OpenAIが考えるAI時代の覇権の取り方

AI新聞

AI時代の覇権をめぐる戦い方が目まぐるしく変化している。大規模言語モデル(LLM)の開発競争でトップを走り続けることこそが覇権獲得につながると見られていたが、前回の記事「中国モデルの攻勢で戦略転換を迫られる米AI大手」にあるように、米AI大手はLLMよりもプロダクト開発に力を入れ始めた。そんな中、OpenAIのCEOのSam Altman氏が最新のインタビューで、AI時代に覇権を取るのに必要なのは最先端のモデルではなく、数十億人のユーザーを抱えるサービスだという考えを明らかにした。

 

同氏の発言を要約すると覇権と取るのに必要な要素は3つ。1つは複数の超人気サービスを持つ巨大インターネット企業という組織、サービス形態。2つ目はデータセンターなどのAIインフラ。3つ目は最先端モデル。「これが価値を生み出すのに不可欠な3つの要素」だと言う。

 

3つ目の最先端モデルは、同社がこれまでやってきたことだ。正確には同氏は次のように語っている。「3つ目は、実際に最善の研究を行い、最善のモデルを生み出すことです。(中略)ただ非常に最先端のモデルを除いて、ほとんどのモデルはすぐにコモディティ化すると思います」と語っている。簡単に追いつかれる可能性があるものの、それでも引き続き最先端モデルの研究開発を行うしかないと言っているわけだ。

 

2つ目のAIインフラの話は、正確には「推論スタック」という表現を使っている。「もう一つは推論スタックです。つまり、最も安価で豊富な推論をいかにして実現するかということです。チップ、データセンター、エネルギー、興味深い金融工学を行う必要があり、それらすべてが必要です」というのが、Altman氏の表現だ。

 

少し解説したい。AIモデルには、半導体やサーバー、ネットワーク機器などのハード機器に加えて、それらを動かす電力などが必要になる。これらを合わせて「計算資源」という言葉で表現されるが、計算資源はAIモデルの2つのプロセスで必要になる。1つは「学習」と呼ばれるプロセスで、文字通りAIに大量のデータを読み込ませ、その中のパターンを学習させるためのプロセスだ。もう1つは「推論」と呼ばれるプロセス。学習済みのAIモデルを使って実際に計算して答えを出させるプロセスのことだ。

 

学生時代の勉強に例えると、例えば「学習」は期末試験の2週間前から自宅で毎晩勉強するようなもの。一方の「推論」は学校へ行って期末試験を実際に受けるようなものだ。どちらの方が頭を使うかというと2週間前から毎晩2、3時間かけて勉強する方が知的労働としては大変で、期末試験は1時間という制限時間内だけの知的労働となる。同様にこれまでのAIも「学習」プロセスに大量の計算資源が必要で、「推論」にはそれほど多くの計算資源が不要だと考えられていた。

 

しかしAIが社会経済活動のあらゆる場面で利用されるようになれば、推論のための計算資源が大量に必要になってくる。需要の拡大に合わせて大量の計算資源をできるだけ安価に安定して共有するためのインフラが必要になる。そのために金融工学の手法も利用できるかもしれないというのが同氏の考えだ。

 

AIの推論需要は、時間帯、アプリケーション、ユーザーの属性によって大きく変動するだろう。その変動する需要に対して、限られた供給を最適に配分し、無駄をなくす必要がある。金融工学では将来の不確実な需要や供給に対するリスクヘッジの方法として、先物契約やオプションのような仕組みがあるが、こうした仕組みや考え方を計算資源の運用にも当てはめられるというのが同氏の指摘だ。

 

OpenAIがソフトバンクと組んで、データセンターや発電所などのAIのためのインフラを作るという総額5000億ドルのStargateプロジェクトは、Altman氏の言う推論スタックだし、それ以外にもOpenAI単体でデータセンターを構築する計画が報道されている。

 

さて最後に残った巨大インターネット企業というのが、今回のインタビューで初めて明らかになったOpenAIの目指す方向性だ。Altman氏は次のように語っている。

 

戦略的優位性があると思うのは、巨大なインターネット企業を構築することです。それは、いくつかの異なる主要サービスの組み合わせであるべきだと思います。ChatGPTのようなサービスはおそらく3つか4つあり、それらすべてを1つのバンドルサブスクリプションで購入することになるでしょう。あなたの人生、長年の付き合いを通じてあなたを知るようになったパーソナルAIで他のサービスにサインインし、そこで使用できるようになるでしょう。AGIの使用方法に最適化された、驚くべき新しい種類のデバイスが登場すると思います。新しい種類のWebブラウザーが登場し、そのクラスター全体が出現し、誰かがAIを中心に価値ある製品を構築するでしょう。これが1つです。

 

前回の記事でも米国AI大手が基盤モデルからプロダクトへと軸足を移したという話をしたが、OpenAIはChatGPTのように広く万人に利用されるプロダクトをあと2、3個ほど作りたいと考えているようだ。どのようなプロダクトを作ろうとしているのだろう。最近人気なのがDeep Researchと呼ばれるリサーチエージェントだ。他にはプログラミングも文章編集も可能なCanvasと呼ばれる機能の改良に力を入れているという情報もある。

 

何が万人向けのプロダクトになるのか現時点ではまだ明らかにしていないが、3つ4つのプロダクトをバンドルにして有料ユーザー向けに提供するという計画なのだろう。

 

そうしたバンドルサービスの中に含まれるのかどうかは分からないが、個人のあらゆる情報と連携して個人秘書のような役割を果たすパーソナルエージェントというものも開発しようと考えているようだ。ECサイトでもメディアサイトでも、そうしたパーソナルエージェントを通じてログインできるようになり、そうしたサードパーティのサイトからの情報も統合することで、パーソナルエージェントはますます賢くなっていく。

 

パーソナルエージェントは、OpenAIのみならずMeta、Apple、Googleなど大手IT企業はどこも開発を進めていると見られているAI時代最大の戦場だ。MetaのMark Zuckerberg氏は、「2025年はユーザー数が10億人のパーソナルエージェントが誕生する勝負の年」と話しており、最初にそれを実現できた社が、今後何年間も有利な地位に立つことができると語っている。

 

Altman氏は「驚くべき新しい種類のデバイスが登場する」と語っているが、同氏はAppleの有名デザイナーだったJony Ive氏と新たなデバイスの開発を進めていることを過去に明らかにしており、それをいよいよ発売する時期が近づいているのかもしれない。また「新しい種類のWebブラウザーが登場する」とあるが、GoogleのブラウザChromeの開発メンバーを雇用したので、ブラウザー開発にも力を入れているのは間違いない。

 

OpenAIの次世代基盤モデル「GPT-5」は年内リリースの予定らしいが、「GPT-5」の性能よりも、ChatGPTとユーザー数で並ぶほど人気になるプロダクトがどのようなものになるのか、AIネイティブのデバイスがどのようなものでいつリリースされるのか、パーソナルエージェントがいつリリースされるのかなどに注目していきたいと思う。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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