
OpenAIとGoogleが、AIエージェントの共通プロトコル(通信規約)であるMCP(Model Context Protocol)を正式にサポートすると発表した。MCPはAnthropicが開発した通信規約だが、競合関係にあるAI大手がサポートすることでMCPが業界標準プロトコルになることが事実上確定した。異なる開発者が構築した複数のエージェントが連携・協力可能なマルチエージェントの時代が始まろうとしている。
マルチエージェントシステムとは何か
マルチエージェントシステム(MAS)とは、共通または個別の目標を達成するために協調する複数の自律エージェントから構成されるシステムのこと。ついでにエージェントも定義しておくと、ユーザーに代わってタスクを実行するプログラムという定義が一般的になりつつある。これまでの生成AIがユーザーの質問に答えるチャットボット的なものが主流だったが、これからはユーザーの命令に従ってアクションを起こすことができるAIが増えてくるわけだ。しかもそうしたエージェント同士が協力し合って、複雑なタスクをこなすようになる。それがマルチエージェントシステムというわけだ。
これまでAI大手各社がマルチエージェントシステムの構想を発表してきたが、どれも自社の開発環境の中で作られたエージェント同士はコラボできる仕組みばかり。競合他社が開発したエージェントとはコラボできなかった。
ところがAnthropicが開発したプロトコルに、競合社も準拠することで、企業の垣根を超えたエージェント間のコラボが実現することになったわけだ。
マルチエージェントの利点
単独のAIエージェントと比較して、マルチエージェントシステムにはいくつかの明確な利点がある。
まず、複雑な問題に対処しやすくなるという点が挙げられる。たとえば、それぞれ異なる専門性を持ったエージェントが連携することで、一つのエージェントでは解決が難しい大規模なタスクにも柔軟に対応できるようになる。
また、複数のエージェントが同時に作業を進められるため、全体の仕事のスピードが大きく向上する。これにより、たくさんの作業を短時間でこなせるようになり、作業全体の効率も高まる。
さらに、あるエージェントに問題が起きた場合でも、別のエージェントが代わりに作業を引き継ぐことができるため、システム全体が止まることなく、継続的に動き続けられるという強みもある。これは、トラブルが発生してもサービスを安定して提供し続けるうえで大きな安心材料となる。
そして、エージェント同士がまるで人間のチームのように、それぞれの得意分野を活かして役割を分担しながら動くことで、作業全体がスムーズに進むようになる。たとえば、あるエージェントが顧客からの問い合わせを受け取り、別のエージェントがその問い合わせに関連する情報を社内データベースから探し出し、さらに別のエージェントが回答を組み立ててユーザーに提示する、といった具合だ。このような連携がうまく機能すれば、人手をかけずとも自然で効果的な対応が可能になる。
主な用途
具体的な活用例として、以下のような応用が期待される。また、研究や物流、個人支援だけでなく、他の分野でもマルチエージェントシステムは重要な役割を果たし始めている:
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研究開発:仮想ラボ形式でAI同士が専門性を活かして科学研究に挑む。たとえば、あるAIが物理学のシミュレーションを担当し、別のAIがデータ解析を行い、さらに別のAIが研究文献の探索と要約を担当する。こうした協調的な役割分担により、人間研究者の支援や補完を行い、医薬品の設計や気候モデルの構築など、高度な研究が加速する。実際に、SARS-CoV-2ナノボディの設計に成功したAI仮想ラボの事例も存在する。
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サプライチェーン:物流ネットワークの各ポイントに配置されたAIエージェントが、在庫状況の監視、配送ルートの最適化、需要予測などの異なるタスクを担い、リアルタイムで連携する。たとえば、小売店の在庫が減った際には補充を指示するエージェントが即座に製造側に通知を出し、生産スケジュール調整のエージェントと連携して出荷準備を行う。これにより、ボトルネックや遅延を未然に防ぎ、全体最適な供給体制を実現する。
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パーソナルアシスタント:個人ユーザー向けに複数のエージェントが役割分担し、生活や仕事をサポートする。たとえば、スケジュール管理エージェントが会議のリマインドや移動時間の調整を行い、購買支援エージェントがユーザーの好みに応じた商品を提案し、情報収集エージェントが関連ニュースや資料を集約する。これらのエージェントは、ユーザーの行動や嗜好に基づいて相互に連携し、よりパーソナライズされた体験を提供する。
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教育:AIエージェントが学習者の理解度や関心に応じて個別最適化された学習体験を提供する。たとえば、あるエージェントが数学の問題を出題し、別のエージェントが解説し、さらに別のエージェントが学習履歴を記録・分析することで、パーソナライズされた学習サポートが実現する。複数のエージェントが連携することで、家庭学習や遠隔教育の質が大きく向上する。
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医療・ヘルスケア:診断支援、病歴管理、投薬提案など、各機能を分担するAIエージェントがチームとして連携し、患者のケアを支援する。たとえば、診察前に症状を聞き取るエージェントと、診断補助を行うエージェント、電子カルテを更新するエージェントが連携することで、医師の負担を軽減し、より迅速で正確な医療提供が可能になる。
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金融:ポートフォリオ管理、リスク評価、市場予測などの役割を担うエージェントが連携し、投資家や金融機関を支援する。たとえば、あるエージェントが株式市場のニュースを収集し、別のエージェントがリスクスコアを算出し、さらに別のエージェントが最適な投資アドバイスを提示する。このようにマルチエージェントで構成されたシステムは、より精緻でリアルタイムな金融判断を可能にする。
主な課題
マルチエージェントシステムの発展には多くの可能性がある一方で、いくつかの重要な課題も存在している。
まず技術面では、エージェントの数が増えるにつれて、それぞれの間のやり取りや連携がどんどん複雑になり、全体のバランスを保つのが難しくなるという問題がある。また、異なる会社や開発者によって作られたエージェント同士がうまく協力するためには、共通のルールや言語のようなもの、つまり標準プロトコルが必要になる。そうした標準が整っていないと、まるで言葉の通じないチームが一緒に働くような状態になってしまい、うまく機能しない。今回、この標準プロトコルに有力各社が合意したわけだが、これでどの程度スムーズな連携が可能なのだろうか。スムーズな連携を可能にするにはさらにどのような仕組みが必要なのか。それがこれからの課題といえそうだ。
さらに、エージェント同士の関係や動きが複雑になると、それらを管理して全体の一貫性を保つには高度な設計力が必要になる。たくさんのエージェントに対して、それぞれの仕事をどう割り当てるかという問題もある。特に状況がどんどん変わる現場では、リアルタイムに柔軟に仕事の割り振りを変えていくための仕組みが求められる。
一方、社会的・倫理的な観点からも課題がある。たとえば、AIに人間のような判断をさせる場面では、その判断が倫理的に問題ないかどうかをどう担保するかが問われる。医療や教育のように人の生活に直接関わる分野では、こうした点に特に慎重な設計が必要になる。
また、多くのエージェントがさまざまな個人情報や機密データを扱うようになると、情報漏洩や不正アクセスのリスクも高まる。そのため、しっかりとしたセキュリティ対策やプライバシー保護の仕組みが不可欠となる。近年では、ブロックチェーンやマルチパーティ計算(MPC)といった新しい技術の活用も注目されている。
MCP準拠の意義
OpenAIとGoogleがAnthropic提案のMCPを支持したことで、マルチエージェントの共通言語が実質的に確立された。
MCP(Model Context Protocol)は、LLMが外部ツールやデータソースと連携するためのオープンプロトコルであり、AIアプリにとっての“USB-C”のように、どのデバイスともつなげられる標準的な接続方法のような役割を果たす。異なるメーカーの機器でも共通の端子でつなげられるように、MCPにより多様なAIが同一の方法でツールやデータとつながれる。
MCPの登場以前は、開発者は独自の方法でLLMと外部ツールを接続する必要があった。MCPに対応すれば、一度サーバーを構築すれば他のLLMとも簡単に接続可能となり、再利用性と相互運用性が大きく向上する。
OpenAIとGoogleの支持により、より多くの開発者がMCP準拠のエージェントやツールを開発する動機が高まり、エコシステム全体の発展が加速すると期待される。これは、相互運用性の向上のみならず、セキュリティや信頼性の向上にも貢献する。
AIが単独で活躍する時代から、複数のエージェント間の連携・協調によって大きな課題に挑む時代への移行が始まった。解決すべき課題は多いが、標準化と技術革新が進めば、それらも克服されていくはず。マルチエージェント時代の本格的な幕開けが、いよいよ始まろうとしている。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。