AI業界に現れたNeoLab経済圏とNVIDIAという中央銀行

AI新聞

米OpenAI出身の研究者が立ち上げたばかりのAIスタートアップに、創業数週間で数十億ドルの評価額がつく。そんな異常な光景が、AI業界で繰り返されている。米テックメディアThe Informationによると、元OpenAI研究者Jerry Tworek氏が3月下旬に創業した米AIモデル開発企業Core Automationは、創業から約6週間で40億ドル前後の評価額を目指し、3億〜5億ドルの資金調達を進めている。同社はその数週間前に、すでに10億ドル評価で1億ドルを調達しており、そこには米半導体大手NVIDIAも参加していたという。まだ製品は出ていない。売上もない。それでも、元OpenAI、元Anthropic、元Google DeepMindの研究者が集まったというだけで、投資家の資金が殺到している。(The Information)

 

この現象を理解するキーワードが「NeoLab」だ。加AI特化VCのRadical Venturesは、NeoLabを「フロンティアAIラボ出身のエリート研究者が創業し、研究機関のような規模で資金を得る新しいタイプのAI企業」と説明している。外形はスタートアップだが、中身は私設研究所に近い。通常のスタートアップなら、まず製品を作り、ユーザーを獲得し、売上を伸ばしてから評価額が上がる。ところがNeoLabでは順番が逆だ。まずスター研究者がいる。次に巨大な評価額がつく。その資金でGPUを確保し、研究チームを作り、最後に製品を探す。Radical Venturesは、NeoLabの目標は短期の売上や顧客獲得ではなく、今後10年のAIを決める基礎的ブレークスルーだと説明している。(Radical Ventures)

 

Core Automationは、このNeoLabブームの最新事例だ。同社を率いるJerry Tworek氏はOpenAIで強化学習の仕事を率いた人物とされる。共同創業者には、元AnthropicおよびGoogle DeepMind研究者のRohan Anil氏、OpenAIでモデルの振る舞いや新しいAIインターフェースを担当していたJoanne Jang氏、Google DeepMind研究者のAnmol Gulati氏、元OpenAI Chief People OfficerのJulia Villagra氏が名を連ねる。The Informationによれば、同社が掲げる技術テーマは「継続学習」、つまり訓練後も実世界の経験から新しい技能や知識を学び続けるAIモデルだ。さらに、通常は複数段階に分かれるモデル訓練を一段階に統合することや、他社より少ない訓練データを使うことも構想しているという。(The Information)

 

ここで重要なのは、Core Automationが単に「次の大規模言語モデル」を作ろうとしているわけではない点だ。同社がまず狙っているのは、AIエージェントに自社の研究開発や製品開発を手伝わせることだとみられる。人間の研究者が仮説を立て、コードを書き、実験し、結果を見て改良する。この一連の作業の一部をAIに任せ、AI開発そのものを速く回そうとしている。これは、シンギュラリティ論で語られてきた「AIが自分自身を改良し始める」という構想の、より現実的な入口にも見える。完全に自律的な自己改良AIではない。だが、AIがAI開発の工程に入り込み、実験と改良のサイクルを加速し始めるなら、それは「自己改良型AI」へ向かう産業的な第一歩になる。

 

さらに同社は、その仕組みを産業自動化にも広げようとしているようだ。工場や製造現場でも、目標を設定し、状況を観察し、計画を立て、機械やソフトウェアを動かし、結果を見て改善するという流れは、AI開発と似ている。Core Automationの構想に「自己複製工場」のような野心的なビジョンが含まれるのは、AIが研究開発だけでなく、設計や製造の工程にも入り込む未来を見ているからだろう。つまり同社は、AI開発をAIで加速するだけでなく、その自律的な改善ループを産業にも応用しようとしているのだろう。

 

こうした発想は、Core Automationだけのものではない。英AI研究企業Ineffable Intelligenceは、元Google DeepMind研究者David Silver氏が立ち上げたNeoLabだ。TechCrunchによると、同社は創業から数カ月で11億ドルを調達し、評価額は51億ドルに達した。David Silver氏はAlphaGoやAlphaZeroで知られる強化学習の第一人者であり、Ineffable Intelligenceは人間が作ったデータを学習するのではなく、自らの経験から知識と技能を発見する「superlearner」を目指している。米VC大手Sequoia Capitalも同社への投資を発表し、「事前訓練も模倣もなく、行動の結果から学び続けるエージェント」と説明している。(TechCrunch)

 

米AI研究企業AMI Labsも同じ流れにある。TechCrunchによると、Metaを離れたYann LeCun氏が共同創業した同社は、10億3000万ドルを調達し、35億ドルのプレマネー評価額を得た。AMI Labsが狙うのは「世界モデル」、つまり言語だけでなく現実世界から学ぶAIだ。同社CEOのAlexandre LeBrun氏は、AMI Labsについて、3カ月で製品を出し6カ月で売上を立てるようなアプリケーション分野のAIスタートアップではなく、基礎研究から始まる非常に野心的なプロジェクトだと語っている。ここでも、投資家が買っているのは短期の売上ではなく、フロンティアラボ出身の研究者が別の技術パラダイムを切り開く可能性だ。(TechCrunch)

 

米AIスタートアップHumans&も、NeoLab経済圏を象徴する一社だ。TechCrunchによると、同社は創業から3カ月ほどで4億8000万ドルをシード調達し、評価額は44億8000万ドルに達した。創業メンバーには元Anthropic、元xAI、元Google、元OpenAI、元Metaなどの人材が含まれる。同社は、人間を置き換えるAIではなく、人間同士の協調を強めるAIを掲げ、長期的なマルチエージェント強化学習、記憶、ユーザー理解などに取り組むとしている。ここでも、製品より先に「研究テーマ」と「人材」に巨大な資本がついている。(TechCrunch)

 

さらに、米AI科学発見スタートアップPeriodic Labsもある。Bloombergによると、元OpenAIおよび元Google DeepMindの人材が創業した同社は、2026年3月時点で約70億ドルの評価額で数億ドル規模の資金調達を協議していた。前年9月のシードラウンドでは、Andreessen Horowitz、Felicis、Accelなどから3億ドルを調達し、評価額は13億ドルだったという。短期間で評価額が急騰している点でも、NeoLabブームの異常さをよく示している。(ブルームバーグ)

 

なぜ、こんなことが起きているのか。背景には、OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、Meta AIのようなAI大手の変質がある。かつてのOpenAIは、潤沢な資金を持つ研究者の実験場だった。だがChatGPT以降、OpenAIは巨大な消費者向けサービス企業になり、大企業向けにサービスを提供する企業、インフラ企業に進化しようとしている。AnthropicもGoogle DeepMindも同じだ。研究者にとっては、より多くの計算資源と給与を得られる一方で、研究テーマは会社の製品戦略、商用化、規制、安全対策、顧客要望に縛られる。Radical Venturesは、NeoLabの台頭を、大手AI企業内部の優先順位の変化、研究者の独立志向、そして各国が自国のAI基盤を確保しようとする「ソブリン(主権)AI」関連資金の流入が重なった現象と見ている。(Radical Ventures)

 

つまりNeoLabは、AI研究の「再分散」でもある。大手ラボが巨大企業化するほど、そこから飛び出した研究者は、自分たちの仮説を自由に試せる私設研究所を作ろうとする。投資家は、その研究者が次のOpenAIやAnthropicを作る可能性に賭ける。たとえ失敗しても、チーム自体に価値がある。大手テック企業による買収、人材引き抜き、技術ライセンスで回収できる可能性があるからだ。このため、NeoLabへの投資は、通常のスタートアップ投資というより、スター研究者と計算資源へのオプション投資に近い。

 

だが、このNeoLab経済圏をさらに面白くしているのは、NVIDIAの存在だ。The Informationは、NVIDIAがAI業界の「中央銀行」のように振る舞っていると表現している。これは比喩として非常に鋭い。AIスタートアップはGPUが必要だ。しかしGPUは高く、巨大クラスターの確保には数億ドル単位の資金がいる。そこでNVIDIAが有望なAI企業に出資する。その資金は、最終的にNVIDIA製GPUやNVIDIAを使うクラウドへの支払いに戻っていく。中央銀行が金融システムに流動性を供給するように、NVIDIAはAI産業に計算資源と資本を同時に流し込んでいる。

 

この構図は、OpenAIとの大型提携を見るとはっきりする。NVIDIAとOpenAIは2025年9月、OpenAIの次世代AIインフラ向けに少なくとも10ギガワット規模のNVIDIAシステムを展開する戦略提携を発表した。NVIDIAは、各ギガワットの展開に応じて最大1000億ドルをOpenAIに段階的に投資する意向を示している。Jensen Huang氏は、この提携について「10ギガワットを展開し、次の知能の時代を動かす」と述べた。Sam Altman氏も「すべてはcomputeから始まる。計算インフラは未来の経済の基盤になる」と語っている。これは単なる半導体販売ではない。NVIDIAが顧客に資本を供給し、その顧客がNVIDIAのシステムを買うという、資本と需要が循環する仕組みだ。(NVIDIA Newsroom)

 

この循環は、AIモデル企業だけでなく、AIデータセンター企業にも広がっている。Reutersは2026年5月、NVIDIAがAIデータセンター事業者IRENに最大21億ドルを投資する計画を報じた。IRENは最大5ギガワットのAIインフラを展開する構想を掲げている。もともとビットコイン採掘からAIクラウドへ軸足を移してきた企業であり、ここでもNVIDIAは「GPUを売る会社」から「AIインフラ経済圏を作る会社」へと役割を広げている。(Reuters)

 

つまり、いま起きているのはAIバブルというより、AI産業の金融化だ。NVIDIAはGPUというAI時代の最重要資産を握っている。だがGPUを売るには、買い手に資金が必要だ。買い手が育てば、NVIDIAの将来需要も増える。だからNVIDIAは、AIモデル企業、AIクラウド企業、AIデータセンター企業に資本を入れる。投資家は「NVIDIAが入ったなら、この会社はGPUを確保できるかもしれない」と見る。するとVC資金も集まりやすくなる。NVIDIAの投資は、単なる資金提供ではなく、信用創造に近い機能を持ち始めている。

 

しかし、このモデルには大きな弱点がある。GPUと資金を確保できても、人材を維持できるとは限らないからだ。NeoLabはスター研究者で始まる。だが、そのスター研究者はOpenAI、Google、Meta、Anthropicのような大手にとっても最重要資産だ。高い評価額をつけて資金調達に成功しても、大手が巨額報酬、巨大GPU、既存ユーザー基盤、研究環境を提示すれば、人材は戻っていく。

 

その象徴が、元OpenAI CTOのMira Murati氏が創業した米AI研究スタートアップThinking Machines Labだ。同社は創業後、巨額評価で注目を集めたが、その後に複数の共同創業者を失った。TechCrunchは、Humans&の大型調達を報じる記事の中で、Thinking Machines Labが20億ドルを調達し、120億ドル評価を得た一方で、創業チームの半分が数カ月で離脱したと指摘している。巨大資本と有名研究者を集めても、チームを維持できるとは限らない。(TechCrunch)

 

Safe Superintelligenceの例も同じ文脈で読める。Reutersによると、OpenAI共同創業者のIlya Sutskever氏が立ち上げた米AI研究企業Safe Superintelligenceでは、CEOだったDaniel Gross氏がMetaに移り、Sutskever氏自身がCEOを引き継いだ。Reutersは、MetaがSafe Superintelligenceの買収も試みたが、Sutskever氏が拒んだとも報じている。ここでも、NeoLabは独立した研究組織であると同時に、巨大企業の買収・採用ターゲットになっている。(Reuters)

 

より古い例では、米Character.AIがある。Reutersによると、Googleは2024年、Character.AIの大規模言語モデルを利用する非独占ライセンス契約を結び、共同創業者のNoam Shazeer氏とDaniel De Freitas氏をGoogleに戻した。The Informationは、この契約を27億ドル規模と報じていた。これは会社全体の買収ではない。技術ライセンスと人材獲得を組み合わせた、いわば「疑似買収」だ。規制当局による大型買収への監視が強まる中で、巨大テック企業は会社を丸ごと買わずに、必要な技術と人材だけを取り込む手法を使い始めている。(Reuters)

 

ここで見えてくるのは、NeoLabの皮肉な立場だ。NeoLabは大手AI企業に対抗するために生まれている。しかし同時に、大手AI企業にとっては最高級の人材プールにもなっている。OpenAIやMeta、Googleのような企業は、自社を離れた研究者が外部でどんな新しい仮説を試しているかを見ている。そして有望だと判断すれば、高額報酬、巨大GPUクラスタ、既存ユーザー基盤、買収や技術ライセンス契約を組み合わせて、その人材や技術を再び取り込むことができる。スタートアップ側から見れば、これは人材流出だ。大手側から見れば、外部化された研究開発の再吸収だ。

 

この流れを一言でいえば、AI競争の希少資源が「モデル」から「人材と計算資源の束」へ移っているということだ。モデルの性能だけなら、ベンチマークで比較できる。しかし、次のモデルを作る研究者、学習に必要なGPU、データセンターの電力、訓練を回す資金、そして研究成果を製品に変える配布網は、簡単には比較できない。NeoLabはこの希少資源を一気に集めようとする試みだが、同時にその脆さも抱えている。GPU価格が上がれば資金はすぐに溶ける。研究者が抜ければ、会社の価値そのものが揺らぐ。製品が出る前に評価額だけが膨らめば、次の資金調達はさらに難しくなる。

 

Core Automationの40億ドル評価をめぐる話は、だから単なる景気のいいスタートアップニュースではない。これはAI産業の新しい構造を示している。第一に、OpenAIやAnthropicの成功が、研究者独立ブームを生んでいる。第二に、その独立研究所群を支えているのは、VCだけでなくNVIDIAのようなインフラ企業による資本供給だ。第三に、しかしスター研究者は流動的であり、NeoLabは大手に対抗する存在であると同時に、大手に飲み込まれる危険も抱えている。

 

この先、NeoLabの中から本当に次のOpenAIが生まれる可能性はある。大手が見落とした技術仮説を、小さな研究チームが突破することは十分にあり得る。Core Automationの継続学習や単一段階訓練、Ineffable Intelligenceの経験から学ぶAI、AMI Labsの世界モデル、Humans&の人間中心マルチエージェント、Periodic Labsの科学発見AIは、いずれも「AIをもっと大きくすればもっと賢くなる」という従来の路線とは違う方向を探っている。AIが経験から学ぶ、現実世界を理解する、複数のAIが協調する、科学実験を自動化するといった新しい仮説に賭けているのだ。AI研究は、単なる規模拡大競争から、多様なアイデアを試す競争へ戻りつつある。その受け皿がNeoLabなのだ。

 

だが現時点で市場が買っているのは、実績ある製品ではなく、研究者の履歴書と計算資源へのアクセスだ。NeoLab経済圏の本質は、技術楽観と資本循環と人材争奪が一体化した、新しいAI産業の賭けである。AIの主戦場は、もはや「どのモデルが一番賢いか」だけではない。誰が研究者を集め、誰がGPUを押さえ、誰が資本を循環させ、誰が人材流出に耐えられるか。NVIDIAが「中央銀行」として振る舞い、OpenAIやMetaが人材を引き戻し、NeoLabが巨額評価をつけて独立する。この三つ巴の動きこそ、いまのAI産業を読むうえで最も重要な構図だ。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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