この記事では、2020年7月22日(水)に行われた、「ティール組織のその先の”ikigai経営”」のイベントレポートをお届けします。
登壇者は、一般社団法人ユーダイモニア研究所代表理事及び株式会社ユーモ取締役の水野貴之さんと株式会社エクサウィザーズ前代表取締役社長の石山です。イベントは、「ikigai経営とは何か」を中心に進み、最後にその事例として石山からエクサウィザーズの組織経営について紹介しました。
全てのステークホルダーの幸せを可能にする「ikigai経営」の秘密に迫ります。
<登壇者紹介>
水野貴之(みずの・たかゆき)
思想家、発明家、一般社団法人ユーダイモニア研究所代表理事、株式会社ユーモ取締役
ネットエイジ社長室室長執行役員、三井物産、TBS顧問、東南アジア、中東、欧州でプライベートエクイティ、ファミリーオフィス、ヤフー社長付、会長付を経て現職。2001年より共感資本社会の創造を構想、社会関係資本を可視化させる電子マネーを発明、特許取得。企業のステークホルダーバランスを可視化させた新経営指標「CRV(Corporate Resonant Value)」を発明。人間の幸福度や成人発達段階を可視化定量化アルゴリズム(eumoグラム)を発明した。
石山 洸
株式会社エクサウィザーズ前代表取締役社長
東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了。2006年4月、株式会社リクルートホールディングスに入社。同社のデジタル化を推進した後、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズにのせ売却した経験を経て、2014年4月、メディアテクノロジーラボ所長に就任。2015年4月、リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に就任。2017年3月、デジタルセンセーション株式会社取締役COOに就任。2017年10月の合併を機に、現職就任。静岡大学客員教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授。
ikigaiは「感動力」、「人間力」、「自己実現力」から成る
そもそも「ikigai経営」とは何か。水野さんは、その目的を「全ての社員の才能と情熱を解き放ち、全ステークホルダーの”ikigai”を最大化させる」ことと定義しています。
水野 社員はもちろん、顧客が企業やサービスのファンになったり、投資家が共感をベースに投資を決意したり、その組織が関わる地域に住む人々も利益を得られるような状態です。
ikigai経営を理解するには、まずikigaiの仕組みを知る必要があります。ikigaiは、「感動力」、「人間力」、「自己実現力」によって構成されています。
「感動力」は、外的な刺激によって得られる知覚に基づき、肉体の幸せを感じる「ヘド二ア」や没頭により得られる忘我状態の幸せを感じる「フロー」などで成り立っています。(「フロー」には受動、能動の二種類があり、感動力では、「受動フロー」が当てはまります。) 朝、挽き立てのコーヒーの香りを楽しんだり、好きな映画の世界に入り込んでいる状態です。
一方、自己実現力は、自分が生まれた目的を知り、実践する幸せを感じる「ユーダイモ二ア」と能動的な「フロー」によって成り立っています。「ユーダイモ二ア」は自分が「これが生きる道だ」と信じていることに取り組んでいる状態。例えば、寿司を握ってお客さんに喜んでもらうこと、です。
「ヘド二ア」や受動的な「フロー」の感じ方は、インプットした情報をどう解釈するかで変わります。この解釈を司るのが「意識構造」です。
また、「ユーダイモ二ア」や能動的な「フロー」など、アウトプットによって得られる幸せは自分の「強み」によって変わります。「意識構造」と「強み」をまとめて、「自己実現力」と呼んでいます。
水野 間違えないで欲しいのは、ヘド二ア、フロー、ユーダイモ二アに優劣はなく、それぞれが大事な要素です。感動力を高めることで、人間力を高めるエネルギーを蓄えられ、自己実現力につながっていきます。
石山 私も30分刻みで20本のミーティングをこなす日などありますが、いくら没頭しているといえども、ヘド二アの幸せを感じたいと思います。そんなときは、コーヒーやハーブティを飲んで、エネルギーを蓄えるようにしています。それぞれのバランスが大事、ということですね。
隣の人が、世界をどう捉えているのかを理解する
ikigaiの感じ方が人それぞれなのは、意識構造や強みが人によって異なるから。これを理解しないと、自分の幸せのルールを他人に押しつけることになってしまいます。
他者の意識構造を理解するため、水野さんが開発したのが発達心理学とポジティブ心理学を統合し、10段階で示した「意識構造変遷モデル」です。
水野 全ての人間は基本的に一番下のレッドからはじまります。上に書いてある意識段階ほどスゴいと思いがちですが、そうではありません。これはコンピュータにおけるOSだと思ってください。Macが全てで、Windowsはダメだ、とはなりませんよね。
水野さんは、それぞれのフェーズに向いている特性がある、と続けます。
水野 例えば、レッドやアンバーは「勝利へのこだわり」や「報酬の獲得」へのモチベーションが高いため、営業部長など足下の数字を達成し切ることに喜びを感じる人に向いています。
組織に貢献することに幸せを感じるイエローグリーンは、マネージャー。グリーンの理論運用型は戦略立案が得意で、MBAに行ったりする人という具合です。ちなみに、ターコイズ以上はほとんどいません。
石山 私はティールに当てはまったのですが、ティールの人だらけの方が良かったりするのでしょうか。
水野 実はそんなことはないんです。とある組織がレッドの階層の人は自社に合わないからという理由で採用を辞めたんですね。そしたら、その中でティールからレッドになる人が現れたんです。つまり、組織として成長するためには、異なる意識構造の人との共存が必須なんです。
さらに水野さんは、独自のアルゴリズムを用いて、各意識構造の強みを可視化するアルゴリズムを開発し、65個の要素に分解しました。ここでも段階ごとに優劣があるわけではないと強調します。
水野 現在4Bにいて、戦略立案を担当する人がいたとします。彼の信念や責任感はとても高いかもしれないけど、3Bの期間を半年くらいしか経なかった場合、正直さや謙虚さが欠けている可能性もあるわけです。部下からしてみると、そんなマネージャーについていきたいとは思いにくいですよね。だから、どの段階でも身につけるべき能力は存在するんです。
幸せな組織づくりには、「目標となる人」と「心がざわつく人」、両方が大切
一人ひとりの強みを活かすためには、それぞれの強みの特性を知る必要があります。各意識構造の強みを四象限で分類したのが、強みのインテクグラル分類です。
これを元に、足りない強みを保管するようなチーム作りをすると、バランスの良いチームができあがる仕組みになっています。
水野 人事や経営の現場では、意識構造の縦軸だけではアサインできません。強みのバランスを見える化したのが、この分類表です。実際に、私の会社のメンバーもバランスのよい配分になっているんですよ。
強みを補完し合うだけでなく、意識構造のバランスを考えることも大切です。このとき重要なのが、目標となる人だけでなく、意識構造と強みのバランスが異なる人を配置すること。
水野 意識構造が異なる人は、自分にとって新しい発見を与えてくれる人なんです。
例えば、会議の場でイラッとする発言をした人がいたとしましょう。私は、この状況を「心のざわつき」と呼んでいます。会議が終わった後、その「ざわつき」をノートに書いて、なんでざわついたのかをじっくり考えます。私も2時間くらい考えるときがありますね。
脳から汗が出るくらい考えきると、ふと新しい気づきが降りてきます。これを「天使のメッセージ」と呼んでいるのですが、本当に天啓のように、自分の意識構造が変わった感覚を覚えます。なので、自分と合わない人がいたらその人は「天使」だと思うようにしてみてください(笑)
同質な人ばかりではなく、異質な人との調和を量る試みが、サステイナブルな組織作りにつながる。「クリエイティブ・クラスの世紀」の著者リチャード・フロリダも同書の中で、移民やセクシャリティの多様性を受け入れる都市はクリエイティブになりやすい傾向があると述べています。一方時には、同質な人だけで集まるメリットもあるそうです。
水野 短期間で成果をださなければいけない時は「ざわついている場合ではない」ため、同じような意識構造の人だけを一時的に集める必要もあります。ただ、長期的な成長を見据えた場合はホリスティックさが大事になってくるのです。
ユーモアウトで、ステークホルダー全てが幸せになるサービスを作る
意識構造はどの段階に居ても優劣はありません。ただ、段階が先に進むことで、「ユーモアウト」というサービス開発ができるようになる、と水野さんは述べます。
ユーモアウトとは、魂から湧き出るワクワクを源泉としたモノ・サービス作りを自然の流れに任せて行うこと。ユーモアウトが可能になるのは利他・利己を超越した「相利」の状態になったとき。自然界では、異なる生物種が互いに利益を得る状態を「相利共生」と言いますが、それを人間同士で実現した状態といえます。
水野 ユーモアウトが出来るようになると、マーケティングが不要になります。なぜなら、ワクワクの源泉は人の集合無意識にあるため、自ずと最適な市場が顕在化するためです。自分がワクワクすると思っているモノが、そのまま誰かのワクワクにもつながっているというわけです。
一般的なサービス開発手法としては「マーケットイン」が有名ですが、毎年3万もの商品が世に出され、その95%が失敗に終わっているそうです。
水野 人は本来合理的でないのに、「マーケットイン」は合理的な決断であると思い込んでしまうからなんです。
では、ユーモアウトから生まれた製品を世に出すためにはどうすればいいのか。やはり、ここでも、意識構造に多様性のあるチーム作りが必要になります。
水野 ユーモアウト型は長期的なビジョンを描き、実行するのには向いていますが、それだけではサービスは売れません。短期的に利益を稼ぎ、事業を存続させるユーモアウト支援型も必要です。また、ユーモアウト支援型の人からすると、ユーモアウト型の人の発言に距離を感じることがあるため、その橋渡しとなる調整型の人も必要です。意識構造を踏まえたチーム作りが、ユーモアウトのサービスを成功させるんです。
ikigai経営を組織開発に盛り込むとどうなるのか
ここまで、紹介してきたチーム作りやサービス開発フローを盛り込んだのがikigai経営です。ikigai経営のポイントは、意識構造を配慮すること。特定の意識構造に当てはめるのではなく、グラデーションを持たせることが鍵となります。
その上で、各意識構造で取得可能な強みを増やしていき、メンバーの意識構造を変遷させユーモアウト出来る人及び、その過程を支えることにワクワクする人を増やしていきます。
ikigai経営を組織作りに当てはめると次の図のようになります。
意識構造が進むとユーモアウト以外にどんな実利が組織にあるのか。その一つの実例として、エクサウィザーズの組織作りを紹介します。
石山 エクサウィザーズでは、従業員ロイヤルティを測る「Employee Net Promoter Score(eNPS)」の数値をとっており、この数値と意識構造の進展に相関があることがわかっています。一般的にeNPSは高いほど良いとされ、エクサウィザーズではeNPSが高い事業責任者ほど、高い売上をあげています。
また、心理的安全性が高いほど、eNPSのスコアが高くなることもわかっています。つまり、心理的安全性を高めていけば、意識構造も先に進むという因果関係が生まれます。
心理的安全性を高めるためにエクサウィザーズが目下取り組んでいるのが、1 on 1の質の向上です。MIT元教授のダニエル・キムの提唱した「成功循環モデル」によると、結果を出すためには、まず関係の質を改めなければなりません。その質の数値化のために用いられているのが、自社開発のHR Tech「HR君 1 on 1」です。
(笑顔の量や発話量を定量化します)
石山 「HR君 1 on 1」は、zoomなどのビデオ会話システムの動画をAIが解析し、ミーティングスキルの向上に寄与します。具体的には、発話量や笑顔の割合を分析し、能動的な思考と行動につながるようフィードバックをします。
心理的安全性が高まれば、意識構造が高まる。各意識構造の強みを伸ばすよう1 on 1をすることで、組織にいる意義も感じやすくなり、それがeNPSに反映され、売上げにもつながり、ひいては組織の成長につながっていきます。
水野 エクサウィザーズだけでなく、すでにikigai経営に取り組んでいる組織はいくつかあり、それらをパターン化することで、より多くの企業にikigai経営を導入できると考えています。現在、日々の感動力や自己実現力を高めるプラットフォームを開発中です。
これまでの社会は自国の経済発展からはじまり、社会のサステイナブルな発展に取り組む「最適化社会」でした。しかし、これから求められるのは、自分と関係する全てのステークホルダーの幸福度を高め、それぞれが自律しつつ、「相利」のために動く社会です。
ikigai経営の浸透は、CXやEXを超える新しい体験を生み出すかもしれません。