株式会社エクサウィザーズの顧問を務める英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が来日、同教授の研究内容などに関して、詳しく話を聞く機会に恵まれた。同教授は2014年に、AIによって消滅する可能性のある職種を予測した論文「雇用の未来」を発表し世界的に注目を集めたが、その後はいろいろな領域に渡って研究活動を続けているもよう。2020年は、同教授にとっても、また世界のAIの研究に関しても、大きな飛躍の年となったようだ。
取材時間は約30分と短かったが、同教授自身の最近の取り組みと、同教授が注目するAI分野での世界の動きという二点を中心にお話をうかがった。
▼AIを助けるAI
まず同教授の最近の取り組みだが、同教授は今年6月に「Probablistic Numeric」という本を上梓。この本の中で新しいAIのあり方について述べているという。
これまでのAIには、大量のデータが必要だった。例えば写真に写っているものが猫なのかどうかを判断するために、何十万枚、何百万枚という猫の写真を読み込んで、猫が写っているとされる写真の中に共通するパターンを見つけ出さなければならない。もし最初から、ヒゲの長さや、アーモンド型の目、とがった耳などが、注目すべきポイントであるということが分かっていれば、学習するのに必要な写真の枚数は大幅に少なてすむことだろう。
注目すべきポイントは、技術的な言い方で言うと「変数」ということになる。「足の長さ」「尻尾の長さ」「鼻の形」という変数を重視するアルゴリズム(計算式)と、「ヒゲの長さ」「アーモンド型の目」「とがった耳」という変数を重視するアルゴリズムでは、後者のほうがより正確に猫を写っている写真を判断できる。幾つかの変数を組み合わせたアルゴリズムを幾つか用意して、それぞれのアルゴリズムの予測精度を比較。予測精度の高いアルゴリズムを選ぶわけだ。
こうした作業を「最適化」と呼ぶが、今日のAIにとって最適化が最も重要で、これまで多くのエンジニアを頭を悩ませてきたという。
同教授は「ところが最適化は、実はどの変数を選ぶのかという『決定』の問題。韓国の碁の名人と対戦したAI、AlphaGoが行った『決定』の問題とさほど変わらない」という。そこでAIの『決定』能力を活用することで、より効率的に最適なアルゴリズムを見つけることができる。技術的には、ベイズ機械学習という仕組みを使うらしい。
「AIを助けるAI、メタラーニング、メタAIのようなものを作ることができるようになる。この手法で、今後AIの大きな進化が期待できる」と同教授は指摘する。
これまでのような大量のデータも、これまでのような大量のコンピューターも不要になる。「今、半導体をめぐって米中の対立が際立ってきている。半導体が供給不足になれば、効率よく計算できる手法が必要になる。時代背景的にも、この手法の確立は重要なことだ」と語っている。
マイケル・オズボーン教授
▼ハイステークAI
同教授は「今日のAIの問題点は予測が当たらないことではない。自信を持って予測を外すことができないことだ」と言う。「大事なのは正確さだけではなく、間違っていることを認識することなんだ」
今日のAIは、過去の統計データをベースに未来を予測する。もし過去の傾向が今後も続くのであれば、過去の延長線上に未来がある。しかし過去の傾向が今後も続くという保証はない。なのでAIは、未来を100%正確に予測できない。
検索窓に特定のキーワードを入力した人が求めている情報は、何なのか。そういう用途であれば、100%正確な予測である必要はない。検索結果のページの一番上の項目が当てはまらなければ、2番目以降の項目に目を通せばいいだけのこと。こういう用途であれば、今日のAIで十分に役に立つ。
しかし絶対に正確でなければならないケースもある。自動運転など人の生死に関わるケースがそうだ。99%安全であっても、1%の確率で人が死ぬのであれば、AIに運転を任せるわけにはいかない。そうした予測精度の高さが非常に重要な用途向けのAIを、ハイステークAIと呼ぶらしい。
同教授は自身が経営するAIベンチャーMindFactory社で、ハイステークAIの開発を手がけているという。具体的には、予測精度を上げると同時に、予測通りの結果になる確率を提示するAIを開発している。「この写真に写っているのは猫だと思うが、あまり自信はない」というように、予測が外れる確率も計算し提示することで、人間側で予測に従って行動すべきかどうかは判断できるようになるという。
同社では、ハイステークAIは保険会社などに提供。自動車から送られてくるテレマティックスデータで事故や故障が起こる可能性を検知し、その確率までも提供しているという。
▼量子コンピューティングとAIの相互乗り入れ
量子コンピューターを使った計算方法と、今日のAIの計算方法はまったく別物と言われる。量子コンピューターと今日のコンピューターは、計算のための仕組みがまったく異なるからだ。
ところがオズボーン教授は、双方が相互支援するような仕組みの研究も行っているという。
同教授によると量子コンピューティングの進化の妨げになっているのが、チューニングの難しさだと言う。量子コンピューターは動作が不安定。信頼できる計算結果を得るためには、動作を安定させる必要がある。安定させるために、高度な訓練を受けたエンジニアが、特別な機械を使って主導でチューニングしているのが現状だという。
そこで同教授はオックスフォード大学の量子コンピューティングの専門家と一緒に、機械学習を活用して効率よくチューニングする手法を開発中だという。
また一方で、量子コンピューター上で機械学習のアルゴリズムをそのまま動かすための研究も行っている。量子コンピューターを使えば、大量の機械学習の計算が一瞬で終わるようになるだろう。
▼医療現場に必要なのは最先端AIではない
同教授はまた、英国民保健サービズ(NHS)と呼ばれる英国の政府機関に協力して、医療現場における技術利用の現状調査と医療費削減施策に取り組んでいるという。
調査の結果、医療現場ではAIなどのテクノロジーがほとんど使われていないことが分かった。「つい最近まで、FAXの購入台数が最も大きい業界だった」という。
またディープラーニングなどの最先端AIを導入しても、コスト削減などの効果はあまり見られなかった。「医師が必要としているのは、どちらかと言えば低いレベルの技術」で、例えば音声入力ソフトを導入するだけで、かなりの業務改善が見込まれるという。
▼FacebookのAIに「信じられないくらい関心した」
同教授が取り組んでいるプロジェクトの話に加え、2022年のAI関連のニュースについての感想も聞いてみた。
「最近、CICEROを試してみたが、(その精度に)信じられないくらい関心した」と同教授は言う。
CICEROは、Facebookの親会社であるMeta社が、ボードゲームDiplomacy向けに開発したAI。Diplomacyは、単純にコマを進めれば勝てるというゲームではなく、途中で他のプレーヤーとの交渉や説得という作業が必要なゲームだ。コマを進めるには、AlphaGoのようなゲームに勝つことを目的としたアルゴリズムに加え、他のプレーヤーの発言を理解し、他のプレーヤーに対し、交渉、説得のメッセージをテキストで出力しなければならない。
同教授は、実際にCICERO相手にプレーしたらしいが、そのあまりにも高い性能に度肝を抜かれたらしい。世界のトップレベルのAI研究者である同教授を驚かせるのだから、CICEROは相当レベルの高いAIに違いない。
▼テック大手以外の巨大言語モデルBLOOM
ここ2、3年は、GPT-3やLAMDA2といった巨大言語モデルが進化を続け、大きな話題を集めている。しかし同教授は、中でも特にBLOOMと呼ばれる言語モデルに注目したという。
BLOOMはフランス政府が中心になり、テック大手以外の組織や研究者が集まって開発された言語モデルで、多くの自然言語に加え、プログラム言語にも対応しているという。BLOOMのトレーニングにはフランスのスーパーコンピューターJean Zayが使われたという。
これまで巨大言語モデルは、莫大な資本力を持つテック大手が開発してきた。「テック大手しか巨大言語モデルを作れないという指摘は、過去10年ぐらいはその通り。しかし多くの技術者はAIの民主化を望んでいる。BLOOMはテック大手の資本的な参加を必要としなかった。BLOOMが成功していることは本当にうれしい」と同教授は言う。
▼画像生成AIの可能性
巨大言語モデルと並んで大きな話題になったのが、幾つか単語を入力するとAIが自動で画像を生成する画像生成AI。DALIー2や、Stable Diffusion2などといったAIは、プロの画家が描いたのかと思うような芸術性の高い作品を出力。大きな注目を集めた。
オズボーン教授によると、特にStable Diffusion2がオープンソースで公開されたことで、興味深い作品が数多く生まれているという。「この技術は建物の設計や下絵作りに使える。実在しないファッションモデルを自動生成する実例も既にある」と言う。いろいろなファッションに身を包んだファッションモデルの写真をインスタグラムなどのSNSに投稿することも流行ってきているという。
このインタビューの様子は、エクサコミュニティ会員向けのページで動画としてご覧いただけます。