米で始まったAI失業 AIはエンジニアの仕事にどう侵食していったか

AI新聞
 

AIは、チャットボットの時代からエージェントの時代に入ったと言われる。質問に答えるだけでなく、人間に代わってタスクを遂行してくれるようになってきたわけだ。人間よりも上手にタスクを遂行してくれるようになれば、当然人間は不要になる。俗に言うAI失業だ。エージェント化の波はまず最初にエンジニアの領域を襲い始めた。今後はエンジニア以外の領域でも同様のAI失業が起こる可能性がある。エンジニアの領域ではどのような業務が侵食され、どのような業務が残ったのだろう。同じようなことが他の領域でも起こるのだろうか。

 

AP通信によると米Microsoftは5月13日、約6,000人のレイオフを発表した。直前の1〜3月期決算では売上高が前年同期比13%増だったため、業績悪化による解雇ではない。対象になったのはソフトウェアエンジニアとプロダクトマネージャーが最も多かった。社内では「今回の解雇はパフォーマンス評価に基づかない」と通知されたらしく、実際に何年も連続で高評価だったシニアエンジニアもレイオフの対象になったという証言がある。同社は「組織を俊敏にし、重点分野へ資源を振り向けるための再編」とコメントしており、AI時代に合わせた組織再編、つまり間違いなくAI失業であることが分かる。

 

Microsoft以外にも米Salesforceは営業職を2,000人採用する一方で、既存の社員1,000人をレイオフした。そのうち何人がエンジニアなのか詳細なデータはないが、マーク・ベニオフ氏が「今年はエンジニアを追加採用しない」と語っていることから、社内のエンジニア比率を大きく下げようとしていることが分かる。その他にもDropboxが528人、Duolingoが契約社員をレイオフしたという報道があった。

 

具体的には、エンジニアのどのような作業がAIに取って代わってきたのだろうか。

 

各種レポートを統合すると、次の4つのタスクがAIによって侵食されてきているようだ。

 

  • CRUD系(データの作成・読み出し・更新・削除)実装とUIコンポーネント生成、軽量スクリプト

  • 単体テストと視覚回帰テスト(UIのスクリーンショット差分を比較し、レイアウト崩れを検出するテスト)の自動生成

  • ドキュメント整備・スタイル修正

  • 簡易デバッグ(1ファイル完結のエラー修正)

侵食されたタスク 根拠・理由 主な出典
CRUD・UI コンポーネント生成、軽量スクリプト LLM が自然文→コードをワンショット生成。特に Web/モバイル UI は 80% が LLM 補助に依存する傾向。 (Solutions Review, Anthropic)
単体テスト/視覚回帰テストの自動生成 テストケース自動生成ツールが人間より網羅率高。 (Solutions Review)
ドキュメント整備・リファクタ・静的解析修正 Copilot-like アシスタントがコメント挿入やコード整形を自動化。 (IT Revolution)
“簡易”デバッグ(1 ファイル完結のエラー修正) 79% が AI に丸投げの「自動化」パターン。 (Anthropic)

 

これらのタスクには①反復的で、②結果の良し悪しがテストで定量化でき、③入力も出力もデジタルで完結するという共通点がある。つまり、この3つの条件を満たす業務は、ほぼ例外なくAIに置き換わり始めている。

 

一方で、同じエンジニア領域でもAIの侵食が進まないタスクもある。複数のレポートをまとめると、AIに取って代わられないエンジニアの仕事は次の4つだという。

 

  1. システム/アーキテクチャ設計

  2. 大規模分散システムの性能チューニング

  3. セキュリティ・ガバナンスチェック

  4. ビジネス要件定義と利害調整

 

侵食されにくかったタスク なぜ抵抗線になったか 主な出典
システム/アーキテクチャ設計 実装が楽になるほど設計の重みが増大。AI は複雑な非機能要件間トレードオフをまだ評価できない。 (Solutions Review)
大規模・跨システムのデバッグ/性能チューニング 長い実行履歴、並列処理、外部依存が絡むと文脈がモデルのトークン上限を超える。 (LinkedIn, arXiv)
セキュリティ/ガバナンスレビュー 責任共有モデルや法的リスクを自律判断できないため、最終判断は人間。 (Medium)
ビジネス要件定義・利害調整 “あいまいさ” と組織政治が絡むタスクは依然として人間依存。 (Alvarez & Marsal)

 

このことから他職種にも共通する侵食パターンが見えてくる。

 

侵食されるのは、定型×大量×評価指標が明確なタスク。例えば契約ドラフト、運用レポート作成、カスタマーサポート一次回答などが次の標的と考えてよいだろう。

 

一方で世界経済フォーラム(World Economic Forum)のレポートなどによると、当面侵食されなさそうなのが、非定型×対人/意思決定責任を伴う領域。マーケティングのポジショニング戦略策定、法務リスク判断、医療診断最終判断などだ。

 

とはいえ、あくまでも「当面」という注釈がつく。技術進化が加速度を増す中、こうした領域がいつまで安全なのかは分からない。

 

止まることを知らない技術進化に、私たちはどう対処すればいいのだろうか。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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