今日のAIブームの牽引役になっているのがディープラーニングであることに関しては、だれも異論がないだろう。ただディープラーニングも万能ではない。条件が揃わなければできないことも多い。そこでディープラーニングの次のブレークスルーを求めて、世界中のAI研究者たちの研究開発競争が始まっている。
人間の脳の機能は2つに大別されると言われる。1つは認知。目の前に何があるのかを目で見て判断したり、音を聞いて何の音なのかを判断する脳の機能だ。データを瞬間で判断する「速い脳」の機能とも呼ばれる。
もう1つは熟考。原因と結果を判断したり、想像したり、計画したりする脳の機能で、データを深くゆっくりと判断するので「遅い脳」の機能と呼ばれることもある。
画像認識、音声認識などの「速い脳」の機能は、ディープラーニングがかなりの精度を上げた。ところが「遅い脳」の機能は、大きな成果をまだだせていない状態だ。そこで一部の研究者から「ディープラーニングの時代は終わった。まったく新しい技術が必要なのでは」という声が上がっている。
そんな中、「ディープラーニングの3人の父」の一人と言われるモントリオール大学のヨシュア・ベンジオ教授は昨年末、国際的な学会でこうした声に反論するような講演を行い、研究者の間で大きな話題になっている。
この講演に関する専門誌のインタビューの中で同教授は、「ディープラーニングに限界があると言われるが、それは当然の話。われわれディープラーニングの研究者も積極的にその限界を探している。それはディープラーニングを改良するためだ」とし、ディープラーニングの時代が終わったのではなく、これまでの技術をベースに、改良を加えることでさらに前進することができる、という考えを示している。
同教授によると、今のAIはパターン認識が得意だが、因果関係を理解できないのが最大の問題だと言う。
例えば、アメリカの消費者のデータを使って学習したAIは、アメリカ国内の消費行動の予測である程度の精度を出せても、日本の消費行動の予測では成果が出ないかもしれない。アメリカと日本では、国民性に違いがあるからだ。
今のAIでは、消費行動予測AIは、その対象国のデータを使って一から学習し直すしかない。国が変わるたびに、学習のために膨大なコストがかかる。それが今日のAIの大きな課題の1つだ。
同教授は、人間の幼児の行動に、この問題を解決するヒントがあると指摘する。幼児はあらゆる事象に対して「どうして?」と質問してくる。因果関係を理解すれば、新しい体験に対しても対応可できることがあるからだ。
同様に、アメリカの消費者行動の因果関係を理解することができれば、日本の消費予測に活かせるかもしれない。
因果関係を学習する仕組みこそが、AIを進化させる次のブレークスルーになるかもしれない。同教授によると、この分野での研究は始まったばかりだが、取り組みを始めるのに当たっての、必要なツールは既に数多く存在するとしている。
同教授によると、因果関係のほかにも、ディープラーニングを進化させる取り組みは世界中の研究者が手掛けている。例えば、AIモデルがどのようにしてデータから学んだのかという学び方自体を理解すれば、その学び方をそのまま別のAIモデルに活かすことができる。学習方法を学習するという意味でメタラーニングと呼ばれる研究分野で、この分野の研究も盛んに行われているという。
また世の中の事象を言語化したり記号をつけたりする記号推論の領域も、「遅い脳」を実装するために注目されている研究領域だという。記号推論の研究は以前から行われているが、同教授によると伝統的な記号推論に戻るのではなく、ディープラーニングをベースに記号推論の手法を追加することが次の大きなブレークスルーにつながる可能性があるという。
実はディープラーニングと記号推論の融合は、日本の研究者も以前から注目している研究領域。話題になったベンジオ教授の講演は2019年12月に行われたが、日本では東大公開シンポジウム「深層学習の先にあるものー記号推論との融合を目指して」の第1回が2018年1月に、第2回が2019年3月に既に開催されている。
ディープラーニングの研究は、米国と中国が世界をリードし、日本は出遅れた感がある。だがディープラーニングの次の技術は、新たなパラダイムの幕開けと言ってもいいようなブレークスルーになる。世界中の研究者が新たなスタートラインに一斉に立っている中で、日本は少しだけ有利な立ち位置にいるのかもしれない。
「速い脳」に加えて「遅い脳」も実現できればAIがより進化し、自然言語処理やロボティクスなどの応用分野がより大きく進展するはず。新たなビジネスチャンスも多数生まれることだろう。世界の研究者たちの切磋琢磨に期待したい。