Uber、Grabに見るAIビジネスの力学とスーパーアプリの時代

AI新聞

タクシー配車アプリの米Uberがこのほど新戦略を発表した。フードデリバリー事業のアプリも統合し、公共交通機関の乗換案内も提供するという。一方、東南アジアの配車アプリGrabも、フードデリバリーからフィンテックまでいろいろな機能をアプリ内に搭載。多様な機能を実装しているのでSuper App(スーパーアプリ)と呼ばれ始めている。1つの領域で成功したAIビジネスは、必ず周辺領域にも進出する。AIビジネスには、そんな力学が働くと言われている。詳しく見ていこう。

▼AIビジネスが多角化する理由

AI新聞の中でこれまで何度も主張してきたが、AIビジネスは正のスパイラルに入れば、先手必勝、勝者独り勝ちの状態になる。なぜなら事業がうまく回り始めれば、データが集まりだす。データが集まればAIが賢くなる。AIが賢くなればサービスが向上、ユーザー満足度が高まる。その結果、ユーザーが増える。そしてユーザーが増えればデータがより多く集まり、よりAIがより賢くなり、よりサービスが向上し、より多くユーザーが増える。正のスパイラルだ。頭角を現したAIビジネスは、この正のスパイラルが高速回転し始めるので、独り勝ちの状態となる。

そして一つの業界で独り勝ちした企業は、周辺の業界に興味を持ち始める。一つの業界で得たデータを使って周辺業界でも有利に事業を展開できるからだし、周辺業界のデータを取得することで元の業界でのサービスをよりよく改良できるからだ。

Grabは、フィンテック専門の子会社を設立。いろいろな金融サービスに乗り出そうとしている。契約運転手がGrabを通じてどの程度勤勉に働いているのか、どの程度の収入があるのかを正確に把握している。このデータを使って同社の契約運転手に対して新車購入のローンを提供できる。また運転手が安全運転をしているのかどうかユーザーの評価データを参考にして、自動車保険も提供できる。(参考記事)

競合するローン会社や保険会社は、Grabほど正確な運転手のデータを持っていない。フィンテックの領域で、Grabが圧倒的に有利になるわけだ。

またタクシー配車に使った配車システムやキャッシュレスペイメントの仕組み、消費者に広く普及したアプリ、顧客データは、そのままフードデリバリーの事業に転用できる。

事業を多角化すれば収益増につながるし、多角化することで顧客に喜ばれる。1つの業界、領域、地域で覇権を握ったAIビジネスが、多角化するのは自然な流れなのだ。

 

スーパーアプリの時代

今回の発表Uberは、自転車、スクーター、電車、バスなどの乗り換え案内機能を追加。これまで公共交通機関を自社サービスのライバルとする姿勢を維持していたが、その方針を180度転換した。

Googleマップのようなアプリになるわけだが、UberCEODara Khosrowshahi氏は「今はGoogleマップと変わりがないが、今後大きく違ってくる」と言う。「Googleで商品を検索するのと、Amazonで検索するのとの違いになる。われわれは、外出時という状況に特化する。外出時のAmazonを目指す」と説明する。ネット書店と形容されていたAmazonが、今ではありとあらゆるものを取り扱うネット通販の最大手になっている。Uberも配車アプリという事業領域を超えて、ユーザーの外出時のニーズにすべて応えるサービスへの成長を目指すということなのだろう。

実際にオフィスなどへのフードデリバリー機能もアプリ内に統合したほか、有名シェフの料理を配達する「仮想レストラン」のサービスを開始した。

一方のGrabのウェブサイトを見ると、Grabのアプリでいろいろなことができることが分かる。タクシーを呼んだり出前を注文できるのは当然として、キャッシュレスペイメント、ビデオ視聴、ホテル予約、ポイントなどなど。

こうした何でもできるアプリは、Super App(スーパーアプリ)という名称で呼ばれ始めた。Uberも外出時のスーパーアプリを目指しているわけだ。今後、地域ごと、言語ごと、生活のシチュエーションごと、年齢層ごとなど、社会の異なる側面ごとに、その領域で圧倒的に強いスーパーアプリが登場してくるのだと思う。日本ではLINEなどがスーパーアプリの地位を目指しているのだと思う。〇〇ペイと呼ばれるようなキャッシュレスの仕組みも、最終的にはスーパーアプリを目指しているのだろう。

 

力学通りには進まない

AIの勝者独り勝ちの力学は、GoogleAmazonnFacebookAppleといった大手にも働く。この4社の頭文字を取って「GAFAが全産業を制覇する」といったシナリオがまことしやかに語られるのはこのためだ。

しかしAIビジネスは勝者独り勝ちの力学が働く、といっても、それは理論上の話。実際のビジネスは、理論通りには進まない。

最近では米国でGAFAに対する独禁法関連の調査が始まっている。GAFAにとっての最悪のケースは会社が分割されることだが、たとえ分断されなくても、ビジネスの自由度が大幅に制限される結果になることは、間違いないだろう。GAFAにとって、力学に任せて好き勝手に拡大路線を進めるフェーズは、既に終わったわけだ。

それはUberにとっても同じこと。Uberは独禁法の調査の対象になるほどまだ巨大化していないが、このほど契約運転手を正規雇用すべきだという法案が米カリフォルニア州議会を通過した。正規雇用が義務付けられれば、他のタクシー会社とほぼ同じ条件になり、Uberのビジネスモデルの優位性が失われることになる。

Grabはその点、東南アジアには強力な既得権益者も少なく抵抗勢力の逆風に遭う心配もない。

AIビジネスの勝者独り勝ちの力学と、それを阻止しようとする抵抗勢力。このパワーバランスがどうなるのかは、それぞれの地域次第。巨大パワーがぶつかり合う中で、どういう立ち位置でビジネスを展開すべきか。本格的なAI時代に突入した今、多くの企業にとっての目標は、ハード、ソフトにこだわることなく、どの領域でのスーパーアプリ、プラットフォーマーになるか、の一点になる。GAFAや先行するスーパーアプリなどの大きな力の動き方を見極めて、行動することが不可欠になってきている。

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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