スマホ不要の世界はAIカメラから エクサウィザーズ松下伸行氏

AI新聞

「空間全体がコンピューターになる。そんな世界を20年前に夢見ていました。それが今、自分の手で現実になろうとしているんです」。AIベンチャー、株式会社エクサウィザーズの松下伸行氏は、興奮気味にそう語る。

 

同氏は、修士論文でユビキタスコンピューティングを取り上げた。壁が情報ディスプレーになり、自分のジェスチャーで操作できる空間。当時の技術でできることは限られていたが、存在する技術をまとめて空間コンピューティングのシナリオを論文にまとめた。その後、ソニーの研究所に就職し、博士号を取得。大学に残ることもできたが、自分の手で空間コンピューティングの時代を切り開いていきたいと考え、ソニーの事業部に異動した。

 

ソニーでは、カメラやスマホ事業において、数多くの現場も経験した。ただ「ハードを作るだけでなく、それで可能になるアプリケーションやビジネスまで一気通貫で手掛けたい」。そう考えてソニーを飛び出し、ベンチャーに転職した。

 

エクサウィザーズ で同氏は今、AIカメラを手掛けている。AIカメラのプロトタイプが今年春に完成し、何社かのパートナー企業との実証実験に入る予定だ。

カメラの専門家が手がける製品だけに、他社の監視カメラやAIカメラにないこだわりが幾つもあるという。

 

まずはAIチップを搭載していること。市販の監視カメラだと、生データをクラウドに送信しクラウド側でAIが解析しないといけない。データ送信コストやクラウド使用料がかかるわけだ。エクサのAIカメラは内蔵AIチップがその場でデータを処理するので、送信するデータが極端に小さくてすむ。

 

二つ目の特徴はポータブルであること。他社のAIカメラだと、1カ所に設置しなければ被写体の位置関係を正確に把握できないものが多い。エクサのAIカメラはセンサフュージョンとディープラーニングを使って被写体の位置関係を即座に把握するので、好きな場所に置くだけで、キャリブレーションなどの設定作業なしにすぐに使えるという。

 

このほかにも、用途に応じてレンズを選べる設計にしたほか、ローデータのパラメータ設定や、ノイズ除去などの細かな部分でも、こだわり抜いた。松下氏の空間コンピューティングの世界観を支えるのに必要な要素を、全部詰め込んだ製品になっているという。「監視カメラとして使ってもらっても、もちろんいいんです。でも僕が目指すのは監視カメラを超えた用途。人間同士のコミュニケーションや人とのふれあいをサポートするような製品を作りたいんです」と言う。

 

例えばコンシェルジュ。AIカメラが人物認証をし、客の利用履歴や好みの情報を瞬時に把握することで、よりよいサービスを提供できるようになる。

 

会議室に設置すれば、会議の出席者を把握したり、ホワイトボードの内容を自動的に記録できるようになる。

 

教育分野にもいろいろ使えるのではないかと言う。「僕自身、子供がいるんですが、教育の分野ってテクノロジーがほとんど入っていない。この領域にも貢献していきたい」と言う。

 

空間全体がコンピューターになれば、できることは無限にある。そのために必要な最初のデバイスがカメラである。空間コンピューティングの「目」の役割を果たすわけだ。次に必要となるのが、ウエアラブルデバイスだ。「空間コンピューティングに必要なデバイスはすべて手掛けていきたい」と語る。そして最終的には、スマホが不要になる世界を目指す。

 

松下氏の強みは、これまでの経歴を生かして、そのシナリオに向けて必要な技術、部品、人材の最適解を集めることができること。「いろいろな会社や知り合いの支援を受けて、とてもいい製品に仕上がってきたと思います」と言う。

 

20年以上の準備期間を経て、松下氏の夢が今、現実になろうとしている。米国でAIスピーカーが広く普及し始めたのは、時代がスマホから空間コンピューティングへと移行し始めた証拠。時代の波に乗り、松下氏の思い描く空間コンピューティングは、社会にどのようなインパクトを与えることになるのだろうか。注目し続けたいと思う。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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