が急増するので、画像生成の何倍も動画生成は難しい。しかし、そのYouTube動画リリースから半年以内に動画生成AIが開発された。今ではハリウッドの動画制作会社も劇的な変化を迫られているという。
技術動向を追っていない人は当然ながら、技術の専門家でも、1、2年先の近未来については正確に予測できない状況になっている。
では近未来を予測するためには、誰の発言に注目すればいいのだろう。
私は、主要AI企業の技術者の意見に注目するようにしている。つまりOpenAI、Anthropic、Googleの経営陣や技術者の発言だ。なぜなら彼らは、どこかの誰かがこんな技術を開発しているかもしれないという憶測に基づいて近未来を予想しているのではない。実際に自分たちが手掛けている技術の完成度を根拠に近未来を予測しているからだ。
そんな主要AI企業の1つ、OpenAIのApplied AI チームの技術者、Shyamal Hitesh Anadkat氏がAIエージェント時代に必要なのはエージェントの指揮スキルになると発言。業界内で大きな話題となっている。
同氏のLinkedInへの投稿「Age of the Agent Orchestrator」によると、複数のエージェントがコラボするループを設計することで専門知識が必要な業務でさえエージェントが担えるようになるという。例えば税務申告などはAIエージェントでもできそうなものだが、申告漏れなどがあれば大変なことになる。リスクが大き過ぎるのでいまだに人間の専門家に任せているタスクの1つだ。
しかし1体のAIエージェントが税務申告タスクを実行し、別のAIエージェントがそれを検証、また別のAIエージェントが改善する。こうしたループを回すことで、高いリスクの業務でエージェントのコラボレーションで問題なくできるようになるはずだ、と同氏は指摘する。そしてボトルネックとなるようなポイントを考慮して、最も効率的なエージェントループを設計できる人が、これからのAIエージェント時代に高い付加価値を出せるような人材になる、としている。
ボトルネックとなるポイントは4つ。1つは計算資源。半導体不足はいくらかおさまったとは言われているものの、AI利用の急速な拡大に伴って、半導体や電力などの計算資源が当面不足し続けるのは間違いない。
またクラウドサービスの利用料もボトルネックになるポイントだ。計算資源の値下げが始まっているが、データ転送・ストレージ・監査ログなどの周辺コストが雪だるま式に増大する見通しだ。さらにエージェントの仕事量の増減が予測困難で、クラウドサービスの予約割引を利用しづらい状況にもある。
3つ目はリアル現実への落とし込み。デジタル領域だけならエージェントループは高速で回転し、成果が急速に拡大する。しかしそれを一旦物理空間と繋げた時点で、生産性の伸びが大きく減速してしまう。例えばAIの進化に合わせて生産ラインの最適化案をAIエージェントが提案したとしても、実際に工場の生産ラインを組み替えるには時間がかかる。現実空間に繋げた時点で最適化ループの進化が減速してしまうのだ。
4つ目は人間レビュー。AIエージェントの最適化ループを人間の監督なしで回し続けるのは危険。人間のレビューはやはり不可欠だ。
こうしたボトルネックの存在を考慮し、どのエージェントに何秒間の半導体時間を与え、いつ人間レビューを挟み、夜間の電力価格が安い時間に大量ジョブを投げるにはどうすればいいのか。こういったミクロな資源管理の設計スキルが重要になるというわけだ。こういったエージェントループの設計も、いずれAIができるようになるのかもしれない。ただ当面、それは非常に難しいというのが、AI開発の最先端にいる同氏の見解なのだと思う。この辺のタイムラインはやはり技術の最先端の人間しか分かり得ないことだろう。
同氏は、今ある業務プロセスの中にAIを組み込むだけの企業は、人間の過剰チェックが業務の複雑化に時間を取られ業績が停滞するという。一方で、AIエージェントを前提にワークフローを再定義できる企業は、最適化ループが回り、指数関数的に成長できるだろうとしている。
そしてそういう企業に不可欠なのが、エージェントループを設計、指揮できる人材。具体的には、プロンプト作成・報酬設計・A/B テスト・ログ監査などのスキルが全社員に今後必須になるだろうとしている。同氏は「これまでExcelがほとんどの社員にとっての必須スキルだったように、これからはエージェント関連のスキルが必須スキルとなる」と述べている。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。