懐疑派からの書評:國光宏尚著「メタバースとWeb3」

AI新聞


IT業界関係者の間でここまで意見が分かれるテーマは過去にあまりなかったように思う。スマートフォンの次の大ヒット機器がVR(仮想現実)ゴーグルになるのかどうか。グーグルやフェイスブックといった米テック大手が栄光の座から引きずり下ろされることになるのかどうか。もし「メタバースとWeb3」の著者の國光宏尚氏が言うように、スマホの次がVRで、ネットの勢力図が大きく塗り変わるのであれば、この論争はIT業界内の1つの話題では終わらずに、経済界や政治までも巻き込む大論争に発展する可能性があると思う。

 

この論争の中で國光氏は、日本のメタバース、Web3支持者の間で最も尊敬を集めるオピニオンリーダー的な存在だ。一方で私自身は懐疑的というか、冷ややかに動向を眺めている。なので少し批判的にこの本を読んだ。

 

なぜ私が状況を冷ややかに眺めているのかというと、メタバースで騒いでいる人たちのほとんどは、10年以上前に流行った仮想空間「セカンドライフ」を経験したことがない人たちだからだ。初めて仮想空間を体験したのだから、それは刺激的だろう。夢中になるのも無理はないと思う。

 

しかしセカンドライフは定着せずにブームで終わった。今回のメタバースは何が違うというのだ。何人かに質問したが、返ってくるのは「とにかく試してみてください。体感してもらわないと分からないと思います。zoom会議とは全然違います。参加者の存在感を感じることができますから」というような話だけ。

 

ウェブページ上でのやり取りより仮想空間のほうが存在感を感じることができることぐらい、言われなくても初めから分かっている。私が知りたいのは、今回のメタバースが、セカンドライフの二の舞にならないと断言できる根拠は何なのか、ということだ。

 

誤解されないようにはっきりと言っておくと、私自身、メタバースこそが未来だと思っている。人間には、自分を表現し、承認されたいというニーズがある。自分のクリエイティビティを発揮したいという自己実現欲求がある。今の現実社会では、そうした表現、承認、自己実現の欲求を満たすことができない人が多い。なのでそうした欲求を満たすことのできる仮想空間というものにニーズがあるのだと思う。多くの人にとって現実よりも仮想空間の方が重要になっていくのだと思う。

 

しかしセカンドライフは、道半ばで倒れた。今回のメタバースブームはどうなのか。それが私の知りたいことだ。

 

そういう思いで、この本を手に取った。國光氏はセカンドライフも体験しているはず。仮想空間に初めて触れた興奮だけで、突き進んでいるのではないないはずだ。

 

結論は、國光氏の考えは私のそれと、そう変わらなかった。國光氏も時代は、メタバースによって人間の根源的欲求を満たす方向に進むし、ネット上のパワーや富が少数の企業に集中しない方向に進むと考えている。

 

ただ問題はその未来に向かって、われわれは今どの辺りを進んでいるのかということだ。人間の本質を理解し、過去からの大きな流れを見れば、時代のだいたいの方向性をつかむことができる。ところがその途中には不測の事態が幾つも待ち受けている。遠い未来を見通せても、2、3年から4、5年先を正確に予測するほうがよほど難しいのだ。

 

私にはその近未来が分からない。國光氏にはそれが分かっている。それが私と彼の違いだ。

 

メタバース、Web3の支持者は、國光氏がメタバース、Web3関連のベンチャー企業に早い時点で投資していることを理由に、「國光氏には先見の明がある」と絶賛している。しかしそんなことは國光氏のすごさでも何でもない。

 

今はまだ、メタバース、Web3の黎明期。さらに発展するかもしれないが、ブームが終息する可能性だってある。メタバース、Web3が単なるブームで終われば、國光氏が投資した企業は、泡のごとく消滅していく。そうなれば世間の評価は一転。「國光氏には先見の明がなかった」ということになるだけだ。

 

なので國光氏が注目企業に投資したこと自体は大した意味がないが、その投資を通じて最先端の現場に身を置いているところが國光氏の凄さだと思う。

 

國光氏自身も本の中で次のように書いている。「私なりの必勝法というものがあります。まず(次に来る)市場はどこかというのを見定めて、(中略)ファンドを設立しさまざまな会社に投資をしながら、投資先間で情報共有を徹底して、仮説検証を高速に回していくという戦略です」。

 

この高速の仮説検証をしているので、メタバースやWeb3関連で今どのようなビジネスが有望で、どのような試みが失敗するのかが分かってくるわけだ。

 

zoom会議とは違う存在感にワクワクしているだけのビジネスやプロジェクトの多くは失敗するだろう。仮説検証しながら進めるビジネスやプロジェクトの中には成功するところも出てくるだろう。

 

これからメタバースやWeb3はバスワードとなって関連書籍が次々と発売されることだろう。しかし日本人で國光氏以上に仮説検証による知見を持っている人はいないと思う。

 

國光氏は基本楽観主義者だし、頑張っているスタートアップや若い経営者に対し水を差すような発言はしない。しかし「この技術は数年で到来してくるのではないか」「20年以内にはそうなるでしょう」という表現で、急な変化が今すぐ起こるわけではないことを何度か示唆している。またマーケットの存在とタイミングの重要性を再三に渡って強調している。

 

どこにマーケットが存在し、打って出るタイミングはいつなのか。そのことを知ることが重要だというわけだ。この本以外にそのヒントを得られる情報源はそう多くないと思う。

 

IT業界のレジェンドであるアラン・ケイ氏は「未来を予測する最善の方法は、自分で未来を作ることだ」と語った。未来を作る現場に自ら参画しているからこそ、國光氏は近未来を読めるのだと思う。その近未来予測が正しいのかどうか。懐疑派として、これからもゆっくりとウォッチさせてもらいたい。

 

【お知らせ】

国光氏と私、湯川鶴章が、メタバース、Web3について議論するイベントを4月5日にオンラインで開催します。詳しくはこちら

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

  • Home
  • AI新聞
  • 懐疑派からの書評:國光宏尚著「メタバースとWeb3」

この機能は有料会員限定です。
ご契約見直しについては事務局にお問い合わせください。

関連記事

記事一覧を見る