「ソフトバンクが太陽。シリコンバレーは周辺の星」 ビジョンファンドに対する海外の評価を集めてみた

AI新聞

最近海外の投資家から、ソフトバンク・ビジョン・ファンドに関する質問を受けることが増えてきた。ちょっと気になったので、最近のソフトバンクや孫正義氏、ビジョンファンドに関する海外の評価を調べてみた。

Business Insider誌のAlexei Oreskovicは、「過去2年間ほどは、シリコンバレーのスタートアップや、投資家、起業家は、ソフトバンクという巨大な太陽の周りのまわる大きな星座になっている」と表現している。

同誌は4月の「ビジネスの世界を変える100」という特集の中で孫正義氏を取り上げ、同氏をシリコンバレーの新しいキングメーカーと評している。キングメーカーとは、だれを次の王座につけるかを決めることのできる、本当の陰の実力者のことを言う。同氏はビジョンファンドの莫大な資金を使って、どの領域でどの企業を覇者にさせるのかを決めることができる、テクノロジー業界の陰の実力者だというわけだ。

他社の追随を許さない圧倒的な調達額

孫正義氏をシリコンバレーの新たなキングメーカーにさせたソフトバンク・ビジョン・ファンドは、どのようなファンドなのだろうか。

ウィキペディアによると、2017年にソフトバンクやサウジアラビアの副皇太子などによって発足した投資ファンドで、投資先の選別などの運用面はソフトバンクが行うという。

今年のソフトバンクの株主総会で孫氏は、ビジョンファンドに触れている。それによると、世界中にはベンチャーキャピタルが数千社あり、その2018年度の調達総額はビジョンファンドを除くと約8.6兆円。ところがビジョンファンドは1社だけで、10兆円を超える資金を調達したという。世界中のベンチャーキャピタルを集めた投資総額を超える額を、ビジョンファンド1社だけで運用しているわけだ。

金額だけではない。ビジョンファンドの体制も半端ない。孫氏は「ビジョンファンドを始める以前の18年間、アリババやヤフーなどに投資してきた。2、3人のアシスタントを使って趣味的に投資判断してきた。自分の時間や頭脳の3%くらいを投資に充てていた。しかしビジョンファンドでは専門家集団を作り、投資にわたしの時間や頭脳の97%を充てている」と語っている。投資の専門家として元ドイツ銀行のRajeev Misra氏が部下を連れてビジョンファンドに参画しているほか、孫氏は世界中から投資の専門家を集めてきており、 スタッフ数は株主総会の時点で415人。孫氏によると、今後1000人体制に拡大する考えだという。

投資手法としては、他のベンチャーキャピタルが初期段階のベンチャー企業に投資するのに対し、ビジョンファンドは上場直前のユニコーンと呼ばれるような大成功しているベンチャー企業だけに投資する。

初期段階のベンチャー企業は、まだ実績がなく成功するのか失敗するのか、判断が難しい。この段階の多くの企業は失敗するのだが、中に大化けして大成功する企業がある。1社でも大成功して、他の無数の失敗企業の損失を上回る儲けを出せば、ファンドとしては成功になる。

一方で上場直前の企業への投資は、投資先企業が倒産する可能性は低くなるが、投資先企業の評価額が高くなるため投資額が膨らむ。またこの時点からの大化けは期待できない、というデメリットがある。

初期段階と上場直前。どちらの投資手法が有利なのか。ビジョンファンドの投資手法が優れていると考える根拠として孫氏は、「投資先のCEO同士を紹介すると意気投合し、協業する。それがシナジー効果を生む」と説明している。

そのシナジー効果が功を奏しているのかどうか分からないが、孫氏によると、一般的なベンチャーキャピタルの利回りの平均は13%だが、ビジョンファンドは「年間当たり45%の利益を実現した」という。「投資していただいた皆さんには大変喜んでいただいた。2号ファンドにもぜひ参加したいという熱い声をいただいている」と語っている。

資金という武器で参戦してきた孫氏

孫氏が自分のファンドを絶賛するのは当然だが、世界のメディアや関係者の間には、ビジョンファンドに批判的、もしくは懐疑的な意見も多い

シリコンバレーのベンチャーキャピタルBenchmark社のBill Gurley氏は「ソフトバンクは資金を武器として使っている」と解説する。「ソフトバンクがあなたの事業領域に関心を持てば、あなたの会社はもう戦いに巻き込まれている」と同氏は言う。資金を必要としていないからといってソフトバンクからの出資を断れば、巨額の資金はライバル社に行く。「経営者にとっては非常に難しい選択だ」とGurley氏は指摘する。ソフトバンクのさじ加減一つで業界の勢力図が塗り替わる。ビジネスインサイダー誌が、シリコンバレーはソフトバンクという太陽の周りを回る星座群だと評したのは、こういうことなのかも知れない。

Altimeter Capital社のBrad Gerstner氏は「(ビジョンファンドの)2号ファンドを中止してもらいたい」と訴える。「ライバル社同士を戦わせるのは、それらの企業にとっても、シリコンバレーにとっても、ソフトバンクにとってもよくない」と主張する。孫氏は株主総会で、1つの事業領域、地域で1社だけに投資するのでバッテイングはないと語っていたが、Gerstner氏によるとビジョンファンドは事業領域の重なるDoorDash社とUber社の両方の企業に出資していると指摘している。

このほかにも「投資対象になるようなユニコーンと呼ばれるような大型ベンチャー企業があまり残っていない」「AIを対象としたファンドと言いながら、WeWorkのようなコワーキングスペースにも出資している」「投資先のUberWeWorkの業績が芳しくない」などと言った批判的、懐疑的な意見は多い。

 

 

インターネット時代と異なるAI時代のベンチャーキャピタルのあり方

さてここからは私の個人的な見解を述べたい。私は、ビジョンファンドのように上場直前のユニコーンに投資する手法の方が、通常のベンチャー投資よりも有利なのではないかと思う。

1つは孫氏の言うようにシナジー効果が期待できるからだ。ビジョンファンドから投資を受けたベンチャー企業群が全体で大きなシナジー効果を発揮するまでには、まだしばらく時間がかかるだろうが、ソフトバンクがpaypayを実装するに当たってビジョンファンドの投資先の1つであるインドのキャッシュレスベンチャーのPaytmの技術支援を受けている。このような協業が今後も増えていくのだろうと思う。

もう1つの理由は、AIビジネスにはwinner takes all(勝者の独り勝ち)の傾向があると思うからだ。AIはデータがすべて。データが増えればAIはさらに賢くなり、サービスが向上する。サービスが向上すれば、ユーザーが増え、さらにデータが増える。さらにデータが増えれば、さらにAIが賢くなり、サービスが向上する。正のスパイラルに入るわけだ。検索や地図の事業で、先行するGoogleに後発企業がなかなか追いつけないのはこのためだ。

さらに1つの領域を支配するに至ったAIベンチャーは、関連するより多くのデータと成長機会を求めて周辺のビジネス領域に乗り出す。例えば東南アジアでタクシー配車アプリを提供するGrab社は、フードデリバリー事業に乗り出し、最近ではフィンテックの領域にも乗り出した。同社傘下の運転手の勤務データを持っているので、より手堅く運転手へ融資できるメリットがあるからだ。東南アジアの金融機関は、Grab社がフィンテックの領域に参入することを、数年前に予見できていただろうか。

その頭文字を取ってGAFAと呼ばれるGoogle、Apple、Facebook、Amazonなどのテクノロジー大手がいずれ全産業を支配するようになるという未来シナリオも、1つの領域での成功を足がかりにし、より多くのデータを求めて周辺領域に乗り出すというメカニズムをベースにした予測だ。

これこそがAIビジネスのメカニズムである。なので、1つの領域で伸び代がないほどに成功した大型ベンチャー企業でも、大量の資金さえあれば、周辺領域でさらなる成長が見込めるのだ。そう考えると、上場直前の大型ベンチャー企業に投資するビジョンファンドの考え方は、理にかなっていると言える。

多くのベンチャーキャピタルは、インターネットの普及期に誕生、成長してきた。ネットの黎明期において、何が成功するのか分からなかった。びっくりするほど急成長する企業も出てきた。であるならば、1社件当たり少額の資金を無数のベンチャー企業にばらまき、その中から1社でも2社でも大化けすればいい。そういう考え方さえ登場した。

しかしAI時代という新しいフェーズに入り、戦いのルールがWinner takes allに変わった。1つの領域で大成功した企業が、周辺の領域さえも飲み込んでいく。1つの領域での覇権を手にした時点でその企業を支援すれば、その企業は周辺企業も巻き込んでさらなる大成功へと成長していく。1つの領域で成功した企業を支援するほうが、確実に利益を上げられる。ビジョンファンドは、この新しい投資手法の有効性を証明しようとしているのかもしれない。

 

技術は米中、ビジネスモデルはアジア、日本は投資

そう考えると、AIを軸にした新たな世界のビジネス勢力図が見えてきたように思う。

技術の最先端は、米中の2強時代に入った。AIがらみの特許件数を見ても、中国が米国に追いつき、追い抜こうとしているのが分かる。

ビジネスモデルは、アジアの新興国の間で生まれてくるのだろう。先進国は、既存のしがらみや規制があって、新たなビジネスモデルが生まれにくいからだ。Grab社が東南アジアで斬新なビジネスモデルを次々と展開しようとする中で、日本ではタクシー配車アプリのUberの参入がほぼ失敗に終わった。先進国で、新しいビジネスモデルが成功することの難しさを物語っている。

では日本の役割はどうなるのか。投資になるのではないかと思う。金融関係者によると、ビジョンファンドの2号ファンドには日本のほとんどの大手金融機関が参加しており、「オールジャパン」の体制になっているのだとか。

技術は米中、ビジネスモデルはアジア、日本は投資。これがAI時代の世界のビジネス勢力図になるのではないかと思う。

 

 

 

【編注】今回のこのコラムは僕の単なる思い付きなので、特に金融関係者などの専門家の皆様から、いろいろご意見をいただきたいと思っています。メール、TwitterFacebookなどで、意見、反論をいただければありがたいです。

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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