もう人類はAGIの時代に入っているのかも

AI新聞

AGI(汎用人工知能)とは何かという問いに対して、さまざまな定義が存在する。一般的には「人間と同等またはそれ以上の知能を持つAI」とされるが、その具体的な基準や要件については統一された見解がない。たとえば「経済的に価値のある仕事のほとんどをこなせること」であるとか「博士号取得者レベルの知能を持っていること」「人間の認知タスクのほとんどが可能なこと」など、人によって条件が異なる。なのでどこまで満たせばAGIと呼べるのかは不明確だし、いつAGIが実現するのかという予測も人によって大きく異なる。

 

例えばOpenAIはAGIを「ほとんどの経済的に価値のある仕事において、人間を上回る高度に自律的なシステム」と定義している。OpenAIのCEOのSam Altman氏当初はこの定義に従って、AGIと呼ぶことのできるAIモデルをいつか開発できるはずだと考えていたという。ところが昨年10月に開催された同社の開発者向けイベント「OpenAI Dev Day 2024」で同氏は、「AGI時代は1つのAIモデルの登場で突然始まるのではなく、連続的な進化のフェーズを経て、気がつけばAGI時代に入っていたというものになると思うようになった。今既にその連続的進化のフェーズに入っている」「AIエージェントの時代になると、びっくりするくらい能力が向上し、多くの人はこれこそがAGIだと思うようになるかもしれない」と語っている。また11月19日のインタビューで、「2025年、あなたは何に興奮していますか?何がくるのでしょうか?」という質問に対して、「AGIですね。AGIに興奮しています」と答えている。今年はAIが自分で考えて行動を起こすAIエージェントに進化する、と言われている。プログラマーに変わってコードを書くコーディングAIエージェントや、リサーチャーに代わって時間をかけてリサーチするDeep ResearchなどのリサーチAIエージェントも登場している。こうしたAIエージェントを使ってみて「これこそ未来。これこそAGIだ」という意見がX(旧twitter)上で散見されるようになってきた。今後いろいろな領域においてAIエージェントが登場すれば、今まさにAGIの時代に入ったと感じる人も増えてくるかもしれない。

 

一方でAnthropicのCEOであるDario Amodei氏は、AGIという言葉が人によって定義が違うことから、AGIのようなものをパワフルAIという言葉で形容している。同氏が2024年10月に発表したエッセイ「Machines of Loving Grace」によると、パワフルAIは、「特定のタスクに限定されず、幅広い分野や問題に適用できるAIで、人間の能力を多くの面で凌駕する可能性を持つもの」。特に、医学、精神衛生、経済発展、政治など、様々な分野で根本的な進歩を促し、地球規模の課題解決に貢献するようになれば、それをパワフルAIと呼んでもいいだろう、としている。そして実現する時期に関しては「2026年。ただし、もっと時間がかかる可能性もある」と書いている。OpenAIのAltman氏が一般ビジネスマンが驚くレベルでもAGIの始まりと考えているのに対し、Amodei氏は物理学で博士号を持つ学者だけあってか、学問レベルで成果を出し始めたらAGIと考えているようだ。

 

Google DeepMindのDemis Hassabis氏は2025年1月に行われたインタビューで、AGIを「人間が持つすべての認知能力を示すことができるシステム」と定義。「まったく新しい科学分野を発明できるか?それまで存在しなかったものを創造できるか?それができたとき、しかも一度きりではなく、繰り返し、安定して実現されるようになったとき――それが、私がAGIに到達したと言えるタイミングだと思います」と語っている。その具体的な実現時期に関しては「まだ数年はかかる」という見通しを語っている。Hassabis氏は認知神経学の博士号を持っているので、人間と同等の認知能力を持つということをAGIの定義にしているようだ。

人間の脳の仕組みはまだほとんど分かっていないと言われる。それなのに人間と同じ認知能力を持つAIを作ることなどできるのだろうか。スタンフォード大学のAndrew Ng教授は半年ほど前のインタビューで「その定義に基づくAGIの実現には、まだ何十年もかかると思います。もしかすると、それ以上かもしれません」と語っている。「数年以内にAGIが来るといった誇大な話が出ている理由の一つは、一部の企業がAGIの独特な定義を使っているからです。もしAGIの定義をとても低いハードルに設定するのであれば、1〜2年で実現できると言えてしまうでしょう。しかし、人間ができるすべての知的タスクをこなせるAIという標準的な定義を使うなら、まだ何十年も先の話だと思います」と指摘している。

 

MicrosoftのCEOであるSatya Nadella氏は2025年2月のインタビューで、こうした議論さえ無意味だと語っている。その理由は「認知労働は変化し続けるから」。「今日存在する認知労働がAIエージェントによって全て自動化されても、人間は別の認知労働に関わるようになる。そしてその認知労働が自動化されても、また別の認知活動をするようになる。人間の認知活動は変化し続ける。なので、認知活動の自動化をAGIの定義にするのは意味がない」としている。今ある繰り返し作業の多くはAIにより自動化される。その作業がなくなれば、人間はより複雑な判断が必要な仕事をするようになる。それさえも自動化されても、人間はまた別の仕事に取り掛かるだろう。AIエージェントが仕事を手助けしてくれるようになれば、今は解決策がビジネスとして成立しないような社会課題に取り組めるようになる。全ての認知活動の自動化をAGIの定義にする限り、AGIは実現しそうにない、というわけだ。

 

結局のところ、AGIの定義が曖昧なまま多様な見解が存在する今の状況では、「AGIに到達した」と宣言できる明確な瞬間は訪れないのかもしれない。そして、そのあいまいな過程の中でAIは加速度的に進化し、誰もが「これはもうAGIだ」と思う頃には、すでにAIの知力が人類を遥かに超えるようになっているのかも。Altman氏のいうように、AGIの時代と呼ばれるような連続的な進化のフェーズに、我々人類は既に入っているのかもしれない。そのフェーズがあと何年、何十年続くのかは分からないけれど。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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