日本企業は中国製AIの利用に慎重だとされる。しかしその間にも、企業によるAI活用の現場では大きな変化が進行している。性能面では依然として米国のクローズドモデルが上位を占めるものの、実際の利用量では中国発のオープンモデルが急速に存在感を高めている。
この変化を象徴するのが、NVIDIAのCEO、Jensen Huang氏の発言だ。「年収50万ドルのトップエンジニアには、25万ドル相当のトークン消費を認めるべきだ」。AIモデルの利用料であるトークンが、人件費と同列に語られ始めている。シリコンバレーでは実際に、求人広告に給与額とともに「利用可能なトークン量」を明記する企業も増えているという。
これは単なるコストの話ではない。AIが実質的に「労働力」として扱われ始めたことを意味する。どれだけ優秀な人材を採用するかと同様に、どれだけAIを働かせられるかが、企業の生産性を左右する時代に入りつつある。
では、そのAIはどのモデルが選ばれているのか。

AIモデルの性能比較サイト「Artificial Analysis」によると、最上位には依然としてAnthropicのClaude Opus 4.6といったクローズドモデルが位置している。しかしその直下には、DeepSeekやKimiといったオープンウェイトモデルが並び、推論やコーディングなどの重要タスクにおいても一線級の評価を獲得している。かつてのように「業務用途ならクローズドモデル一択」という状況は、すでに崩れ始めている。
性能差が縮まると、企業の意思決定は一気に変わる。わずかな精度の差よりも、同じ処理を何倍回せるかが重要になるからだ。AIの価値は「1回の精度」ではなく「何回回せるか」で決まる。そのとき決定的な意味を持つのがコストである。
この構造変化を如実に示しているのが、AIモデルのAPI接続を一元管理するプラットフォーム「OpenRouter」のデータだ。同サービスは300以上のモデルを提供し、500万人以上の開発者や企業エンジニアが利用している。ここで公開されている「LLMリーダーボード」は、ベンチマークではなく、実際のAPI利用に基づく“実需”を反映したランキングだ。

2026年3月20日時点のトークン消費量ランキングでは、上位4モデルを中国のオープンモデルが独占し、トップ10のうち6モデルが中国オープンウェイトモデルとなった。一方で、米国のクローズドモデルはAnthropicとGoogleのみにとどまる。
この結果が示すのは明確だ。企業ユーザーは、モデルの出身国やブランドではなく、「コストパフォーマンス」を基準に選択し始めている。オープンモデルは同等性能のクローズドモデルと比べて、数分の一から数十分の一のコストで利用できるケースも多く、利用量が増えるほどこの差は決定的になる。
もっとも、このデータだけで「中国モデルが完全に主流になった」と結論づけるのは早い。OpenRouterはAPI利用に特化しており、ChatGPTやGeminiのようなコンシューマー向けサービスの利用は含まれていない。また、中国系モデルの一部は低価格戦略や無料枠の拡充によってトークン消費量が増えやすい側面もある。
それでもなお、方向性は明らかだ。企業によるAI利用が拡大すればするほど、コストの重要性は指数関数的に高まる。中国製モデルであっても、日本国内のクラウドや自社サーバーに導入すればデータを国外に出さずに運用することは可能であり、すでに米国企業の間ではモデルの「国籍」へのこだわりは薄れつつある。
AIの主戦場は、性能競争からコスト競争へと移行し始めた。企業が最終的に選ぶのは「最も賢いAI」ではなく、「最も多く働けるAI」になる可能性が高い。コスト優位性を武器にした中国オープンモデルの台頭は、この構造変化の中でさらに加速していくとみられる。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。