Amazonがメキシコで仮想通貨関連の人材を募集する理由

AI新聞

 

 

Amazonが本拠地アメリカではなく、お隣の国メキシコで仮想通貨関連のエンジニアを募集した。なぜメキシコなのだろうか。

ちょっと話が脱線するが、映画の都ハリウッドが当時の米国の経済の中心地である東海岸のニューヨークではなく、なぜ西海岸ロサンゼルスにできたのか。その理由をご存知だろうか。

英語版Wikipediaによると、映画撮影にはエジソンが発明した技術が不可欠。ニューヨークで映画ビジネスを立ち上げると、特許弁護士から目をつけられて高額な特許使用料を支払わなければならない。それを逃れるために映画会社はニューヨークから最も遠いロサンゼルスで撮影するようになったという。

私は、今回Amazonがメキシコで仮想通貨事業を始めるのも同様の理由ではないかと思う。新しいタイプの事業は、既得権益者から何かと妨害されやすい。なのでまずは外国で事業を立ち上げて、成果を上げてから世界中に広げようとしているのではないだろうか。

というのは仮想通貨事業は、何かと論議を呼ぶビジネスだからだ。

仮想通貨のベースとなっている技術ブロックチェーンは、自動的に同期されるデジタルの台帳を何人もの人が共有することで、個人の不正をみんなで監視する仕組み。つまり監視のための中央権力が不要で、極論を言うとブロックチェーンを使えば金融機関は不要になる。ブロックチェーンの信望者の中には、国家さえ不要になると主張する人もいるぐらいだ。

本当にブロックチェーンは金融機関や国家を不要にするのだろうか。

このことについて、私はブロックチェーンの技術者と金融機関の関係者の双方から、何度も話を聞いた。中でも興味深かったのが、友人である某大手外資系金融機関の幹部の「今は手のひらの上で仮想通貨を遊ばせているだけ」という一言だった。

その人物によると、仮想通貨やブロックチェーン関連のベンチャー企業が話題になっているものの、既存の金融機関を脅かすまでにはなっていない。金融機関の存在を脅かそうものなら、すぐにひねりつぶせる。活動を禁止する法律を作ればいいだけだ。米国の政治を牛耳っているのはニューヨーク・ウォール街の大手金融機関なのだから、というような話だった。

アメリカの大手金融機関がアメリカの政治を自由に操っているのかどうか、私には分からない。だがその自信に満ちた話し方は、妙に説得力があった。

確かに相手がベンチャー企業なら、簡単にひねりつぶせるのかもしれない。しかし相手がテック大手ならどうなんだろう。ずっとそんな風に考えていたのだが、テック大手と言えども仮想通貨事業は簡単ではないと分かったのが、Facebookの仮想通貨Libraの一連の騒動だった。

テック大手による金融事業への参入を許していいのか、ユーザーの財務情報という個人情報をテクノロジー企業に渡していいのか、などといった議論が世界中で巻き起こり、FacebookのLibraに対し世界中の規制当局が一斉に反発。Facebookは昨年末に名称をLibraからDiemに変更するなどして再度挑戦しているが、果たして当局に認められるのだろうか。

今回Amazonがメキシコで仮想通貨事業を立ち上げようとしているのは、Facebookの轍を踏まないためではないだろうか、Amazonの人材募集の話を聞いて、私はそんな風に感じた。

募集要項には、メキシコを手始めに途上国で仮想通貨事業を展開する計画だと書いている。Amazonの仮想通貨が途上国での重要な社会インフラになり安全性が確認されたあとで、先進国にも導入する。そういう計画なのかもしれない。ちょうど映画会社がニューヨークから一番遠く離れたロサンゼルスに映画の都ハリウッドを作ったのと同じ考え方だ。

もしセキュリティーやプライバシーの問題が本当に完全に解決できるのであれば、ブロックチェーンは確かに優れた技術だと思う。ニューヨーク大学で金融を教えるDavid Yermack教授は次のように語っている

「仮想通貨はこれからも価値が乱高下するだろう。ビットコインやイーサリアムといった通貨が生き残るかどうかも分からない。しかし最終的には、ビットコイン、もしくはその後継通貨は銀行を中抜きするようになるだろう。またイーサリアム、もしくはその後継通貨が保険会社を中抜きするようになるだろう」

同教授の言う通りになるのか。そうなるとすればいつなのか。私にはまったく分からない。まずはAmazonの試みがどういう結果になるのかを、ウォッチしていたいと思う。

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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