AIビジネスの最先端は製品デザインにあり。製品デザインの最先端はAIビジネスにあり

AI新聞

AIビジネスの最前線が、AIの基礎研究から、AIを応用した製品開発のフェーズに入ってきたと言われる。(関連記事:「AIは社会課題を解決するフェーズに」米スタンフォード大教授)ディープラーニング以降、基礎研究は着実に進化しているものの、その進化の速度以上に、AIを応用した製品の開発競争が激化しているからだ。株式会社エクサウィザーズのデザイングループの前田俊幸氏によると、開発競争のキモになるのが、UX(ユーザー体験)をどう設計するのかという問題。同氏によると、AI搭載の製品、サービスが効果を出すのには優れたUXデザインが不可欠だし、UXデザインのフロンティアはAIビジネスにあるという。

写真右・デザイングループ UXデザインリード 前田俊幸氏/写真左・デザイングループ UIデザイナー 多田圭佑氏

▼ヒューマン・センタード・アルゴリズムの波

 

製品、サービスのデザインを大別すると、UI(ユーザーインターフェイス)デザインとUX(ユーザー体験)デザインの2つがある。そのプロダクトでユーザーにどういった体験をしてもらいたいのか、を考えるのがUXデザイン。一方UXデザインで決めた目指すべき体験を、実際にユーザーに経験してもらうために、具体的にどのような仕組み、どのような見た目にするのかを考えるのが、UIデザインだ。

 

前田氏は、AIにはAIに合ったUXデザインが不可欠だと力説する。「普通のソフトウェアと違って、AIは確率論的。データをアップデートすれば、AIが出す答えも変わってくる。日によって言うことが異なる可能性があるんです」。医療診断ソフトが、同じ患者を風邪と診断する日もあれば、肺炎と診断する日もある。「そんなソフトを、ユーザーは信頼できるでしょうか」と同氏は指摘する。

 

だからと言ってAIに価値がないわけではない。同じくデザインチームに所属する多田圭佑氏は、「100%の精度が期待される業務に向かないだけ。100%の結果が出なくても、有用に働くということが往々にしてある」と言う。「例えば思いもつかなかったソリューションを提案したり、人間のクリエイティビティを刺激できたりする。(最終判断に)人間が入るという前提でシステムを開発すればいいだけだ」。

 

医療技術は日進月歩で進化し続けている。どんどん新しい技術が出てくるし、新しい治療方法が登場してきている。最新の論文をすべて読み、医療知識を完璧にアップデートし続けることは、忙しい医師には到底無理な話だ。そこはAIの得意分野である。一方、患者の声のトーンや話の内容、ちょっとした仕草からうかがえる患者の繊細な意志を、今日のAIは正確に把握できない。患者を安心させる気配りもAIには無理だ。データ化できないこうした情報さえも勘案して、総合的な判断をし適切に対応するのは、やはり人間の医師になる。

「100%の結果を求めるのではなく、ユーザーにとっていい体験ができるように製品設計する。それが今のAIビジネスで最も重要なことだと思います」と多田氏は言う。

 

前田氏によると、学問としてのAIの分野でもUXデザインの重要性に注目が集まっており、「ヒューマン・センタード・アルゴリズム(人間中心のAI)」と呼ばれる新しい研究領域が登場。AIとUXの関係についての研究が盛んになってきているという。

 

スタンフォード大学のFei Fei Lee教授は「AIは、研究室を飛び出してリアルな社会の課題に取り組み始めた。われわれはそれを目撃する人類の最初の世代」と言う。リアルな社会課題解決において、人間とAIのそれぞれの強みを理解し、製品を設計することが、今後ますます重要になってくるわけだ。

 

▼AIとUXのことを四六時中考えている会社

 

前田氏は、UXの専門家だ。UXの専門書を日本語訳を出版したこともあるし、UXデザイナーのコミュニティを自ら運営している。

 

そんな前田氏がAIスピーカー、Amazon Echoを最初に見たときに衝撃が走ったという。「Echoに搭載されている音声AIのAlexaには、インターフェースのデザインがない。UIデザイナーは今後何をどうデザインすればいいのだろうと思いました」。AIの登場で同氏は、UI、UXデザイナーの業務がまったく別のものになっていくことを実感、強い危機感を感じたという。UXの専門家として、そのフロンティアに自ら飛び込んでいくしかない。そこでAIベンチャーのエクサウィザーズ へ転職することに決めたという。

 

前田氏によると、AIを搭載した製品のデザインには2種類あるという。1つは、最初にアルゴリズム(計算式)ありきのデザイン。もう1つは、アルゴリズムにも影響を与えるようなデザインだ。

 

アルゴリズムありきのデザインの例としては、検索サービスのページのデザインが分かりやすい。GoogleやYahooといった検索サービスを提供する会社は、まず検索エンジンのアルゴリズムを開発した。そのあとそれを搭載するウェブページをデザインしている。Googleは、検索窓以外には広告さえも表示しない非常にシンプルなデザインを採用。一方のYahooは広告や各種サービスへのリンクを掲載したサイトのデザインになっている。迷うことなく検索窓にすぐに入力できる体験を提供したいGoogleと、いろいろなリンクを提供することでの利便性を提供したいYahoo。2社の間で、UXデザインの考え方が違うわけだ。

 

ただどちらの場合も、まずアルゴリズムが最初にある、という意味では同じだ。

 

前田氏によると、これからはアルゴリズム開発さえUXデザインの一部になっていくという。UXデザイナーがユーザーに経験してもらいたい理想の体験を実現するために、どのようなAIアルゴリズムが必要なのか。それを決めることも、UXデザイナーの仕事になるという。AIエンジニアは、UXデザイナーの指示に従ってAIアルゴリズムを開発することになるわけだ。

 

多田氏によると、エクサでは介護の現場でケアマネージャーから聞き取り調査をして、UXデザインを進めているが、高齢者の状態を入力すればケアプランがレコメンドされるというAIを提案しても、ケアマネージャーは関心を示さないという。「完璧なケアプランをAIが出せるとは思えないし、そんなものは要らない。それより人間が作ったケアプランを見て、その効果を予測したり、改善点を指摘したりしてくれるAIが欲しい」と言われるそうだ。エクサのデザインチームでは、こうした現場の声を聞いて、求められている体験を実現できるような製品を設計。その設計に基づいて、AIエンジニアにAIアルゴリズムを開発してもらうことになるという。

 

エクサウィザーズはAIによる社会課題の解決を標榜している。社会課題には、ケアの現場のように人間同士の関係性が重要なものが多い。人間同士の関係性が重視される領域においては、UXが非常に大きな役割を果たす。「AIとUXのことを四六時中考えているセクションがある会社は、国内に他にないと思う」と前田氏は言う。

 

▼社会課題の多くは人間が中心になって解決していく

 

AIとIT。今はまるで別の技術のように取り扱われることが多いが、AIは言わば「(人間っぽい動きをする)高性能コンピューター」。つまりITの一種に過ぎない。一般的なITと比較した場合のAIの特徴は、「データが十分にあれば、パターンを自分で学習できる」という点。この「自分で学習できる」という機能は、今後ほとんどのIT技術に取り込まれていくとみられている。つまり身の周りの物が次々とAI化されていくということだ。それがあまりにもそれが普通になり、いずれAIと言う表現さえ使われなくなっていくのだと思う。

 

一方、AI化が進むと言っても、すべて全自動になるわけではない。人間同士の関係性が重視される領域では、AIは人間のサポート役に徹することになる。そして少子高齢化などの社会課題の多くは、人間同士の関係性が根底に存在する。AIに任せるより人間が判断し、人間がクリエイティビティを発揮することで、解決されていく領域になる。AIを使ってユーザー体験をどう設計するか。それが今後最も注目を集める分野の1つになることは間違いないだろう。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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