Microsoftがゲーム大手を7.8兆円で買収。メタバースにその価値はあるか

AI新聞

 

 

米Microsoftが「コール・オブ・デューティー」などの人気ゲームを手がける米ゲーム大手Activision Blizzardを日本円にしておよそ7兆8000億円で買収すると発表した。Micorosoftにとっては過去最高の買収になる。一般的には、メタバースへの進出をにらんでの買収という解説が多いが、果たして今のメタバースにその価値はあるのだろうか。私は短期的目的と長期的目的の2つの理由から、Microsoftは買収を決めたのではないかと考えている。

 

メタバースはFacebookが社名をMetaに変更してまで取り組もうとしている事業。同社がここまで本気なのだから可能性があるのではないかということで、ちょっとしたバズワードになっている。年明けにラスベガスで開催された世界最大級の見本市Consumer Electronics Show(CES)でも、メタバーズ関連の出展で盛り上がっていたようだ。

 

メタバースとは、少し前まで「仮想現実」と呼ばれていた事業領域。2000年代にSecond Lifeが、2010年代に日本ではアメーバピグが「仮想現実」として一時流行したが、やがて下火になった。今回はVRゴーグルというデバイスの進化という違いがあるものの、内容的にはSecond Lifeやアメーバピグと、そう大きく変わっていない。なのに今、なぜメタバースにこれだけ期待が高まっているのか。Facebookが盛り上げようとしていること以外に、ブームになる理由が私には分からない。

 

以前のブームとの違いに言及している人がいないか、いろいろ調べてみた。ニューヨークタイムズ出身の有名記者たちが脱サラし自分たちで立ち上げたRe:Codeというブログメディアに「Why you should care about Facebook’s big push into the metaverse(なぜFacebookのメタバース事業参入を無視すべきではないのか)」という記事があったので、読んでみた。長文だったが、結論は「Facebookがこれだけの資金を投入するのだから、何か勝算があるのだろう」というようなものだった。

 

今年がメタバースの本格幕開けの年だと言う人がいるが、とてもそうは思えない。CESで展示されていたメタバース関連製品やサービスのほとんどは、1、2年後に消えて無くなっているのではないだろうか。人間は、メタバース内での活動が中心となり、リアルな現実の活動が二次的になるという「メタバースと現実社会の主従逆転」を主張する人もいるが、今の時点でそんなことが起こりそうには到底思えない。

 

ただゲームは別だ。

 

ゲーム自体が仮想空間になり、その中の経済活動は拡大の一途を辿っている。米有力ベンチャーキャピタルAndreesen & Horowitzのポッドキャストa16zによると、ゲームしているだけでゲーマーが収益を得ることができるゲームが増えてきているという。こうしたゲーム系メタバーズは「play to earn」と呼ばれ、長い時間プレーしたメンバーにはコミュニティーの盛り上げに貢献したとして、主催者から新規加入者の入会金の一部が支払われるのだという。

 

米IT評論家のShelly Palmer氏によると、こうしたメタバースからの収入だけで生活する若者が増えているという。こうした若者は、定職につかずにお金が必要なときだけメタバースで稼ぐのだという。同氏によると、こうしたライフスタイルは「ねそべり(lying flat)族」と呼ばれ始めているのだという。

 

MetaのCEO、Mark Zuckerberg氏の思い描くメタバースの原型が、ゲーム系メタバースの中には既に存在するわけだ。

 

だからと言って、7兆8000億円の投資の価値のある領域かというと、現時点ではそんなことはない。

 

ではなぜMicosoftはこれほどまでに巨額の投資をしたのか。私は短期的目的と長期的目的の2つの意味での先行投資だと思う。

 

短期的目的は、やはりゲームプラットフォームの独占だ。

 

テレビという娯楽の形が下火になり、ネット上での映画、音楽、ゲームといった娯楽へと若者の軸足が移動している。

 

映画やドラマはNetflixに代表されるようなコンテンツプラットフォームが力をつけてきている。各国の製作チームに膨大な資金を与えて最高の作品を作る。作った作品は、翻訳字幕をつけて世界中に配信する。世界中に配信するので、膨大な製作費をかけてもペイする。世界中に配信できるプラットフォームを持っていくので、いい作品には惜しげも無く投資できるわけだ。

 

国内にしか視聴者がいないテレビ局には到底真似できない、資金力が物を言うフェーズに入っているわけだ。

 

資金力勝負のフェーズであるならば、今最も資金力があるのはだれだろう。

 

Google、Apple、Amazon、Microsoft、Facebookだ、とニューヨーク大学のScott Gallaway教授は指摘する。同教授著「Post Corona」によると、コロナ禍の中、株価を上げているのは、テック大手のみ。2020年の1月から8月までの約半年で、Amazonは時価総額が約6240億ドル増加し、Appleは5700億ドル増加した。両社の時価総額増加分だけで、Disney、Netflix、AT&T、Comcastの時価総額を合わせた額と同等だという。つまり半年分の時価総額の伸びで、Disney、Netflixを買収できるということになる。

 

Amazon、Appleともに映画、ドラマのプラットフォーム事業に本腰を入れ始めており、Netflixは非常に危ない立ち位置にいると同教授は指摘している。

 

今は映画プラットフォームといえば、NetflixのほかにもHuluなどいくつもあるが、コンテンツを買収するための資金力の勝負のフェーズに入っているので、いずれAmazon、Appleの天下になるというのがGalloway教授の読みだ。

 

勝者が決まるまでは、コンテンツは競合との間で値段が吊り上がるが、勝者が決まれば、コンテンツコストは落ち着いてくる。また娯楽は視聴者の耳目を集めるので、そこから物販などの収益源につなげていくことも可能。この時点での資金力の戦いが終われば、しっかりと収益を上げることのできる未来が待っているわけだ。

 

ゲームのプラットフォームも同様だろう。Amazonプライムゲームが、ゲームプラットフォームとしては頭一つ抜きんでた感じがあるが、まだまだ緒戦。Micosoftが勝ち残る可能性は十分にある。映画、ドラマの領域で起こっていることがゲームの領域でも起こるのであれば、資金力に物を言わせていち早く地位を確保したいところだろう。

 

これがMicrosoftの短期的目的だと思う。

 

一方で長期的目的は、やはりメタバースだと思う。「メタバースとリアル社会との主従逆転」はしばらくはないが、最終的にはやはり時代はその方向に向かうのだと思う。

 

今でも、パソコンを複数台立ち上げて仕事をする人がいる。私の場合は、iPadやiPhoneも含めて3、4台のデバイスを立ち上げて仕事をしている。1台でzoomでテレビ会議をし、1台でGoogle Docsで文章を編集、1台でウェブ検索、1台でLINEテキストをやりとりする。そんな感じだ。これを複数人と同時に行うと、一人で行うよりも生産性が格段に増す。

 

今私が3、4台のデバイスを使うのは、1台のデバイスの処理能力が限定的だから。1台のパソコンでマルチタスクで作業をこなすより、複数台のデバイスを使うほうがサクサク動くからだ。しかし将来は、デバイスの性能やネットの回線速度が大幅に向上するだろうから、1台のデバイスの中で、すべてが完結するようになるだろう。まるで自分が仮想現実の中で作業しているような感覚になることだろうと思っている。こうなると、リアル現実で仕事をするより、メタバースで仕事をするほうが何倍も生産性が上がるようになる。

 

メタバースというと、上半身だけのアニメのようなアバターのイメージが強いが、アバターである必要はない。今、アバターなのはデバイスの処理能力が低いから、それに合わせているだけに過ぎない。やがてすべてのテレビ会議、ディスプレイ表示、動画視聴、共同作業が、1つの仮想空間の中でできるようになる。仕事やコミュニケーション、遊びもメタバース上で行うようになる未来。現実と仮想が「主従逆転」する世界だ。こういう世界観を、Zukerberg氏は目指しているのだと思う。

 

今のところデバイスはパソコンやVRゴーグルが中心だが、やがて高性能イヤホン、コンタクトレンズ型ディスプレイが登場し、だれもが常時装着するようになる。米で話題となったビジネス書「AI2041」の著者のKai-fu Lee氏はそう指摘する。この本の中で同氏は、まず2023年ごろにARグラスがある程度普及し、その後2030年ごろに常時装着用のイヤホンが登場。2040年ごろには、コンタクトレンズ型ディスプレーの実用化が始まると予測している。

 

そのころには「今、多くの企業がAIを業務に取り入れようと熱心に活動しているように、すべての産業が最終的には仮想現実を業務に取り込むように熱心に活動するようになる」と同氏は言う。

 

 

Microsoftを含むテクノロジー大手は、どこもこれと同じような未来シナリオを見ているのではないだろうか。

 

短期的にはゲームプラットフォームの覇権争い、長期的にはメタバースの覇権争い。資金力と規模拡大の可能性を持っているテクノロジー大手にしかできない、駒の進め方だと思う。

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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