フィジカルAIは生成AIの延長ではない=競争はAIからOSへ

AI新聞

急速な進化を続ける大規模言語モデル(LLM)を中心とする生成AI。進化の延長線上にあるように語られているフィジカルAI。特に日本では、製造業や物流の現場に生成AIを組み込み、生産性を引き上げることで経済再生につなげようという期待が急速に高まっている。この波に乗れば、日本経済も再生できるのではないか――そんな期待だ。

しかしいすゞ自動車株式会社と組んで日本の物流ルートで自動運転トラックの実証実験を行っている米自動運転ソフト企業Applied IntuitionのCEOであるQasar Younis氏はこのほど、人気ポッドキャストLatent Spaceに登壇。今の言語モデルを中心とする生成AIは、現実世界に出た瞬間、全く別の制約に直面することになると指摘する。

生成AIは、確率的に最もそれらしい答えを返すモデル。生成AIは、ときには嘘をつくこと。それでも使われ続ける。「ほとんどの場合において正しくて、しかもその回答が秀逸」だからだ。しかし自動運転のようなフィジカルAIは「ときには死亡事故を起こすが、ほとんどの場合において安全」ということは許されない。

もちろんAIである以上100%完璧は無理だが、生成AIに比べると非常に高い信頼性を求められる。99.999%のように、いくつ9を繋げられるかが実用化の条件になる。

さらに大きな違いは、ボトルネックの所在だ。生成AIの世界ではAIモデルの性能向上が中心課題だったが、フィジカルAIではそれだけでは不十分だ。センサーからのデータをミリ秒単位で処理し、限られた電力で動作し、異常時には安全に停止する。こうした制約の中でAIを動かすには、モデル以上にシステム全体の設計が重要になる。

この点について、同社CTOのPeter Ludwig氏は、現在の産業を「Android以前のスマートフォン」に例える。各社それぞれがマシンを動かすためのソフトウェアを独自に開発しているため、共通基盤がない。Android、iOSのようなOS(基本ソフト)が存在しない状態だ。ほとんどのマシンに搭載されているOSがあれば、同じAIでそれらのマシンを動かすことが可能になる。なので同社では、フィジカルAI時代のOSの開発にも力を入れているという。

もう一つ見落とされがちな論点が「検証」だ。モデルが賢くなるほど、どこで誤るのかが見えにくくなる。現実世界では一度の失敗が重大事故につながるため、シミュレーションを使った大規模な検証が不可欠になる。だがそのシミュレーション自体も、高速かつ低コストで回せなければ意味がない。結果として、AIの性能だけでなく「検証できるかどうか」が競争力を左右する領域になっているという。

この議論が示唆するのは、AIの競争軸がすでに変わり始めているという事実だ。AIモデルの賢さを競う段階から、それを現実世界で安全に動かすためのシステム設計と運用能力へ。そういう意味では、フィジカルAIは、生成AIブームの延長ではなく、その次のフェーズを先取りしているとも言える。

ちょうど生成AIの領域でも、競争軸は変わりつつある。AIモデルの賢さそのものではなく、それを組織の中でどう動かすか、どう管理し、どう検証するか。その設計力が問われ始めている。

フィジカルAIでマシンのOSが求められるように、企業には「組織のOS」が求められ始めた。【関連記事】AIエージェント戦争③コントロールプレーンとは何か

 

AIはモデル単体では価値を生まない。それをどう動かすか――つまりOSこそが、次の競争を決めるのだ。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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