急成長を望まないベンチャー企業の台頭

AI新聞

ニューヨーク・タイムズのMore Start-Ups Have an Unfamiliar Message for Venture Capitalists: Get Lostという記事を読んで。

「ベンチャーキャピタルから出資を受けるのは、悪魔に魂を売る契約のようなもの」。あるベンチャーキャピタリストが、自嘲気味にそう語っているのを聞いたことがある。

どうしても成し遂げたい思いがある。でも普通の方法でやっているのでは、思いの成就は到底無理。そこに悪魔がやってきて、「超能力で、お手伝いしましょうか」とささやく。

その見返りとして魂を取られるというのが、悪魔との契約だ。

話をベンチャーキャピタルに戻そう。若い起業家があるアイデアを思いつく。アイデアには絶対の自信がある。しかし資金がない。銀行からお金を借りるにも担保となるものがない。あるのは熱い思いだけ。その熱い思いに対して、お金を出してくれるのがベンチャーキャピタルだ。

ベンチャーキャピタルは魂は取らないが、出資の見返りに株式の何%かを受け取る。株主になるわけで、経営に口を出せるようになるわけだ。

ベンチャーキャピタルが求めるのは、リターン。できるだけ早く上場するか、事業を売却するかして、巨額のリターンを手にしたいというのがベンチャーキャピタルの本音だ。

中には何百ものベンチャー企業に出資するベンチャーキャピタルもある。出資したベンチャー企業の1、2社でもいいので上場し、大成功して株価が高騰すれば、あとのベンチャー企業は倒産してもいい。そういう「千三つ」の戦略だ。

こういう投資のやり方で、Facebook、Twitter、Instagramなど多くのベンチャー企業が急成長してきた。時代に合ったやり方だったわけだ。

一方で急成長を目指すあまり、問題も多く発生してきた。この記事の中では、Facebookがロシアの選挙に悪用されたり、Facebook上で人種差別的な問題が起こったのは、急成長戦略のせいではないのか。Uberが法的にグレーな戦略をとったのも、急成長を目指し過ぎたからではないのか。テクノロジー業界に女性や少数民族がすくないのも、白人男性中心のベンチャーキャピタルの影響ではないのか。などといった意見を紹介している。

倒産してもいいので、とにかく急成長して大儲けを狙う。この記事の中では、ベンチャーキャピタルからのこうしたプレッシャーを嫌って、ベンチャーキャピタルからの出資を断ったベンチャー企業のことが幾つか紹介されている。ベンチャーキャピタルからの出資を受けられなければ負け組のイメージがある中で、「(急成長しなくても)好きな仕事を続けて、しかもその事業が成長し続け、人々に雇用を提供できる。目的がそれであるなら、わたしは勝ち組だ」と語るベンチャー企業経営者の言葉が紹介されている。

また上場を目指すのではなく、売り上げの一部で出資額を返済するような契約を提示するベンチャーキャピタルも出始めた。

行き過ぎた資本主義。その修正が少しずつ始まっているのかもしれない。

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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