培養肉は10年で畜産業をディスラプトするか
AI新聞

日本でもベストセラーとなった2030年:すべてが「加速」する世界に備えよの著者Peter Diamadis氏は、今後10年で都市部で培養肉産業が立ち上がると予測する。10年はあっという間にくる。畜産業や畜産が主産業の自治体はどうなるのだろう。都市部の不動産市場はどのような影響を受けるのだろうか。

 

直近のブログ記事の中で同氏は「今後10年で人類は、最も倫理的で栄養価が高く、環境にもやさしいタンパク質の生産方法の誕生を目にすることになる。培養肉生産は、研究所から都市の内部に移動し、安くて健康的な高品質タンパク質を提供するようになるだろう」と予測している。

 

培養肉とは、牛などの動物から採取した少量の細胞を動物の体外で増やして作る肉のこと。米カリフォルニア州などで人気となっているベジバーガーなどは、大豆や米などの植物性の原材料で作られた肉を模した製品で、代替肉と呼ばれる。培養肉は、代替肉と異なり、本当に牛や豚、鶏の肉ということになる。

 

私自身が最初に培養肉に関する記事を書いたのが2015年。いつまで牛を殺すの?最先端バイオ技術で培養食肉を量産する日本発「Shojin Meat Project」始動、というタイトルで、日本の研究者グループの取り組みを取り上げている。彼らの話を聞いて、培養肉はいずれ量産され食卓に並ぶようになるだろうと確信した。動物の殺生を嫌う人たちは培養肉を選択するようになるだろうし、人類が火星に移住するようになれば、火星で培養肉を作る必要があるからだ。

 

近年では、環境保全の観点から培養肉や代替肉を推奨する動きも出てきた。というのは家畜の飼育は、飼料や水など多くの資源とエネルギーを必要としており、畜産業が地球の温室効果ガスの18%を排出しているとも言われている

 

また最近では、野生動物由来のウイルスが、畜産場の家畜経由で人間に伝染する危険性が指摘されている。家畜は同じ親から生まれてくることが多く、遺伝子が似ていることから、特定のウイルスが一気に広がる可能性があるからだ。今回のコロナ禍が収まっても、家畜による食糧供給が減少しない限り、別のパンデミックがまた発生するという指摘もある。(関連記事:コロナ禍の根本原因は配慮なき経済発展

 

こうしたことから、いずれ培養肉が普及するのは間違いない。問題はいつ、どの程度の市場シェアで普及するのか、だ。

 

価格、安全性、味の「今」

 

普及するには、コストが下がり、安全性が確保され、おいしくなければならない。

5年前の記事の中で、オランダで開発された培養肉のハンバーガーの価格は、研究費込みで約3500万円となっている。幾つかの技術的課題を克服すれば、通常の肉並みにまで価格が下がる可能性があるという話だった。

 

製造コストは確実に下がっているようで、イスラエルのFuture Meat Technologies社によると、トリのムネ肉は現在100gが400円程度。しかし来年には200円代にまで下がる見込みという。製造工場や流通がAIによって最適化されれば、価格はさらに下がるだろう。

 

安全性はどうなのだろう?米Eat Just社によると、2020年11月にシンガポール食品局が同社の培養鶏肉の販売を世界で初めて認可している。シンガポール政府が、安全性を確認したということなのだろう。シンガポールでは12月にレストランでの提供が始まっているし、2021年4月にはEat Just社がfoodpanda社と提携し、シンガポールでチキンライスなどの弁当の宅配を開始している。米国でも当局が認可すべきか検討を始めているという。

 

残された問題は味ということになる。いくつかの培養肉ベンチャーは、試食した人のほとんどが「通常の食肉との違いがない」と答えたというような発表をしているが、こればっかりは実際に試食してみないとなんとも言えない。

 

それにチキンナゲットやハンバーガーのように細かく切り刻んだミンチ肉は培養肉でも作りやすいだろうが、ステーキなどはうまく生産できるのだろうか。そう疑問に思っていたら、イスラエルのRedefine Meat社が3Dプリンターを使ってステーキを整形する技術を開発し、「通常の肉と比べても遜色のない味を実現した」という。

 

大雑把な味は作れても、和牛のような繊細な味は再現できないのではないか。そう思っていたら、今年8月24日に大阪大学などの研究グループが3Dプリンターを使って和牛の霜降りの「サシ」を再現することに成功したと発表した。

 

私が課題だと考えていたことが、次々と解決されているわけだ。機が熟してきたのかもしれない。またそれを裏付けるかのようにベンチャーキャピタルも動き始めている。2020年の培養肉への投資総額は一気に3億5000万ドルにも膨れ上がっており、2019年までの過去の投資の総額を、1年で超えたという。

 

ブルームバーグ通信によると、培養肉に取り組んでいる企業は75社以上もある。競争が激しくなれば、コストは下がり、質は向上することになるだろう。

 

米コンサルティング会社A.T.カーニーは、「培養肉と代替肉は、どのように農業と食品産業をディスラプトするのか」というレポートの中で、培養肉と代替肉の市場シェアは2030年には28%に、2040年には60%になると予測している。10年から20年をかけて、農業と食品産業の勢力図が大きく塗り変わると予測しているわけだ。

出典:AT Keraney  

 

上のATカーニーのグラフを見る限り、これまでの食肉と培養肉との関係は、魚で言うところの天然物と養殖との違いになるのかもしれない。ただそこに環境問題に対する価値観の変化が加わればどうなるだろう。今ある畜産業の形は一気に排除される可能性がある。

 

われわれは非常に大きな社会変化の入り口に立っているのかもしれない。

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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